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旅する音楽 16:山本邦山『銀界』 - 過去記事アーカイブ

この文章はJALの機内誌『SKYWARD スカイワード』に連載していた音楽エッセイ「旅する音楽」の原稿(2016年1月号)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

雪降る京都と侘び寂びの音色

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山本邦山『銀界』

 新年の凜とした空気に触れると、いつも脳裏に浮かぶ情景がある。それは、京都の雪景色。誰もいない町家の通りに、しんしんと音もなく雪が降り積もっていく……。

 実際にそういった風景を体感したことがあるのかは定かではない。もしかしたらテレビの「ゆく年くる年」を見て刷り込まれた可能性もある。でも、父方の祖母が京都・銀閣寺近くの古い家に住んでいたので、年初によく遊びに行っていたことは確かだ。初詣客で混み合う寺社の門構え、あでやかな着物姿の女性たち、八ツ橋を焼く香ばしいにおいが漂う土産物店。何度行っても日常とは違う世界だなあと、幼心に感じていたことは記憶にある。ただ、そこに雪が降っていたことがあったかどうかは、かなりあやふやなままだ。

 この『銀界』は、ジャズに興味をもち始めた10代の頃に、何げなく手にして衝撃を受けた一枚。人間国宝でもある尺八奏者の山本邦山がジャズを吹いている。そういうとどこかイロモノっぽく聞こえるかもしれないが、実際にはそんな懸念を吹き飛ばすかのようなスピリチュアルな音楽が奏でられていく。菊地雅章による点描のようなピアノ、ゲーリー・ピーコックが弾く微細なベース、そして遠雷にも似た村上寛のドラムスが絡み合い、静寂に満ちた小宇宙のようなアンサンブルを繰り広げていく。尺八が吹く和音階とジャズという西洋音楽のフォーマットがここまで自然に融合し、そして崇高なエネルギーをもった音楽を、僕はほかに聴いたことがない。

 ジャケットに描かれた龍安寺石庭の雪景色は、僕が夢想する京都の風景に通じるものがある。祖母はずいぶん前に亡くなってしまったし、銀閣寺近くの家も取り壊されたという噂を聞いた。だから、幻の雪景色が事実であるかどうかを確かめる術は、今となってはないのだ。ただ、そのことははっきりさせなくてもいいのかなとも思っている。新しい年の始まりに『銀界』を聴けば、いつでもその風景は 蘇ってくるのだから。


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