紫陽花の季節です。

お久しぶりの現国です!

りいさん、なかなか難産だったようですね(笑)
『五月病』のお題を出しましたが、出だしでは物語の設定的なものが把握できず、少しずつ明らかになっていく流れは面白く読みました。ちょっと小劇場で舞台を見てるイメージでしたね。五月病が人間だけだと思ったら大間違いだぞと。新しい環境に適応出来ずなんとなく体調などを崩すのが五月病なので、この死神にもそれは当てはまりますしね。何よりオチが綺麗だと思いました。5月末日に書いたからこそ思いついたオチなのかもしれませんが(笑)

では私もお題クリアしていきますかねー。

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お題『長靴』

 若い稲が水を張った田圃に揺れる六月のある日のことである。朝から降った雨は昼過ぎには止み、気持ちの良い青空が広がっていた。天高く沸き立つ雲は長雨の後の夏が近い事を告げている。
 ただいまと、元気な声が響き母は帰宅した息子を迎えるべく玄関へと向かった。ランドセルを揺らし小学校から帰った弟は何故か片足のみ裸足であった。
 朝には雨の中両足におろしたての長靴を履いて出た筈の弟である。母は首を傾げ、
「長靴はどうしたの」
と弟に問うた。
 途端に眉を下げ、玄関先に立つ母を見上げる弟は後ろ手に片方の長靴を隠している。
「どうしたの」
と母はもう一度問う。少しだけ語調を強めてである。
 観念した弟は後ろ手に隠した長靴をおずおずと差し出した。長靴の中には水が溜まっている。それも泥水である。眉間に皺を寄せた母は苦言を呈すべく口を開いた。しかしそれは言葉にはならず、感嘆の吐息へと変わった。長靴の泥水の中にエビが泳いでいた。
 幼少期、近所や通学路の側に田圃があったという人なら分かるだろうが、水を張った田圃には様々な生き物がいる。オタマジャクシやエビを捕まえた思い出のある人も中には居るだろう。長靴の中に居たのは、オバケエビと私の田舎で子供たちに呼ばれていた半透明のエビで、水を張った田圃によく泳いでいるものだった。
「バケツがなかったから」
と弟は言う。
 田圃を覗き込んだ弟はそのオバケエビを見つけ、捕まえて今すぐにでも持ち帰りたいと思ったのだろう。しかし水槽もバケツも何も持たぬ下校途中である。子供なりに考え、考え、そうして出した答えは──新品の長靴であったのだ。

「賢いなと思ったのよ、私は」
と母が笑う。
 台所でおやつを齧る幼い私は苦笑した。十にも満たない私であったが、これが親バカというのだなと思ったのだ。私ならば一度家に帰りタモとバケツを持って出直すだろうに、弟も馬鹿だなとすら思った。しかし母は上機嫌だ。野菜を刻む包丁の音すら軽やかな程に。

 勿論、弟が必死に知恵を働かせたその結果を叱らなかった母を今となっては尊敬すらする。おろしたての長靴は泥水に濡れたが、そんな事は些細な事なのだと今の私は知っているのだから。娘が同じ事をしたならば、私もまた満面の笑みでその行いを褒めるだろう。無論、次はバケツを持って出直すことを約束させはするが。

 台所を出た幼い私は縁側に弟の姿を見止めた。弟は水槽に移したオバケエビをずっと眺めている。震える様にして泳ぐ数匹のオバケエビは彼にとって今一番の宝物なのだろう。
 縁の下には真新しい長靴が逆さまに立て掛けられて並んでいる。片方だけ汚れた中敷きと一緒に。

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実話なんスわ、これ。
うちの弟がマジでやったんすわ、これ。
あの日のオカンは機嫌が良くてねぇ。「弟すごいやろー!」ってなんか嬉しそうでねぇ。いや、いやいやwwwと当時は苦笑した私です。大人になったら分かるんですがね。その発想と、それを褒めたオカンの凄さが。

さて、では次回のお題といきましょう。
梅雨入りのニュースも聞く今日この頃です。
お題は「梅雨の晴れ間」で!
のーんびり、次回作を待ってます。

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