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会社を作って畳むまで

本記事は『エンジニアと人生 #1 Advent Calendar 2023』の3日目の記事です。

昨日はYuta Miyamaさんの「ウェブ系エンジニアが商業ゲーム開発に本気で一年半向き合った話」でした。新しい分野に飛び込んでいく熱量、アツいですね!みんなもMISTROGUEやろうぜ!
(実は私もKICKSTARTERで支援させていただいたのでスタッフロールに名前を入れてもらっています)


私はフリーランスとしては7年ほど働いているソフトウェアエンジニアです。
実は3年ほど前に一人法人の会社を設立していました。
しかし先日、2年半ほど続けていたこの会社を畳むことにしましたので、その経緯などを記しておきます。

なぜ一人法人を設立したのか?

フリーランスエンジニアを始めてから、おかげさまで色々なお仕事を頂くことができ、売上が俗に言われている「法人化するかどうかを考えるライン」を超えて久しくなったからです。
また、自分の会社を設立してみたいという気持ちもありました。

実は会社を作るのは初めてでは無く二回目の会社設立だったのですが、前回会社を作ったときには数人で起業した時で、その時は会社設立に必要な作業や事務作業を社長となった人間にほとんど任せっぱなしだったのです。

そのため、今回は自分一人だけで会社を作ってみました。

会社の設立

とはいえフリーランス時代から帳簿に使っていたfreeeのサービスの一つである「会社設立freee」というサービスを利用したので、とても簡単ではありました。必要事項を記入するだけで必要な書類が作成され、freee社と提携している弁護士に定款を確認して頂き、電子署名された定款を法務局に提出するだけです。(もちろん手数料はかかります。)
法務局に定款を提出してから登記されるまで時間がかかるため、実際には1週間から2週間ほどかかって無事に登記されます。

設立後の手続き

会社を設立するだけであればこれで終わりなのですが、実際にはやらなければならないことがいくつもあります。
まず第一に銀行口座の開設です。現代においては銀行口座がないと現実的にはお金のやり取りがほぼできないですからですね。
自分に給与を支払うためにわざわざ銀行に行きたくはないのでネットバンキングに対応した銀行に口座を開設しました。住信SBIネット銀行です。当初はせっかくだから…と地元の銀行を選ぼうとしましたがネットバンキングの使用料が月3,000円とあったのでやめました。

また、それまで個人事業主であったため、個人事業の廃業届を税務署に提出し、加入していた小規模企業共済を法人に引き継ぐために地元の商工会議所に行き手続きをします。

そしてなにより給与所得者になるため、国民年金/国民健康保険から厚生年金/社会保険に切り替えなければなりません。国民健康保険からの脱退手続きを行い、最寄りの社会保険事務所に行き、厚生年金と社会保険への加入手続きをすることになります。
なお余談ですが、国民年金からの脱退は厚生年金に切り替えた時に自動的に行われるので手続きは必要ありません。健康保険もそうしてくれたら良いのになぜわざわざ脱退手続きが必要なんでしょうか?
ご存じの方がいたら教えて下さい。

さて、この社会保険事務所で出鼻を挫かれます。住信SBIネット銀行の口座からは厚生年金と社会保険(以後、合わせて社会保険料と書きます)の引き落としはできないと言うのです。謎ですね。

担当者「残念ながらこれではご加入頂けないんですよ」

別に残念でも何でもなく、(社会保険料はともかくとして)可能であれば厚生年金なんかに加入したい気持ちは微塵もないのですが、加入しないと罰則があるらしいので仕方がありません。
理不尽な話だと思いながらも結局地元の銀行にも口座を開き、その銀行口座は社会保険料の引き落とし専用の口座にしました。

ちなみにここまでの手続きで一体何回住所と生年月日と氏名を書いたことか。マイナンバーカード、こういうところでも活用できるようになって欲しいところです。今後に期待しています。
期待して良いんですよね? ね!?

そして上記以外にも、税務署に「法人設立届出書」「青色申告の承認申告書」「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を、県税事務所に「法人設立届出書」を、市役所にも「法人設立申告書」を提出します。
これらは実際には税理士にお願いしたので私はやっていません。

「青色申告の承認申請書」や「源泉所得税の納期の特例の承認に関わる申請書」は任意のオプションなのでともかくとして、他の書類が分かれている意味がよくわかりません。特に税務署と県税事務所と市役所に「法人設立届出書」やら「法人設立申告書」を提出する意味が全くわかりません。
どこかにだけ出す、どこかには出さないという選択肢でもあるのでしょうか?

そもそも各種書類を出す窓口が分かれているというのも面倒な話です。
国民にとって行政組織の構造など知ったことではないので行政サービスのインターフェースは一元化して欲しいものです。
子供の頃に意味も分からず耳にしていた「縦割り行政」という言葉の意味を身をもって体感した気がしました。そういうところだぞ日本。マジで。
インボイス制度でも余計な手間増やしやがって。

鋭い方は文章の雰囲気からお気付きかもしれませんが、設立時のこの時点でかなりゲンナリしていました。
とはいえ、これらは設立時だけの話なので我慢しました。

なぜ会社を畳んだのか?

会社を畳んだ理由は大きく分けて

  • 事務作業が面倒くさかったから

  • 自由でなくなった気がしたから

  • 特に法人が金銭的に得だとは感じなかったから

の3つです。

事務作業が面倒くさかったから

これは完全に私の適正の問題です。個人事業主として働いている時に比べて、各役所から送られてくる書類の量が増えます。
訳の分からない紙の書類が次から次へと届くというのは気持ちのいいものではありません。
具体的には

  • 標準報酬決定通知書

  • 保険料納入告知額・領収済額通知書

  • 源泉徴収納付書

  • 給与支払報告書

などが届きます。

基本的に税理士の方に各種手続きはお願いしていたものの、実際にお金を払い込んだりするのは自分で行わなければならず、開発の仕事に集中したい自分には苦痛でしかありませんでした。まず大きな封筒にギッシリ紙の束が入った書類が届くのが苦痛です。そして封を開けても何の書類かが一目でわかりにくい。
何の書類か認識して税理士にお願いする書類なのか自分で処理する書類なのか、それとも何もしなくて良い書類なのかを判断するのに意識が割かれます。これが私にはとても面倒くさい。

法人の確定申告は税理士にお任せしていましたが、給与所得者となるので毎年の年末に年末調整という作業が増えます。さらに法人とは別に、個人で各種控除を受けるために確定申告をします。あぁ面倒くさい。

と、過去の面倒だった話のように書いていますが、今年の途中まで自分に給与を支払っていたため、年明けには今年の分の最後の給与支払報告書を提出せねばなりません。ああああああもう面倒くさい、ウンザリだ。

自由でなくなった気がしたから

次にこれです。
別に従業員を雇うでもなく自分一人の会社ですし、法人化したところで何かが大きく変わるとは思っていませんでした。
しかし法人化してみると決定的に違うことがあったのです。

それは働かなくてはいけなくなってしまったことです。

「何を当たり前のことを」と思ったかもしれません。
個人事業主だろうが法人になろうが、お金を稼ぐために働くのは当たり前です。
しかし私にとっては働く意味合いが全然変わってしまったのです。

個人事業主だった頃は一年かけて稼いだ額を確定申告して、その額に応じて税金を払います。あまり稼がなかったら納める税金は少なくなりますし、稼いだら稼いだだけ税金が増える。ただそれだけのことだったのです。

では法人になったら何が変わるか?
基本的に役員の月額報酬は一年間変えることができません。つまり事業年度の始めに自分の給料を決めたら、もう既に向こう一年会社から出ていくお金が数百万円単位で決まっているということです。
給与が決まるので社会保険料も決まりますし、おおよそ個人の所得税も決まります。
別の言い方をすれば、一年間で少なくともそれだけは稼がなければならないというノルマができてしまったのです。
正確には稼ぎが足らなければ会社が赤字になるだけの話なのですが、資本もろくに無い会社でそんなことを続けていたら簡単に会社が潰れます。

「もし今受けている仕事が無くなったら…」

そんな想像が脳裏をかすめます。個人事業主の時にはそんな場合でもゆっくりじっくり仕事を探せばよかったのです。
しかし一年間の「ノルマ」がある法人の場合、そんなことを言っていられません。仕事を選り好みしている余裕もありません。

「やりたくもない仕事を仕方なくやらなければならない事態になるかも…」

そう意識した瞬間に、普段の仕事がかなり苦痛なものに感じられました。
ただ自分がそう意識しただけなのに、です。

実際には幸いにも仕事は途切れることなく、むしろやりたくない仕事を断ったりもしていたのですが、今度は
「いくら忙しくても給料は同じだしな…」
と労働意欲が著しく減退していくのを感じました。
面倒くさい性格ですね。自分でもそう思います。

そんなわけで自由を好みフリーランスになったはずが、自分の作った会社に心を縛られてしまい、自由でなくなった気分になってしまったのです。

特に法人が金銭的に得だとは感じなかったから

最後にこれです。

まず細かい話から言うと、個人事業主の時にはfreeeを使えば自分だけで確定申告が比較的簡単に行えました。それ以外に送られてくる住民税や予定納税の納付書も、支払額が記入された振込用紙が送られてくるだけですので、その用紙で支払えば終わりです。
しかし法人の行うべき手続きは個人の時とは比べ物にならないほど煩雑なため、法人用のfreeeを使いつつ税理士に各種手続きや書類の準備をお願いすることになります。従って当然その分のお金がかかります。
また法人成りする時に気が付きましたが、freeeも個人用と法人用で価格が全然違います。

さらにこれは、法人化するまで全く気づいていなかったのですが確定拠出年金(iDeCo)の掛け金上限が自営業者の68,000円から給与所得者の23,000円になってしまいました。これは所得税計算における控除額が50万円以上変わってしまうことを意味します。その上この手続きはやはりとても面倒くさい。
面倒くさい手続きをして自分の所得控除額を下げる手続きをするのは苦痛以外の何物でもありませんでした。

と、細かい話は置いておいてここからが本題です。

一般に、法人成りするのは税制上お得だからと言われています。これは所得税率が最大45%まで上がっていくのに対して、法人税は中小企業の場合は15%、大企業でも最大23%程度なので会社にお金を残したほうが得だよ、という理屈です。

なるほど確かに、と思っていました。

しかしです。私個人と法人とは法律上、明確に別人です。
私一人の会社なので会社の支配権は私にありますが、だからといって会社のお金は私のお金ではないのです。実に当たり前の話ではあるのですが。

つまりどうにかして自分のお金にするためには会社の資産を私個人に移す必要があります。が、その際には所得税がかかります。
低い所得税率で会社から私にお金を移すためには、

  • 長い時間をかけて少しずつ安い給与として移す

  • 退職金として移す

などの出口戦略を考える必要がありますが、いずれにせよ気の長い話です。
退職金は勤続年数に応じて非課税になる額が変わるらしいのですが、既にかなり減退した労働意欲で、あと何年も何十年も会社を続けられる気がしません。

そしてもう一つ、所得税よりも大きな要素があります。

社会保険料です。

会社員の方は給与明細を見てみて下さい。
控除の欄に所得税や住民税だけでなく、健康保険や厚生年金の記載があるはずです。40歳以上の方は介護保険の記載もあるでしょう。

少子高齢化が深刻なこの時代、仕方ないとは言えなかなかに高いですよね。所得税と住民税の合計より、社会保険料のほうが高いのではないでしょうか?
そしてご存じの方も多いとは思いますが、社会保険料は会社と折半して支払うことになっています。つまり皆さんが支払っている高い高い社会保険料はたかだか半額に過ぎないのです。

これを法人の代表者である私の立場で見るとどうなるか?
自分の給与から社会保険料を天引きし、その倍額を法人から社会保険料として支払っていることになります。

そしてなぜかネット銀行からは社会保険料を引き落とせないとの理由で仕方なく開設した法人口座があります。この口座から出ていくお金は純粋に社会保険料の支払いだけということになります。

この通帳の記帳と、この口座への入金がとても心に良くありませんでした。

国民年金や国民健康保険も決して安いものではありませんが、給与をかなり低く設定しない限り、社会保険料はそれを上回ります。
最終的に私の心を蝕み、廃業を決意させたのはこの社会保険料と言っても過言ではありません。

年収を変えずに社会保険料を抑える方法もあるにはあるのですが、割と面倒でミスもできない方法です。そこまで会社を続けたいという熱意もなかったので、結局会社そのものを畳むことにしたというわけです。

ちなみに詳細は端折りますが、会社を畳むにあたっても、

  • 株主総会での解散決議

  • 解散・清算人選任の登記

  • 税務署などへの解散届の提出

  • 解散確定申告書の提出

  • 清算確定申告書の提出と納税

  • 株主総会の承認

  • 清算結了登記

  • 清算結了の届出

  • 給与支払事務所等の廃止届出書の提出

などなど、やはり面倒くさい手続きが待っています。とてもやってられないのでほとんどは税理士にお願いしました。また、登記関連は司法書士への依頼が必要になります。

また会社をやるつもりはあるか?

現在のように「時間単価いくら」という働き方を続けるのであれば、どれだけ稼ぐようになったとしても会社設立はしないと思います。

そうではなく何かメシの種となるようなサービスを作るなど、労働集約的でないお金の稼ぎ方がある程度できるようになったら三度目の会社設立をするかもしれません。

本来はそのように持続的な会社運営するのが経営者であり、本記事の内容は他の経営者の方からしてみれば鼻の先で笑われる程度のエピソードだと思います。手続きやお金に関わるアレコレも色々とやり方はあるのでしょうが、どうしてもそこに熱量をかけられなかったのです。
今回の経験で自分はとことん経営者には向いていないタイプだなと思った次第です。

飽きっぽい性格とはいえ最初の会社に7年勤め、次の会社に6年勤め、最初の会社設立で5年勤め、フリーランス5年…と大体5、6年程度は気分が続く私が、一人会社を設立してやめたくなったのは2年(決心したのは2年経った時)だったのですから大概です。

自身の経験を経て、改めて世の経営者の方は凄いな偉いな、と40代後半にもなって、まるで小学生のような感想を抱いたのでした。


明日の『エンジニアと人生 #1 Advent Calendar 2023』はam10さんの予定です。お楽しみに!


※以下の有料部分には最終的に私の心を折った、社会保険料が引き落とされていく通帳の写真があります。

あまり全世界に公開するようなものでもなく、また社会保険料の額から私の設定した給与が推測できてしまうので有料にしてあります。
何の役にも立ちませんが、全て社会保険料の引き落としのみなので、毎月どのくらいの社会保険料が出て行ったのかという、生々しい数字を見ることはできます。

数百円払ってでも見てみたい人だけ御覧になって下さい。

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