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旅する音楽 19:アレハンドラ・グスマン『Indeleble』 - 過去記事アーカイブ

この文章はJALの機内誌『SKYWARD スカイワード』に連載していた音楽エッセイ「旅する音楽」の原稿(2016年4月号)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

メキシコで聴いた、人生再出発のメロディー

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Alejandra Guzmán『Indeleble』

 長旅をした経験がある人なら共感してもらえるだろうが、常に新鮮な気分で観光するのは、なかなか難しいものだ。僕の中南米旅行も、1年を過ぎてメキシコに入った頃から、徐々に鮮度が落ちてきた。素晴らしい遺跡や自然にいくら触れても、感動が薄い自分に気づいた。

 それでも、ウシュマル遺跡は、見事としかいいようがなかった。丸みを帯びた個性的な形状のピラミッドに上り、4月だというのに強烈な日差しを浴びて、ぼんやりと眼下に広がる密林を眺めていた。すると、背後から「わあ、すごい!」という声が聞こえる。振り返ると、初老の女性が汗を拭きながら上ってきた。今春、定年退職したばかりで自由になったため、旅行に出たのだという。「子育ても終わって落ち着いたし、夢だったマヤ文明の遺跡巡りをしにきたのよ」と明るいトーンで語ってくれた。母親に近い年齢だというのに、僕なんかよりも溌剌として若々しく見えた。彼女にとって、この春は第二の人生のスタートなのだ。それに引き換え、自分はどうだ。なぜ惰性で旅を続けているのだろう。

 その夜、手に入れたばかりのアレハンドラ・グスマンのアルバム『Indeleble』を聴いた。比較的ハードなロックを歌うメキシコ人シンガーなのだが、この作品はミディアム・テンポのバラードを中心にセレクトされている。ハスキーな彼女の声を活かして歌い上げており、とくに「Volverte A Amar」というラブソングのセンチメンタルな感情表現には、心を揺さぶられた。なんてことのない甘いラテン・ポップなのになあと思いながらも、目頭が熱くなってくる。そして、何度も手の甲で涙を拭いながら眠りについた。

 次の日の朝、僕は決心していた。せっかく始めた旅なんだから、楽しもうじゃないか。今から目に映るものはすべて、初めて出合う世界なのだから。そして、昨夜覚えたメロディーを口ずさみながら、バックパックを担ぎ、次の町へ行くためにバスターミナルへと歩き始めた。

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