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073.戦争と平和

2003.7.8
【連載小説73/260】


6月30日
オセアニアの地域機構、太平洋島嶼国家会議(PIF)は、部族対立で治安が悪化するソロモン諸島への平和維持軍派遣を決定した。
長引く内紛と深刻な経済停滞に陥ったソロモン政府が支援を求めたことによる。

7月2日
トランスコミッティはPIFから物資輸送と専門家派遣の要請を受ける。
これは、復興後の産業政策を見据えてのもので、年頭の同国サイクロン災害時の飛行艇派遣協力から始まった国交の延長線上に舞い込んだオファーである。
(ソロモン諸島への援助活動は第47話に詳しい)

この事件によって、コミッティ内部がにわかに慌しくなっているようだ。
東京での仕事を終え、久しぶりの帰省を予定していた僕に対しても、4日にボブからメールが届いた。
トランスアイランドにおける本件の責任者となった法律エージェントの彼が、他エージェントや主要スタッフとの意見交換を経て、PIFへの回答をまとめることになったらしい。

そんな訳で、連日ホテルにこもってエージェントたちやコミッティスタッフの面々とネットワーク上での議論を重ねている。

帰省は少し先送りになりそうだ。

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実は、この問題は3日になってフランスが平和維持活動に参加を表明したことで、事態が国際的に複雑な様相を呈してきた。

フランスは、ニューカレドニアやタヒチといった自国領をこの地域に持っているが、過去の核実験の暗い歴史からPIF加盟国内に複雑な対仏感情が残っている。
加えて、PIFを主導するオーストラリアとフランス間で、イラク問題や農産物貿易を巡っての対立が続いているからだ。

小さなエリアの問題に大国が絡むことで、本来の目的とは別次元の争いがネットワークされ、事態が複雑化するのは国際社会の常なのかもしれない。

もっとも、これらの動きに関しては、外遊中の僕より、これを読むトランスアイランドの人々の方が詳しいだろう。
日本においては、遠い南海の島の一大事は未だ小さな扱いのニュースでしかないが、ボブから本件に関する議論が島内で活発化していると聞いている。

さて、おそらく国民の大半がそんな事実さえ感知していない日本においても、規模やその性質にかなりの違いがあるにせよ、同様の国際構図の中で困難な決定が迫られている。
イラク法案である。

米英によるイラク戦後の復興支援は、自衛隊を派遣するか否かのレベルを超えて、その背後に複雑な国際力学が見え隠れする。

拉致や核保有問題で緊迫化する北朝鮮関係において、日本は米国といかなる道を模索するのか?
戦後60年を重ねる中、安全保障や憲法はどこへ向かうべきなのか?
沖縄の基地は?
いやその前に停滞する経済は?
そもそも、日本国民における「平和」とは何なのか?

そう、どこに暮らしていようが、「戦争と平和」という大きな天秤の構図は、人類共通の命題として我々を試し続けるのだ。

で、PIFへの回答の方だが、ネットワーク上での議論が白熱している。
コミッティスタッフにとっても、エージェントにとっても、このような外交課題は開島後初めてのケースだからだ。

正式に認められた国家でないトランスアイランドはどう対応するべきか?
一種のNGO的組織として協力するべきなのか?
いや本筋と離れた国家間の駆け引きがある以上、静観すべき事態なのか?

仮に何らかの協力を行うとして、コミッティ独断で行うのか?
エージェント個々は、いかなる権限でそこに関わるのか?
島民を巻き込んで検討する場合、民主的な手続きが必要なのか?
そもそも島民はそんな関わりを望んでいるのか?
投票や公開会議等、何らかのシステムをつくることの後々の影響はどうか?

仮に「NO」(静観)の結論を出した時、周辺国家との関係はどうか?
現在進行中のマーシャルやポンペイのプロジェクトに影響はないか?

7月下旬には現地にPIF部隊が駐留予定。
ひとまずの返答が今週末と決まった。
我々に、時間の猶予はあまりない。

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光射すところあれば影が出来る。
幾多の誕生の背後に無数の死がある。

この世は全てバランスの上に成り立つということなのだろう。
片方だけを望んでも、重ねる時間の中でそれは叶わない。

「戦争と平和」も然り。

世界がひとつに繋がってある以上、「平和」の側だけに安住することはありえないし、仮に「戦争」の側にいても明るい未来は可能なのだ。

いかにトランスアイランドが「平和」であっても、外部世界との関係の中で何らかの争いに巻き込まれる可能性がゼロではないことが早くも露呈した。

今、我々が為すべきは何か?

短期間であっても、大いに議論を重ねること。
そして、友たる者からの要請に対しては、それを簡単に否定せず、安易に許容もせず、第3の道を見出すことではないか?

ボブたちとの議論は、そんな流れになっている。

小さな僕らの島は今、見えざる大きな力に試されている。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

5月に広島で開催されたG7サミットには7カ国の他に様々な招待国が存在しました。
その中にクック諸島と名前がありましたが、太平洋諸島フォーラム(PIF)の議長国としての参加です。

PIFの名を知る日本人はおそらく少数だと思いますが、僕がライフワーク的に通った東南アジアの国々にASEANがあるように、南太平洋に点在する国々の集まりは『儚き島』創作上で要チェックの共同体でした。

一見、平和で戦争から程遠い存在のように思われる国々にも様々な争いがあり、その多くに大国との関係が存在します。

10代後半の僕は世の中や世界を知るほどに厭世感のようなものが湧いてきて、そこから逃げるように南洋の島々への憧れが育ちました。

「多くを持たない楽園の島々こそ理想の場所に違いない…」との思いで始めた様々な活動の先に見えたものが「遍在する争い」でした。
いや、争いと共にある歴史が「この世」であることを理解しながら、その所以を追うことが僕の活動になった気がします。

20年前、少しは平和に近づく世界を信じながら紡いだ物語を振り返る今、世界をネットワークする日々のニュースのトップはウクライナ戦争です。

何かが大きく変わったようで、実は何も変わっていない…
デジャヴを感じる今日この頃です。
/江藤誠晃

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