見出し画像

副都心は迷光を集めて

 世界最大の人口規模を誇る東京都市圏が、もしも一組のトランプだったなら、池袋は絶対にジョーカーだろう。つまりは僕の記憶にとって、未来永劫の道化師であることと同値だ。東京ですれ違う限りの―あるいはすれ違っちゃいけない類の―すべての種類の人間が集まっては、散る。それはデフォルメであり、それはジオラマだった。

(だからね、僕は君と初めて待ち合わせた西口公園で、綺麗な街だねって言ったら可笑しそうに笑うもんだから釣られて笑ったけど、間違いじゃなかったね。ゆび指したゴミ箱の上にはコンビニ酒の瓶が整列していて、それだけで説明は充分だったよ。僕らが混ざり合った色は変テコで、変テコが泳ぎ回るには澄んだ色じゃ、物足りないもの。)

 インスタグラムのTOKYOフィルターが灰色なのはコンクリートジャングルの所為ではなくて、無数のビビッドカラーが一斉に泳ぎ回るからなのだと、サンシャイン通りを引かれるままに歩いて知った。随分と色を施したエンターテインメントの雑居も、視界に入れば結局は灰色だった。キャラバンだらけの改札口も、アートもどきの雑司ヶ谷トンネルもだ。
 そして僕もあの娘も、それぞれがビビッドじゃないことは感づいていて、重なるごとに顕著で、濁った色を好むと同時に澄んだ色を禁じられてもいた。僕らは僕らで池袋のデフォルメを宿していたし、やがて池袋のジオラマに溶けていった。

(サンシャイン通りを惹かれるままに歩く間中、君は一番輝いていたよ、って伝えたら君はやっぱり可笑しそうに笑うんだもの、ムキになって一個一個説明したっけ。胸の大きなお姉さんも、君より若い少女も、何人も何十人もすれ違うこの街じゃ、僕と君っていう組み合わせは偶然に見えても、必然って信じてる。僕はビックリしちゃって、まだこの街への色々眼鏡が外れないままだけど、どれを通して見ても君は一番だったよ。恋に落ちても、落ちなくても、は嘘かも…いや、本当。だって誰よりも楽しそうな笑顔で、僕の手を引いてくれたよね、今だって…手品のできない僕はスマホを急に向けてシャッターを切って、ブレブレのスクープ写真はそれでも君の感情の方向まで鮮明に切り取っているよ。僕はようやく得意気に笑って見せてやり、君はと言えば喜怒哀楽をコロコロ移ろわせながら、でもずっと誰よりも楽しそうで、最後は照れてくれたっけ。)

 夜の池袋は恋人を輝かせる最高の舞台装置だ。全ての色の同率配合は光の場合は誇らしい真白で、つまりは昼間の灰色と同値だ。
 ビビッドでないあの娘を時間いっぱい見つめるには、胸の大きなお姉さんや、あの娘より若い少女が必要だった。僕とあの娘の組み合わせは偶然だったから、必然だという錯覚が必要だった。僕が落ち着いて色眼鏡が外れる時までは、ロマンチックの延命が必要だった。嘘は言っていないけど、本当にも種類があった。
 誰よりも楽しそうな二人が共鳴したのは、池袋という未来永劫の道化師のタネのほうに対してだった。そして透けてゆくタネに目配せするのは、手品のできない二人にも言えることだった。
 あの娘の感情の方向は一度ッきり色眼鏡の反射光と被って、僕は得意気に本心から嘘のような本当を吐いた。あの娘はといえば肩を透かされ、最初で最後に本心から照れた。

(鮮やかな君の肌の反射を時間一杯見つめられて、最高だったな。池袋にはいろんな人がいて疲れちゃうけど、個室の中で君の歌を聴いてる間はまるで関係なかった。歌が上手な君が僕宛てに歌ってくれる時間、泣けてきちゃったよな。ねぇ、君はあの歌を、どんな気持ちで歌っていたの?あんまり目を真っ直ぐに見て歌うものだから、僕はまだ君が魔法少女だって信じてるんだよ。)

 ベッドの中で魚になった夜。あの娘の声は自由の謳歌であり、自在への苦悩だったのだと思う。逆に言えば閉鎖空間の中と外は枠組みにも苦楽にも隔てられていなくて、直感的には不自然なことだが、所詮池袋の袋の中の出来事でしかなかったことになる。一人ひとりと表裏一体にあるアイデンティティクライシスをついに達観させてやれなかったのは悔やまれるが、彼女が僕の目を真っ直ぐに見つめて恋情を紡ぐとき、それは葛藤の証だった。

(池袋のネズミ、なんて適当を言っては笑いながら、僕と君は都会の時の流れにすら逆らった気で、通りを彷徨っては居場所を探して、駅側と反対側を見比べた。外に負けないようにと思えば尚更、外に甘えて力を抜いても殊更。それが内なる恒星のためだなんて更々、灰色の二人は当然違うって知ってたはずだろう。ねぇ、君は袋を出てよかった?本当は後悔してる?それとも、両方?)

 池袋のネズミだった僕とあの娘は、袋小路の脱出を図った。
 外にビビッドの充分な重なり灰色は無い。
 外に七色のステージライト白色は無い。
 僕と彼女との混ざり合いに疑問符が浮かぶまで、さほどかかりはしなかった。
 池袋の正義とはカオス灰色である。
 池袋の道理とはネグレクト白色である。
 僕らは泥沼から這い出て、それゆえオアシスを喪った。浦安にも行ったし、吉祥寺にも行った。灰色よりは純度の高い彩を持った場所では、僕はあの娘を、あの娘は僕を遠ざけたい衝動に駆られた。
 なにも、ダサいとか汚いとか、そんな浅くてお互い様、今更な憎しみ合いが始まるような、浅い浅い情で済んでいるはずが無かった。互いが互いを、そこに無い灰色で守るのが居たたまれず、苦しかったのである。

(居たたたまれなくて、苦しかったよね。ごめん。浦安でも吉祥寺でも、君は僕だけを守ってくれて、僕は君だけを見ていたよ。キラキラ、トゲトゲなビビッドが羨ましかったでしょうに、君は他の男の子じゃなくて僕だけを見ていたから、僕はまだ池袋じゃなくて君に縋りたくて、君が魔法少女だって信じてる。全部、ぜーんぶ分かってるさ。少なくともサンシャイン通りのダサさの正体とか西口公園のごみ箱の汚さを保つ秘訣とか、前よりわかってるってば。それでも僕には浦安でも吉祥寺でも池袋でも君が変わらず素敵で、横にいても、混ざっていても欲しいよ。居たたまれなくて、苦しくても。)

 もし順番が逆だったら、少しだけ上手くやれたかもなと思う。互いが縋りあう場所を探すんじゃなくて、池袋に縋っている二人が出逢っていれば。
 偶然は同じでも、必然の整うまでに一生が終わってしまうし、だいいちプライドが許さないタイプの妥協である。池袋の道理とはネグレクトだ。
 しかし一方で、それさえ乗り越えれば僕と彼女は、二人は最強になれたはずだった。池袋を掌握することは、世界最大都市のデフォルメを掌握することだ。何百万のビビッドを統べる、アダムとイブの幻想。夢物語と掃いて捨てるには、あまりに輝かしい理想だった。

(ねぇ、アダムとイブになろうよ。欲望のタガが外れて、得るも得られぬも関係ない高い所まで行こう。六十階の乱闘だって怖くない。たかが百色の塗りあい程度に何ができるんだよ。決してビビッドじゃない二色の織りなす最上級の灰色で、覆ってしまえばいいよ。僕ら、ダサくて汚い。でもダサくて汚いまでに手品ができない、たった一組の必然だったはずだよ。そうしたら夜は池袋の街と同じくらい、真っ白で純粋な星空のパフェを食べよう。ねぇ、東口の西武だか西口の東武だかに、淀みが押し寄せるよ。そうすれば、池袋は一層僕らの色に塗れる。また西口公園で待ってるよ。)

この記事が参加している募集

この街がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?