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馴染みの店の、馴染みじゃないメニュー 第6回 “あえての”串の盛り合わせ /辻本力

前回は、これこそ「馴染みの店の、馴染みじゃないメニュー」だなと、コロナによる営業自粛下に始まったテイクアウトメニューを取り上げた。あれから、なんとなく飲食店ネタで文章を書くモードになれずストップしていたけど、飲食店の営業状況も(以前と同じとは言えないが)少しずつ元に戻りつつあるようなので、連載を再開してみることにした。

とはいえ、今回は少し時間をさかのぼり、全国の緊急事態宣言が解除されて間もない、6月初旬のことを書いてみたい。

世の自粛モードから、しばらく休業していた馴染みの居酒屋さんが再開したことを知り、顔を出した。ここは串ものをやりつつも、サイドメニューが豊富で、いわゆる「やきとん屋」「焼き鳥屋」とは名乗ってはいない。よってこちらも、「さーて、串ものでも食べに行くか」と決めて行くわけではなく、普通にいろいろなツマミのある大衆酒場に行くノリで足を向けるのが常である。

久々に座ったカウンターは、顔の高さから上が全面飛沫防止用のビニールシートに覆われ、立ち働くマスターと店員のお姉さんとの間に透明の壁がある状態だ。当然会話もそれ越し、注文した料理はシートの下の隙間から提供される。仕方がないことだし、今でこそ見慣れた風景だが、やはり最初は異様に感じた。だが、そんな違和感も、「あー、やっとここで飲める!」という喜びの前には取るに足らないちっぽけなものでしかない。数杯飲んでいい気分になった頃には、ほとんど気にならなくなっていた。

この日、最初に頼んだのは、普段ならまず頼むことのないメニューだった。それは「串の盛り合わせ(5本)」だ。

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串の盛り合わせ(5本)。焼き場が混んでいたようで、1本だけ後から出てきた。

え? なにそれ。そんな普通のものを? と思った方もいるかもしれないが、理由を説明させて欲しい。

串の盛り合わせは、どの店でも大抵そうだと思うが、内容はお店にお任せになる。「ウチ来たら、このへん美味しいから、まずは食べてみてよ」というものが5、6本まとめて出てくる。つまり、店主の自己紹介、最初の挨拶みたいなものだ。だから、初めての店で頼むことが多い。

串といっても、店によって千差万別、相当個性が出る。肉の部位、大きさ、切り方、火の通し具合、塩なのかタレなのか、塩加減はどんなもんか……等々。客は「あ、こういう串を出す店なのね」ということをそのショーケースによって知り、気に入って再訪することがあれば、その中から気に入ったものを適宜選ぶだろう。そして、馴染みの店になるにつれ(もちろん、その日の気分によって多少の変動はあるにせよ)だんだんと頼む串は固定されていき、いつしか「いつもの」が出来上がる。

私にとって、串の盛り合わせは「店との出会い」の記憶と結び付いている。……いや、それは少し誇張があるかもしれない。自分が、この店で串の盛り合わせを頼んだ時のことを思い出そうとしたが、すでに酔いの幕の向こう側にあっておぼろげだ。だが、初めて訪れた時の“気分”や、「わ、いい店見つけた!」という喜びや興奮は、確かに蘇ってくる。

久しぶりに再開した馴染みの店で、自分がいかにその場所を好きなのかを再確認するように、あえて頼んだ串の盛り合わせ。どこか懐かしく、しかし新鮮さも感じるそのメニューで、私は店と、あらためて出会い直す。

いい店ですね、また寄らせてください。 

辻本力(つじもと・ちから)
1979年生まれ。ライター・編集者。文化施設「水戸芸術館」を経て、2010年に「生活と想像力」をめぐる“ある種の”ライフスタイル・マガジン「生活考察」を創刊。文芸・カルチャー・ビジネス系の媒体を中心にいろいろと執筆中。19年よりタバブックス社外役員。
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