めぐる日々

小説を書くに当たって最初に一体何から始めたのか、今となってはあまり定かではない。

たしか、とにかく一日二千字、原稿用紙でいうと五枚分くらいを書こうと決めて書き続けていたと思う。

ノートにタイトルを付けて、その時その時、頭の中にある小説っぽい文章を書いてみるのだが、書いているうちに話しはすぐにばらばらになっていき、最終的には複数の散漫なシーンで連なるだけの文字の羅列になり果てる。

一冊駄文で埋めて、勢い込んで買ってきたノートにタイトルを付けてまた書き始めるのだが、全てのページが埋まる頃にはやっぱり収拾がつかない状態になっている。とりあえず、書いたものはいつか役に立つかもしれないと思って今でもそのノートは残してあるが、読み返すたび「こりゃ駄目だな」と思う。

生計の方はどう立てていたかというと、池袋のコールセンターでアルバイトをしていた。仕事内容は電話帳にある電話番号に片っ端から電話をかけて、「いりません」という相手に無理矢理「はい」と言わせて生命保険の資料を送りつける。本当にそんな感じだった。

強引でも一定数の資料を送らないとすぐクビになる。
そんな職場に色んな世代の色んな目的を持っている人が集まっていた。

極めて人の出入りが流動的な職場ではあったが、同じ時期に入ったアルバイト同士はやはり仲良くなるらしく、時々仕事終わりに飲みに行ったりして親交を深めていたようだった。

彼らの事で良く覚えているのは、休憩時間になると、休憩室のテーブルを囲んでよくしていたお金の話。FXで口座を開設するとキャンペーンでいくら貰えるからお前も開設しろとか、廃品回収業者は元手がかからず実は儲かるから一緒にやらないかとか、青年海外協力隊に二年行くと帰ってきた時に二百万近い積立金が貰えるとか、そういう類の情報交換を頻繁にしていて、私は誰とも話さずに部屋の隅で携帯を弄る振りをしながら聞き耳を立てていて、何というか、皆たくましいよなぁと思っていた。

そして誰とも馴れ合わず、私は闇に墜ちしルシファーなのであまりお構いなく、みたいなスタンスで中二病的なオーラをガンガンに放って他人を遠ざけようとしていた私だったが、マダム達などは意に介せずぐいぐい話しかけてきた。

それに応じる感じで自分の話もぽつぽつする事になるのだが、ブラック企業の時の話しなどをすると物凄く食いついかれ、「その話し、ここじゃ話し足りないわね」と仕事後に居酒屋に連行され、どちらかというと私の話よりマダムの話を中心に場は展開され、最終的に、世を渡るための心構えというか、愛ある説法のようなものを語って聞かせてくれるのだった。

あるマダム曰く。「法人」と言えどもやはり会社は人ではない。結局、雇用側と被雇用者側はどちらが自分にとって有利な環境を奪い取るのか、常に知恵を絞って化かし合いをしなくてはならない。他人は結局守ってくれない。自分の身は自分の責任で守る。不利な条件を相手が少しでも押し付けてきたのなら、いつでも応戦する準備がなければいけない。そのために、もっとあなたは図々しくならなければいけないし、法律などの知識もちゃんと身につけないといけない。素直に会社の言う事なんて聞いてたら損しかしないのよ、と。

とりあえず、そのマダムにだけは絶対に逆らってはいけない。それだけは良く分かった。

アルバイトから帰ってきて、また疲れた頭で書き始める。紙に文字を落とす度に違う気持ちやそのテンションに付随するようなシーンが思い浮かぶのだが、それらは一向にまとまる気配を見せない。

埒が明かず、色々探して辿り着いたのが保坂先生の本。

この本にも書いてある事なのだが、文章には一行一行、運動する方向、つまりはベクトルみたいなものがある。それを丁寧に感じ取って、文章が自ら向かいたい方向に合わせて筆を進めていかないといけない。

ここ最近になってようやくうっすら分かる程度の感覚なのだが、読み始めた時は何の事かさっぱり理解できなかった。

とりあえず、その言葉のベクトルとやらを感じ取る力を養うには、やっぱり普段から読書しておくのは大事なのかもしれないと感じ、急ピッチで本も読む量を増やし始めた。

日々波のように迫り来る憂鬱と不安に苛まされていた分、すがる思いでどんどん本を読んだ。気分が陰に入りすぎている時は文字が頭に全然入らなくなったりしたけど、それでも月に十冊くらいのペースで読んでいたと思う。

図書館で手当たり次第に本を借りて、いいと思う作品があったら、それを書いた作家のインタビュー記事などをネットで探して、影響を受けた作品があればまたそれを読んでいく。その中でまた琴線に触れるものがあればそれを書いた作家を調べて、関連する人の作品をどんどん掘り下げていく。そのサイクルをどんどん回していく。

それと、二千字とは別で、こんなタイトルの日記まで付け始めていた。
(遭難日記)

誰に見せるつもりもなく、幾分気力も沸かない状態で書いていたので書き始めた頃なんかは特に字がぐちゃぐちゃだったりするのだが、今では少し説明しがたいあの頃の心理状態がよく分かるので、次回からはここからの抜粋も少しずつアップしようと思う。


それにしても、挿入する写真のサイズのコントロールができない。。

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