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097.未来行きエアライン

2003.12.23
【連載小説97/260】


12月17日、日本のベンチャー企業コペル社とトランスコミッティの間で歴史的な調印が行われた。

島の2周年を機に、ハワイ~トランスアイランド間の飛行艇輸送事業の全てをコペル社にアウトソーシングするというのがその内容だ。

コペル社は、8月に日本からの送客を目的とするトラベルエージェントとしてトランスビジネスに参入していたが、これまでのビジネスは日本~ハワイ間のエアチケット販売と、オアフ島からのトランスアイランド行きオプショナルツアーの販売をネット上で行うオンラインビジネスのみだった。

これに対して、今回の事業は日本から遥か離れた太平洋上で展開されるリアルビジネスであるというところが興味深い。

島へのインパクトを考慮して、ツーリスト受け入れに総量規制を行っているトランスアイランドへの航空事業は採算の面からして民間事業者にメリットは少ない。

航空会社の既成概念やビジネスモデルからしてあり得ないこの提携話の詳細を、トランスアイランド側の窓口として実現に導いた産業エージェントのケンに聞いたので報告しよう。

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「21世紀の空想旅行社」として誕生したコペル社は、旅行業界においては歴史浅い新規参入組であるが、そのソフト蓄積には注目すべきものがある。

実は同社のメインビジネスはデジタルコンテンツの制作。
代表的な商品がフライトシミュレーションと旅を組み合わせたゲームソフトで、パッケージソフトからスタートして今はオンライン版が主流である。

飛行シミュレーションといえば、素人が操縦桿を握ってのパイロット疑似体験を思い浮かべる人が多いだろうが、空想(=ヴァーチャル)の旅行社というだけあって、コペル社のゲームはひと味違う。

同社のゲームは世界各国の空港から旅立って、参加者個々が手作りの旅を楽しむトラベル疑似体験が豊富に準備されたものなのである。

専用レートのヴァーチャルマネーをオンラインで購入したユーザーは、目的国別に旅客機種やその座席を選び、機内食やムービーを楽しみながら空の旅を楽しむ。

さらに、行く先々で小さな専用機やヘリコプター、気球などに乗り換えて楽しむ遊覧飛行オプションは、リアルな映像と精巧なCGに基づくライブ体験で、続々と新着企画が更新されていく。

飛行機マニアによる操縦シミュレーションでさえ既に大きな市場なのだから、コペル社が開拓した「旅」の疑似体験市場はさらに大きかった。
同社が発行するオンラインパスポート保持者は、世界中で200万人を超えているらしい。

航空旅行市場におけるヴァーチャルとリアルの融合を目指す同社の戦略はゲーム市場にとどまらなかった。
潤沢なパスポート会員の会費と空想旅行代金収入を元手に、数年前から各種の旅行関連事業を展開したのである。

ディスプレイ上で展開されるリアリティ度の高い映像は、大手旅行エージェントの誘客プログラムに活用されたり、添乗員の教育プログラムとして導入されているが、これらはコンテンツの二次使用によるライセンスビジネス。

ヴァーチャル体験からリアルな旅を希望するユーザーが多いことからスタートさせた世界各地のオプショナルツアー販売もヒットして売り上げが急増、その延長線上でオアフ島発のトランスアイランドオプションが取り扱われたのはご存知のとおりだ。

さて、ここからがトランスアイランドとの提携に至るプロセスだ。

業績好調のコペル社ではあったが、順調なビジネス展開の中で未来に大きな課題をかかえていた。
長引く不況や、テロと戦争の影響によるエアラインの撤退に加えて、SARS問題など予期せぬ外敵の登場で旅行業界の低迷は著しい。

ヴァーチャルトラベルは、リアルな旅行市場における各種トラブルの影響を受けないため、近年の業界不振と反比例するかたちでその会員を大幅に増やしてきた訳だが、長い目で見ればリアルな市場の健全な発展なくしてヴァーチャル市場の発展は望めない。

また、新たにスタートさせた旅行業界のソリューションビジネスにしても、クライアントサイドの体力が弱まれば市場に広がりは望めない。

コペル社においてリアルな旅の再生に寄与しうるビジネスモデルの存在が必要となってきたのである。

そこで登場したのが産業エージェントのケン・イノウエである。

彼はコペル社に対して総括的な業務提携プランを提示した。

同社ゲーム内ツーリストの行動や情操を未来研究所においてデータベース化して解析し、観光地の活性化や旅行業界のリストラを目的とするコンサルティング事業を共同展開するというのがメインの提案。

これに加えて…

僻地観光やエコツーリズムといったマイナーな旅は、リアル市場同様にヴァーチャル市場においても採算性が低いため、コペル社にとっては苦手ドメインであったが、そこの開発にトランスアイランドが協力する。

環境保全エリアやサンクチュアリ等の人的インパクトを最小限に抑えたい地を空から観察するプログラム作成を学術調査活動との連携やエコロジーにおける啓蒙活動に役立てる。

といった具体的なプランを並べた上で、飛行艇業務の引き受けを依頼したのである。

コペル社としては、同社のシンクタンク部門のトランスアイランド移転や従業員の各種研修に加えて、リアルな航空路線を持つパブリシティ効果も含め、単独路線では利益が出なくても意味ある投資との判断からケンの提携案を受け入れる決定を下した。

既にお気付きの方も多いだろうが、優れた産業エージェントであるケンのコペル社提携プランは、トランスアイランドの各種展開に対しても効果的に機能するようにできている。

マーシャルとのカヌー交流事業「talk with coral」(第61話)や、2周年会議で進む「ハンディ・ミュージアム」(第96話)は、活動の成果がそのままコペル社のプログラムと連携可能であることが容易に想像できる。

互いの努力が有機的に繋がり、21世紀の知的観光の空が広がる…

コペル社とのコラボレーションが楽しみである。

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冒頭、僕はコミッティとコペル社の業務提携を「歴史的な調印」と記した。

未だ2年足らずの島歴においては、大袈裟な表現と思われた方も多いだろうが、そこには別の意味がある。

実は、12月17日は、米国ノースカロライナ州キティ・ホークにおけるライト兄弟の初飛行からちょうど100周年の記念日だった。

その日の飛行記録は時間が12秒、距離にして37メートル。
が、それから1世紀で人類は当時では予想不可能なほど洗練された航空時代を迎えるに至った。

21世紀型の航空ビジネスが目指すべきは、空と共にある人類の豊かな未来創造だと信じるコペル社が、トランスアイランドをパートナーに新たな旅へと離陸した記念すべき日が2003年の12月17日だ。

次なる100年は僕らをどこへ導いてくれるのだろう?

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

20年前に近未来小説として創作した『儚き島』を回顧する作業の意味は、僕の未来予測と構想力の精度を確かめる作業です。

この回に登場させた「コペル社」はマーケター・プロデューサーの僕にとって、自らの事業進路を占うような会社でしたが…

●仮想通貨を用いたサブスクリプションビジネスモデル
●ユーザーのオンライン行動をビックデータ化
●SDGsに通じる持続可能な観光開発
●空飛ぶクルマの登場を予見したようなメタバース的空間遊覧飛行

など、かなり現在の世界を的確にとらえていたなとの自負があります。

一方、「長引く不況や、テロと戦争の影響によるエアラインの撤退に加えて、SARS問題など予期せぬ外敵の登場で旅行業界の低迷は著しい。」と記した部分は残念ながら今も同様の構図が繰り返されています。

コペル社が存在したら2020年代にいかなるビジネスを構想しているか?
という問い掛けをするとすれば、それはツーリズム・プロデューサーの僕が残された時間の中で何をなすべきか?を問われているような気がします。
/江藤誠晃

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