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わたしの正倉院

もうすぐお正月がきて年神様が新しい歳をくれるから、また一つ歳をとる。

歳をとるほど、「トモダチ」の概念が広くなっている気がする。

遠くの国の会ったこともない民族の人が、自分とおんなじようなことをしているのをユーチューブなどで目撃したりすると、トモダチだ、と思う。

大昔の人が自分とおんなじようなことをしていたのを知ると、その人もトモダチだと思う。だから、トモダチ百人どころではなくなっている。

最終日に出かけた正倉院展で、またもや時を超えたトモダチに出会ってしまった。

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正倉院展というのは、東大寺の正倉院に納められた数多くの宝物の中から、メンテナンスのタイミングで外に出されたお宝を奈良国立博物館で展示公開する、天平てんぴょうフェスのようなものだ。お宝は主に奈良時代に大陸からやってきて、当時の文化&権力最高峰の東大寺に伝わった品々で、奈良がシルクロードの最終地点であることを思わせる、エキゾチックなものが多い。そんなところも、インド生まれの自分が正倉院展に無性に心躍る理由かもしれない。

そして、私は雅楽をする(神社で龍笛という笛を吹いています)ので、いろんなジャンルのお宝のなかでも、楽器だとか、舞に使われる衣装や道具類などにに引き寄せられる。もちろん今回の目玉である螺鈿飾りの四弦琵琶も、360度あらゆる方向からジロジロ見た。あわびで螺鈿‥贅沢だなあ。チューニングするところにまで螺鈿の装飾。可愛いなあ。

図録も買いました。

尺八や横笛など、笛の類は、装飾がついていない地味なお宝なのでお客が群がっておらず、実にじっくりと眺めることができた。その周辺の天井付近から、カスカスした笛の音が流れてきた。この古い古いお宝の尺八を実際に吹いた音を、放送で鳴らしているのだった。誰が吹いたんだろうか。学芸員さんだろうか? いや、東大寺の楽人か。

さらに歩みを進めると、舞楽に使われたと思われる、布のお面が展示されていた。


トモダチ。


他の素材と比べると、布は経年劣化がはげしい。その時代時代最新の保存方法が採用されてきたはずの正倉院のお宝であっても、八世紀のものと思われるこの布のお面は、さすがにぼろっとしている。顔に巻いて使うものであろう、目がくり抜いてある、というのは素人目にもわかる。それから解説の文を見たらこんなことが書いてあった。

口や右頬の部分に縦方向の切れ目が入るのは、楽舞で演奏する縦笛や横笛を通すための工夫だろう

「正倉院展」図録 14、15布作面の解説文より

おおおお!
私とおんなじことしてるじゃないか。八世紀の舞人。
トモダチだ。

じつは、「正倉院展」に行くふた月ほど前、とあるフェスで、ファッションショーのランウェイ(正確にはT字になっているランウェイの横棒の位置)で龍笛を吹くという機会があり、私はかねてから憧れていた「おわら風の盆」の菅笠を着用することにした。この菅笠は、はげしく前倒しに被り、ほとんどお面のように顔が隠れる。それによってあれこれ想像がかき立てられるのである。

本場富山から「おわら風の盆」用の菅笠をふたつ取り寄せ、ひとつを太鼓担当の相棒に被らせたところ、かなりカッコよく、色気もあった。

ところが自分のも被ってみたら、顔をほとんど被うがゆえに、横笛である龍笛が笠に当たってしまい、めっちゃ吹きにくい、というかぜんぜん吹けないことが判明した。

そこで、菅笠に笛を通す切れ込みを入れて、藁を数本抜き、切り口を木工用ボンドで止めて、菅笠を被っていても龍笛を吹けるようにした。

その作業を見ていた後輩Fは、
「桃虚さん、どんだけその笠かぶりたいんですか」と笑っていた。

が、いたんだな! 同志が。
八世紀に。
どうしても布のお面を被ったまま笛を吹きたくて、口のところに切れ込みを入れた人が。

しかも、その布と切れ込みが二十一世紀の今まで残っているってところがすごいじゃないか。
おじさんの顔が描かれたボロボロの布を、宝物として大事に大事に保管して下さっている正倉院。展覧会に出してくれた研究員さん。本当にありがとう。ここで私たちは出会うことができました。

正倉院にはまだまだいそうだな、トモダチが。







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