いい人じゃなくてもいいじゃんって話。

「いい人」という表現てさ、突き詰めていくと都合のいい人って表現でもあるなと思ったら、

別にいい人やらなくていいじゃん!

……という答えが出たのが実は30の声を聞く前だった。
「いや、遅いがな」とツッコミ入れられているだろう。めっちゃ遅い。

特に中学生の頃と働き出した最初の数年、「イジリ」と今で言う「マウンティング」のあれやこれやに困った感じで応じていた。違和感はあったのである程度は「嫌だ」って拒否してたんですがね、相手は全く応じない。

アホなんですが、それ以上抵抗しなかったのは嫌われるのが怖いって考えから。
あの時の私を、松岡修造並の熱さで、おい、もっとしっかり自分を持て!といってぶん殴りたい。意地悪や嫌がらせやマウンティングする人になんでわざわざいい顔しなきゃなんないのだ

今は嫌なことは「嫌だ」と言えるようになったのはとても楽だ。年齢を重ねてきた図太さや愚鈍さもある。でもそれよりも何よりも子供や家族を守り抜くって決めた事で、その中で社会の中にいる私を認識し始めたことにあるのも大きい。

今、集団の中で楽しくても少しの違和感があったら離れる選択をしてもいいと思うし、自身の周りが穏やかならいい。


何を今更、という話ですが、
・子供関連のお母さん友達は、できりゃラッキー、できなければできないで自分や家族の自由な時間がある。
・反りが合わなくても最低限の挨拶は笑顔でする。
・「自分と夫と娘が他人に迷惑かけずに楽しく過ごしてりゃ上々」と考えた時に「面倒」や「しんどい」「辛い」って項目のお付き合いはなるべく避ける。
そんなんで

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