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ウィーンフィルと旅する

世界初の挑戦
「グローバル クラシック コンサート」は旅行に参加された方にお楽しみいただけることを目的に国内外で実施してきた。第1回目の開催は1987年にサントリーホールで、そして第100回目の開催は2023年に同じくサントリーホールで実施した。コンサート事業との関わりでウィーンフィルの世界ツアーを担当しているブーフマン氏から提案があった。「ウィーンフィルが乗船する音楽クルーズを一緒に実現しないか?」この企画の中心となるのはシュプリンガーという人物である。ほどなくベルリンのホテルで彼と会うことになった。初めて会うシュプリンガー氏は穏やかな紳士で朝食のミーティングは楽しい歓談となった。「ウィーンフィルは過去に南米とエジプトにクルーズしたことがあるが、これは楽器を運ぶためだった。今回は初めて船内と寄港地でコンサートを聴く地中海クルーズを行う企画だ。世界5大陸から音楽好きの方々を集めたい。日本を君の会社で担当しないか?」という提案だった。初回のクルーズは指揮者のズービン・メータが乗船し、オーケストラのフルメンバーとソリストはピアニストのラン・ランが乗船する。世界初の企画!としてヨーロッパでは話題となりウィーンで記者会見が行われた。私も会場に招かれて取材陣に紹介された。2008年に世界最初のウィーン・フィルクルーズが地中海で実施された。

ヘルスベルグ楽団長(当時)中央左とシュプリンガー氏(中央右)

人との信用で繋がる経験
日本での企画進行には、さまざまな課題や懸念があり初めてのツアーは困難を極めた。「ウィーン・フィル」という文字は日本のある企業に商標登録されており、パンフレット制作も進まない。写真掲載の権利関係も慎重に進めなければならない。複雑な問題を解決するには、直接楽団の責任者とお会いした方が早いと考え、当時の楽団長であるヘルスベルグ氏にアポイントをとった。ブーフマン氏からの紹介ということで、ウィーン・フィルの事務局からすぐにアポイントの承諾があり、ウィーンの楽友協会ホール訪ねた。コンサートホールと同じ建物にある事務局ではヘルスベルグ氏がにこやかに迎えてくださった。著作権関係の懸念事項などさまざまな課題について親身に相談に乗っていただき、その場でほどんどの問題を解決することができた。
このようにウィーン・フィルの中枢に入ることができたのは、ブーフマン氏やシュプリンガー氏の「信用」に他ならない。この時の体験から、特に楽団を自主運営しているウィーン・フィルは、人間関係を重視しているように感じた。
その後、1〜3年おきにこの「ウィーン・フィル クルーズ」を実施することになりヨーロッパ各地を寄港地として5回に亘るクルーズを実施するまでに発展した。

オーストリア大使館での記者会見 右端はシュプリンガー氏 左端が筆者

国内のPRを行うためにメディアでの発表が必要であった。ブーフマン氏の会社もシュプリンガー氏の会社もファミリービジネスで家族全員が協力してくれる。長男のピーター・ブーフマンと、長女のミヒャエラ・シュプリンガーがこの企画の担当であった。フェイスブックで繋がった2人に日本でのメディア発表について相談したところ、ミヒャエラからは在日オーストリア大使館を提案された。ピーターはウィーン・フィルのメンバーに連絡してくれて、オーケストラの日本滞在期間の合間に代表と関係者を記者会見に設定してくれることになった。シュプリンガー氏も会見に合わせて来日することになり、無事大使館で記者発表をすることができた。
フェイスブックの繋がりがなければ、この記者会見は実現しなかった。SNSなどの新しいテクノロジーの活用で人間関係が距離と時間を越えることを実感した。

クルーズ・オブ・ザ・イヤー
ウィーン・フィルクルーズは「クルーズ・オブ・ザ・イヤー 2016」において優秀賞を受賞した。
これはウィーン・フィル事務局と連携し「世界中の音楽ファンを集めて、100人のオーケストラと一緒にクルーズし、寄港地でコンサートを行う」という大きなスケールのプロジェクトが評価されたものである。もちろんこのプロジェクトはヨーロッパのパートナー会社との連携で実現したものであり、すべての協力者のお力添えの賜物と感謝している。
音楽鑑賞はレコードの時代からCDへ、そしてオンラインとダウンロードが標準となってきた社会変化の中で、「生のオーケストラを聴く」という体験を、コンサート会場だけでなく、世界の人々とともに船内や寄港地のホールで体験することは貴重な体験である。これからも「音楽のある旅」として様々な企画を続けていきたい。

授賞式・筆者


ハンブルク エルプフィルホール
ホール内部

ファミリービジネスの継承
ブーフマン家もシュプリンガー家もファミリービジネスで人脈と信用を継承している。王侯貴族がいた社会制度の名残のように、ヨーロッパならではの社会構造なのかもしれない。オーケストラのメンバーとも家族づきあいのレベルだ。ウィーン・フィルのメンバーは全員が国立歌劇場管弦楽団に所属している。その中の120人程度が自主運営をしているウィーン・フィルのメンバーとなるが、メンバーになるには団員と関係者からの推薦とともに試用期間がある。オペラが上演している期間はウィーンフィルのメンバーは国立歌劇場の演奏が優先となるので、長い期間のツアーを行えるのは夏休みの期間となる。毎年総会で年間スケジュールを決めてゆくが、ウィーン・フィルクルーズもこの総会で実施の可否を決めてきた。この企画は任意参加なので、バランスの良い楽器演奏者が乗船する必要がある。また、1人1キャビンが提供されるので、船上には子連れの音楽家が乗船し船全体が和気藹々とした雰囲気になる。クルーズの運営は全てシュプリンガー家が担い、楽器の運搬や楽団員の移動などのツアーアレンジはブーフマン家が担当している。音楽家も家族で継承している人も珍しくないのがこのオーケストラの特徴でもある。

シュプリンガー夫妻と筆者


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