【転職活動日記(番外編)】証券会社時代を振り返る(上)

 「自己紹介」にも記載をしているが、私は2度転職をしている。
 その中でも1回目の転職後、身を置くことになった証券会社時代のことを書いてみたい。

●そもそも何故転職したか
 それは、当時住んでいた東京での生活に妻が順応出来なかったという点が大きい。それもそのはず、妻の実家は新潟県であり都会に出てくるのは初めて、更に妊娠中と環境の変化や生活の変化が大きすぎた。
 また、私も毎日終電帰りととても家庭と仕事を両立することが出来なかった。
 そこで妻の実家である新潟に拠点を移すべく転職を決意した。

●何故、証券会社か
 
正直、新潟県(新潟はとてつもなく広いので正確には新潟市内)であればどこでも良かった。
 ただ、当時の地方企業は給料が安く、生まれてくる子供のためにもある程度の給料が欲しかった。地方で給料がいいのはインフラ関係か公務員か金融機関くらいだと思っていた私は、当時地域限定社員を募集していた某大手証券会社の門を叩いた。

書類通過、面接時に即内定
 
書類選考を通過後、本社へ面接に行く。恐ろしく立派なビルだったと記憶している。私が今まで見た本社ビルの中でも1位と言える立派さだった。
 面接官の眼光は鋭く威圧的だった(後に芝居だったと種明かししてくれるのだが)。面接そのものも圧迫寄りだった気がする。
 驚いたのはその面接後、面接官が席を外し戻ってきた際に内定通知書を持っていたこと。何かもう逃げれないような雰囲気を感じた。
 
●入社から外交初日に口座開設
 
やる気を見せるため入社時には「証券外務員1種」の資格は既に取り終えた。これは、当時の上司にも好評でとても褒めてもらえた。
 さて、外回りデビューだ。住宅地図を渡され片っ端からチャイムを鳴らす。新鮮だった。「この地域を担当になりました●●です」と1軒1軒回るのだ。今思うとフレーズが謎であるが当時は必死だった。
 しかし、数を打てば当たるようで初日から話を聴いてくれる方もいてその内の一人には口座開設をいただけた。

●褒められて怒られる
 
初日に口座開設を達成した私は、支店に戻りひと通り手続きを済ませた。フロアの皆が初口座開設を祝ってくれる。
 「やった」と余韻に浸りながらくつろいでいると上司から「何をしている!次行ってこい!」と大きな声が飛んでくる。私は、慌てて自転車置き場に向かい再び外交に出るのである。
 感の良い皆さんはお察しかと思うが、「口座開設」しただけではあまり意味はなく、商品を買ってもらってはじめて会社に収益をもたらすので、この時点で私の貢献度は0だ。

●初約定は定期預金
 
外交にも慣れてきたが、同時にマンネリとサボりたい誘惑が強烈に襲ってくる。営業マンはどこにでも遠征できるので自由だ。
 そんな中、たまたま飛び込んだ先で話を聞いていただけた。内容を伺うとリスク資産は怖いが銀行預金の金利は低いのでなにか良いものはないかというもの。
 この場合、「個人向け国債」が有力な選択肢になるが当時の会社には競争力のある定期預金があった。これをオススメした。
 結果数百万円お預かりさせて頂けることになったと記憶している。

●手数料稼ぎと毎月リセット
 
お客様からの入金や商品を購入していただけることは非常に嬉しかった。特に他社での預かり資産を売却して私に任せてくれたり、移管してくれたりしてくれた時は信頼されていると感じた。
 一方で単月の実績を達成しても、それはストックされず翌月はまた1からよ~いドンだ。この方式は息つく暇がなく本当に苦手だった。

●次回は
 そんな感じで勤めていた証券会社だが何故辞めようと思ったのか、私生活での田舎ならではのしがらみへの対応など色々な複合要因があるのだが、そんなことの書いていけたらと思う。

証券会社時代を振り返る(上) 完

 
 
 
 
 

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