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旅する音楽 15:ザ・パラダイス・バンコク・ モーラム・インターナショナル・バンド『21世紀のモーラム』 - 過去記事アーカイブ

この文章はJALの機内誌『SKYWARD スカイワード』に連載していた音楽エッセイ「旅する音楽」の原稿(2015年12月号)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

タイの田舎料理が食べたくなる 21世紀の音楽

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ザ・パラダイス・バンコク・ モーラム・インターナショナル・バンド『21世紀のモーラム』

 これまでに何度か海外で大晦日を過ごしたが、タイで迎えた新年ほど地味な出来事はなかった。というのも、急遽決めた旅だったし、無計画にバンコクに辿り着いたから。しかも、宿も予約していなかったため、部屋探しをしていたらカウントダウン直前の時間になってしまった。

 何はともあれ、空腹だった僕は通り沿いの屋台に入った。そして、焼きそば風の麺料理と青パパイヤのサラダに舌鼓を打ったあと、ふと店の隅に置かれたラジカセから聞こえてくる音楽に気がついた。笛や弦楽器の合間から聞こえてくる素朴な歌声は、モーラムというタイ東北部の大衆歌謡だ。日本でいうと演歌に近いかもしれない。サウンドはチープながらどこか懐かしさを感じさせ、タイの屋台に似合っている。店番をする若い女性は、そのメロディーに合わせて鼻歌を歌っていた。

 そういえば、この店の料理もイサーンと呼ばれるタイ東北部のもの。彼女もきっと、田舎から夢をもって都会へ出てきたのだろう。大晦日で人々が浮かれていても、焼きそばを炒め、青パパイヤを千切りにし、モーラムを口ずさんでいるのだ。そんなことを考えていると、遠くで花火の音が聞こえてきた。いつの間にか、新しい年を迎えていたらしい。

 さて、そのとき流れていたようなモーラムは、日本ではなかなか聴く機会がない。でも、少し前に『ザ・パラダイス・バンコク・モーラム・インターナショナル・バンド』という長い名前のグループが演奏するアルバムを手に入れた。これは、モーラムに今風のモダンなリズムを加え、インストのダンスミュージックに仕立てたもの。クラブ仕様でオシャレではあるが、モーラム特有の垢抜けない感覚は残されている。クセもあまりないので、日本でならこれくらいがちょうどいいのかもしれない。

 このバンドの演奏を聴いていると、またバンコクで地味に大晦日を過ごすのも悪くないなと思う。それと同時に、少ししょっぱい屋台料理の味が、口の中に 蘇ってくるのだ。


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