桃虚(toukyo)

神社神職。インド(ムンバイ)生まれ。関西住まい。

桃虚(toukyo)

神社神職。インド(ムンバイ)生まれ。関西住まい。

マガジン

  • トウキョの京都&奈良

    神仏習合・弥次喜多マインドであちこち見てまわると、京都・奈良はとてつもなく魅力的な都市なのです。

  • トウキョ版 二十四節気

  • 桃虚の回想短編集

    読者の思い出を刺激して走馬灯を作りだす短編集。

  • 股旅 とうきょ

    とうほぐ地味旅。瀬戸内行きあたりばっ旅。イギリス レイラインの旅など、ひと味違う紀行文。

  • トウキョの東京見物

    大阪在住神職の桃虚が、たまに東京に出かけて見物してきた事、たまげた事、悟った事など。

最近の記事

京都の魔法 雨の日

二条城に行った日も、朝から雨が降っていた。 大阪府の京都寄りの端っこに住んでいて、京阪電車で数駅行けば京都府だから、おでかけは京都になりがちで、どういうわけか、おでかけの日に雨が降りがち。 でも、京都にかんして言えば、はっきり言って雨のほうが良い。京都の雨は瞑想的で、体の奥まで潤してくれる気がするから。 京都の町。それ自体が寺のようなもので、傘をさして自分の世界に入り込めば、深海にいるような精神状態が訪れる。 倉敷の古書店「蟲文庫」で買った古本、宮本常一(民俗学者)の

    • 結婚

      最寄駅の京阪電車「渡辺橋」のふたつも手前の「なにわ橋」で降りてしまったことに気づいたのは外に出てからだった。このあたりは川べりが広々としてヨーロッパの雰囲気(歩いている人は関西弁)。明治、大正、昭和の雰囲気が漂う古いビルが建ち並び、落ち着いて心地よい場所である。 「みなも〜!」 入試が終わって発表まで中一日ある15歳の娘が、淀川の水面の美しさに感激してスマホを取り出す。淀川の水がきれいなわけではない。その水面に反射する春の光が、この世のものとは思えぬ美を発散していた。 「

      • 年末年始繁盛日記 事始めの段 

        12月13日  正月準備を始める「事始め」の日。 奉職先の神社では夜に鎮火祭という神事の後、「みかんまき」という行事を行なう。氏子崇敬者、総代などから奉納された大量のみかんをまく行事。参列者は大きな袋を持参でそのみかんをもらって帰る。 そんな事始めの日の朝、中学生の息子と娘と、彼らが学校に行く前の会話。 私「今日みかんまきだから遅くなるよ。カレーとご飯置いとくから食べといて」 息子「もうそんな季節か」 私「誰」 娘「みかんまきって、普通にやってるけど奇祭だよね」 息子「俺 

        • わたしの正倉院

          もうすぐお正月がきて年神様が新しい歳をくれるから、また一つ歳をとる。 歳をとるほど、「トモダチ」の概念が広くなっている気がする。 遠くの国の会ったこともない民族の人が、自分とおんなじようなことをしているのをユーチューブなどで目撃したりすると、トモダチだ、と思う。 大昔の人が自分とおんなじようなことをしていたのを知ると、その人もトモダチだと思う。だから、トモダチ百人どころではなくなっている。 最終日に出かけた正倉院展で、またもや時を超えたトモダチに出会ってしまった。

        京都の魔法 雨の日

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        • トウキョの京都&奈良
          7本
        • トウキョ版 二十四節気
          15本
        • 桃虚の回想短編集
          9本
        • 股旅 とうきょ
          5本
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          4本

        記事

          ロビラキの日

          11月、神社は七五三の季節。 今年はいつにも増して、餅のような三歳児が多い気がする。 古典的な柄がよく似合う、もちもちした、ぱっつん前髪の三歳児が、草履でジャンプしている。元気が良い。 三歳児は草履が無理で運動靴の子も多いなか、じつに頼もしい。 常連参拝のお年寄りが「まあ〜かいらしなァ〜」と、群がっている。 昭和だな。令和生まれの幼児は、昭和回帰だな。 それにしても、こんなに暑い11月がかつてあっただろうか! 大阪は昼間、半袖の気候だ。 昨日の夜は暑くてアイスを食べてし

          ロビラキの日

          さつまいもカタルシス

          農家の総代さんにさつまいもをいただいた。神様にお供えしてから、ふかしたり、平べったく焼いたり、大学いもにしたりして楽しんでいる。 秋ー!! 大好きだー!! と交差点の向こうにいる秋に叫んで告白したい。 こんどはさつまいもを味噌汁にしてみた。京都の海側にある伊根の人からいただいた煮干しで出汁をとり、具の相棒は小松菜。めちゃくちゃ美味しかった。 男女の双子を授乳中のころ、マザー・イン・ローが毎日さつまいもの味噌汁を作ってくれた。乳の出が良くなるからである。近所の人が、びわの

          さつまいもカタルシス

          神童

          私の職場は神社である。 お守りお札授与所の窓は、映画のスクリーンのように大きく開き、そのスクリーンの真ん中を参道が横に走っている。 その窓に対面する机で仕事をしているわけだが、仕事と言っても、祭りの前の静けさで、参道をゆく参拝者や、風に揺れる御神木や、そこに訪れる鳥やねこやたぬきやイタチの動くさまを借景にして、祭りの段取りをぼんやり考えている。大きなカレンダーの裏に手書きでタイムスケジュールを書き、そこに付箋で人員や必要な物などを貼っていくという図工の時間のようなことをして

          草引きへのモチベーションを上げる三つの方法

          急に涼しくなった。 ちょっぴり寒いほどだ。 本来の自分が戻ってきた。 体が動く! 暑い間ほったらかしにしていた石玉垣外の草を引こうと思った。 鎌と箕と竹箒を持って、上機嫌で現場に向かう。 なぜだろう今年の夏は、いつも生えてこない玉砂利の隙間からもわしゃわしゃと草が生えてきて、石玉垣の外まで手が回らなかった。髪の毛フサフサの慶應高校が甲子園で優勝した夏、草の世界の甲子園では雑草魂が炸裂していたのである。彼らのたくましさは嫌いじゃないが、雨の後は30センチくらい一気に伸びてい

          草引きへのモチベーションを上げる三つの方法

          3歳からのご朱印帳

          夏休みはとっくに終わったというのに、大阪は毎日蒸し風呂のような暑さ。 秋祭りの太鼓の稽古をする子供たちの前髪が、汗でおでこに張りついているのが可愛い。 学童保育帰りの小学生が、一人で境内を通って帰る。ランドセルを背負って、早足で境内を突っ切る。太鼓の練習をしていた子が、彼に気づいて 「あ、○○(その子の名前)や」 と言う。彼はそれを背中で意識しまくって、めっちゃ早足で歩く。 やがて東門から正門まで行った彼は、くるっと踵を返し、きちんと本殿に向かって一礼した後、ちゃんと横木

          3歳からのご朱印帳

          夏の終わりは秋のはじまり * 処暑

          UVカットパーカーのフードをしっかり被った上に菅笠を被り草引きをしていたら、授与所の窓口に歩いてゆく中年の男性が見えた。 その時窓口にはだれもいなかったので、私はすばやく授与所玄関に入り、菅笠とパーカーを脱ぎ捨て、手を洗って窓口に立つ。 男性は御朱印帳を私に差し出して、 「ここは坂上田村麻呂ゆかりの神社ですよね?」 と言う。 ちがうので、「ちがいます」と答えると、男性は無茶苦茶びっくりして 「ええええ」とのけぞり、差し出している御朱印帳をひっこめた。そして悲しみのどん底に

          夏の終わりは秋のはじまり * 処暑

          極私的聖域の旅

          東京から関西に引っ越したばかりのころ、奉職先の神社に、気の合う学生の巫女がいた。眼鏡をかけ、低めの声で話す彼女は、神社の近くにある小さな書店の娘で、小さい頃から本に親しんでいたせいか、独特の語彙を持っていた。「祈祷控え室」のことは「待合」と言っていたし、なぜ巫女の助勤をしているのか聞いたときには、「ここの土塀が好きなんですわ」と答えたし、書店を経営しているお母さんについて「あの人は近江商人やから」と言っていた。 その日、私たちは神社の隣の公園にゴザを敷いて花見しながらおしゃ

          極私的聖域の旅

          城で喫茶する夏

          日光から上にあがってゆくと会津若松に着く。 駅を出ると、赤べこの置き物が一匹。 とてつもなく地味に感じるが、それは日光東照宮の色彩がカオスであったためで、半時間も会津若松をうろうろすれば、次第に目が慣れて、田んぼの青さ、大きな倉の美しさ、その背にそびえる磐梯山の凛々しい姿に感激する。 そこにまた凛々しくあるのは鶴ヶ城。 同じ名前の城が別の県にもあるので地元以外では若松城と呼ばれているらしいが、この城を築いた蒲生氏郷が鶴ヶ城と名付けたというのだから鶴ヶ城である。 蒲生氏郷は

          城で喫茶する夏

          イザベラ・バードの泊まった部屋

          日光に出かけた母と私は、現存する日本最古のリゾートホテル「金谷ホテル」にチェック・インした。クラシックホテルならではの、木のぬくもりと重厚感。革靴で歩いても音がしない床。大きな木札に繋がっている、ちゃんと鍵のかたちをした鍵。部屋はシンプルだが、廊下や階段、ロビーなど共有部分には、びっくりするような悪趣味すれすれの日光東照宮モチーフのかずかず。時の流れとともにそれらが融合して、唯一無二の居心地の良さを醸し出している。 心地よいベッドに横たわるとすぐに寝てしまいそうになるが、我

          イザベラ・バードの泊まった部屋

          大阪のお医者さん

          何年か前、原因不明のじんましんに悩まされたとき、知り合いから西天満の内科のお医者さんを教えてもらった。大阪らしい古いビルがごちゃごちゃある界隈の古いビルの一階。診察室の真ん前の、せまい待合室で椅子に座って待っていると、診察室からお医者さんと患者さんらしき楽しそうな笑い声がする。 まもなく、「ごめん桃虚さん、待たせてもーた!」と、藤岡弘みたいないい声のお医者さんに放送で呼び出された。近距離でめっちゃ声聞こえてるのにわざわざ放送。しかも大阪弁。私がじんましんの話をしたら、先生は

          大阪のお医者さん

          寅さんみたいな父の最期

          8年前、がんの末期でものを食べられなくなった父は、自分の家で自分の最期を迎えることにした。彼は栄養や水分補給の点滴もしないと決めて、その意思は固かった。ときどき、果物の汁をすすったり、氷をなめたりして生きていた。コップで水分をごくごく飲むことはできなくなっていた。 胸腺という、めずらしい箇所のがんだった。国立がんセンターでもう打つ手がないと言われた時、父は一切の治療をやめ、延命もしないと決めて、自宅で妻と、最期の時を過ごすことに決めた。 6月に大阪から東京へ父に会いに行く

          寅さんみたいな父の最期

          夏至 * 雨の古本屋さんで悶絶する

          十年ぶりに蟲文庫に行った。岡山県倉敷市、文字通り古くからの倉が敷き詰められている美観地区の、すこし奥のほうにある古本屋さんである。お店も、店主の女性も、十年前とまったく変わらぬたたずまい。この店で売られるべき本たちが、ひとりでに集まってきた気配が漂っている。 蟲文庫の入っている古い町家は本町通りに面していて、その背中側は阿智神社の石垣にほとんどくっついている。お客さんが数人入れば満員になってしまう八坪ほどの小さな店の、石垣側の壁は全面が大きなガラス窓になっており、まるで壁の

          夏至 * 雨の古本屋さんで悶絶する