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旅する音楽 18:ネヴィル・ブラザーズ『Yellow Moon』 - 過去記事アーカイブ

この文章はJALの機内誌『SKYWARD スカイワード』に連載していた音楽エッセイ「旅する音楽」の原稿(2016年3月号)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

旅人の人生を変えたアメリカ南部の魔力

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Neville Brothers『Yellow Moon』

 卒業旅行で訪れた米国南部のニューオーリンズ。安宿で出会った同い年の彼とは、すぐに仲良くなった。明るく饒舌な男だったが、僕が「念願のレコード会社で働くことになった」という話をしたら、急に顔が曇った。彼はこの旅が終わったら、本意ではない家業の後継ぎになることが決まっていたのだ。僕は悪いことをしたなあと反省し、それからは進路の話はしないよう気をつけた。

 ある日、ふたりで観光地にもなっている墓地に行ってみた。ニューオーリンズにはアフリカ由来のブードゥーという民間信仰があり、その神様が祀られている。僕はすぐに飽きたが、彼は熱心に墓碑の前で祈るように目を閉じていた。仕方なく静かな敷地内をぶらっと一周して戻ると、彼の姿が消えている。一瞬のことなのに、墓地内にも外の通りにも見当たらない。30分ほど待って宿に戻ったが、結局どこにもいなかった。

 その夜、僕はネヴィル・ブラザーズのライブを観に行った。ニューオーリンズを代表するこのグループは、ソウルやファンクを取り入れた熱いパフォーマンスで知られている。すっかり楽しんでから会場を出ようとすると、踊りまくって汗だくになっている彼がいることに気づいた。「どこに行ってたの?」と訊ねたがそれには答えず、興奮しながら「俺、決めたよ」と言った。このまま日本に帰らず旅を続けるのだという。家業はどうするのかも聞いてみたが、軽く笑って首を振った。

 1989年にリリースされた『Yellow Moon』は、ファンキーなのにどこかひんやりとした空気を詰め込み、なおかつ神秘的な雰囲気をたたえた不思議な作品だ。このアルバムを聴くと、いつも彼のことを思い出すが、その後どうしているのかはわからない。一度手紙を出したが、宛所不明で戻ってきた。もし再会する機会があったら、あのとき決意したきっかけを聞いてみたい。ブードゥーの神様から啓示があったのか、それとも、あの夜のネヴィル・ブラザーズの音楽が素晴らしかったからなのかを。

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