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RED(2)

 長時間の睡眠が出来ずに、0時から始めた仮眠も2時間で目が覚めてしまう。寝起きに頭を働かせようと、父の冷蔵庫に入っているカルピスソーダが飲みたくなったけど、父の部屋は猫を部屋の外に出さないように部屋の入り口が黒い紐で閉じて合った。僕は諦めて、マグカップにゴールドブレンドの粉を入れると60℃のお湯を溢れないように注いだ。深夜2時、こたつの電気を入れると頭を働かす為に苦いブラックコーヒーを飲みながら、スペシャの歴代カラオケスーパーヒッツを聴いている。TVにはE-GirlsのFollow meがかかっている。小気味いいリズムに目が覚めるとnoteでフォローされたと通知が届いた。僕は昨日の朝書いた小説の続きを書いている。

「当たり前は当たり前じゃないかもしれない」と僕は声に話しかけた。

「何のこと」

「きっときみの声を聴くのってテイラースイフトと話すくらい非日常な気がする」と続けると、

「私はそう言うものじゃないのよ」

「甘く見てると大変な目に遭うわよ」と声は言う。

「分かってる」と僕は答えた。

 父の静止を振り切って、東京の大学に編入したが、その先に進むことが出来ずに、統合失調症を発病した僕は、大阪から社会人1年目に大手の化学メーカーの仕事を逃げるように山口に帰省した。仕事は帰省してから2年目に会社を辞めてから、心療内科に通いながら社会復帰を目指して働いたが、社会人になって26年目、再び障がい2級に再認定された。僕は母の部屋から聴こえる、TVの音が気になったので部屋を覗くと、寝ぼけ眼の母がぼーっとTV画面を見ているので、電気を消して寝るように促した。母は素直に僕の言うことを聞いて部屋の明かりを消した。母は足を骨折してから出不精になり日中はベッドの上で過ごす様になって3年目を迎えていた。

「テイラースイフトがフットボール選手とロマンスしているらしいよ」と幻聴に伝えた。

「深夜に興奮しているの」ときみは言う。

 僕は先程の仮眠で見た夢を思い出していた、顔を埋めたきみの胸の感触を思い出していた。きみは夢の中では女性じゃなくて、男性ロックバンドのメンバーなのである。僕は確かに女性の胸の様な気がしたんだけどなあと思いながら、夢を振り返った。

「私をオナニー道具にしないでよ」

「嫌、僕の頭の中にある事はそんな事じゃないんだ」と小説を書きながら思った。

 テイラースイフトがたどり着いて観たいと思う、世界を一緒に描きたいと思った。それはいつも彼女が僕達に魅せてくれる光景だった。僕は彼女と月のクレーターにそびえ立つ赤い土に覆われた、高い宇宙の光に照らされる月の山を彼女に見せたかった。その美しい姿と命を感じさせない冷たさが共存する山の印象にきみはどんな感情を抱くのだろう。きっとそれは東京ドームで5万人を前に歌う景色より興奮すると思う。僕はそんな景色をきみに見せてあげたかった、それはきみの作る世界の一部になりたい事を意味していた。REDの物語に僕も加わりたかったのだ。僕の高校生の時からずっと続いている退屈な日常が精神を追い詰めた様に、あなたの創造する世界で自分を表現することが出来ればきっと人間として生まれてきた理由があると思える気がした。

「テイラースイフトに会えるよ」ときみは言う。

「今年もドームでコンサートするから?」

「彼女に逢えるなら最高の自分を見せたいな?」と僕は話す。

「私も連れていってくれるの」

「テイラーに逢うために、きみと一緒に生きてきた」と話したい。

 僕は3人で宇宙に行く用意はできているんだ。その為に心の準備はできている。夢はきっと叶うって信じたいんだ。だから僕に力を貸してほしい。全ての理想を実現する為に。

 時計を見ると4時を指していた、夜明けが近かった。僕の暗く閉ざされている未来を覆う氷も溶けるかもしれないと思った。豊かな収穫を得る為には庭を耕さないといけない。庭を見ているだけでは何も手にする事は出来ないのだ。人生にトライする事はいつからでも可能だ。

 母が歩行器を押しながらトイレに行く為に廊下を歩いている。僕の日常を非日常に飛ばしてくれる小説を書きながら、小説の中の僕はテイラーに会う事は出来るだろうか?と思った。現実の僕は朝の9時にみやび歯科に連れて行かないと行けなかった。僕の日常は母の介護である、退屈な人生が続いていく。夢が現実に叶う事はないだろう。僕は諦めているのだ。

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