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地球語さえ話せれば〜93車線走り書き

語学の習得についてあれこれ話した。

英語、スペイン語、イタリア語、、
流暢に話せたらもっと楽しいだろうな、でもその程度じゃ
一生身につかないだろうな、まあでもそれはそれでいいよな、、とは思いつつ。

そもそも、日本語と英語の境目って、明確にないのかもしれないな、とふと思った。

普段日本語オンリーで話しているつもりでも、ほら、オンリーとかいっちゃっているし、英語(和製英語も多分にあるが)でもKawaii的なことはある。

国に紐づいてたまたま違うルールを適用しているだけで、
別にどちらも広く言語という意味では一緒だ。

だから、スケールを大きくして、宇宙スケールで見れば。

ぼくらは地球人。みんな同じ地球語を使っている。

その中で、人によって日本語や英語を混ぜこぜにして、なんとかコミュニケーションを取っている、と考えるのだ。
あまり英語とか、日本語とか気にせずに、地球語が扱えれば上出来じゃないか、っていうお話で、これは外国語を勉強しない理由を必死で探している、
ぼくの単なる言い訳だ。


93車線SAの立ち寄り土産

海外で執筆し、翻訳も数多く手がけるかの村上春樹さんは、さまざまな言語を勉強してきたが、歳をとるにつれて

やはりごく単純に時間の総量が足りなくなってきたという方が大きいと僕は思う。簡単にいえば「そんなに何もかもはできない」ということである。

村上春樹「やがて哀しき外国語」

と悟っている。
でも、彼の作品はそれこそさまざまな言語に翻訳され、地球中を巡り巡っている。地球上で、ムラカミハルキが読める、のだ。地球語で。

何が言いたいかわからなくなってきたが、要は、地球語は1つ、ということだ。
だから、英語でも日本語でもスペイン語でもいいから、今日も地球語を学び、使い、地球を楽しもうぞ。やれやれ。

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