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山形の姥神をめぐる冒険  読書編 #6

『中国の死神』 大谷 亨  青弓社 2023年 

 中国には「無常」と呼ばれる死神がいる。寿命が尽きかけた人の所へ来てその魂を捉えにやってくるのだという。その姿は白い服を着て高帽子をかぶり、長髪で長い舌を吐き出している。ある日その無常の姿を中国の新聞で見つけた著者は「ビビビッ」と来て、以来中国各地で無常の「採集」「観察」「考察」に邁進することになる。
それはそのまま、奪衣婆にビビビッと来てしまった自分の姿と重なり、読みながら吹き出した笑いはほぼ、「めちゃわかる!」という同業者(同病者)のそれだった。

 本編に挟まれる「無常珍道中」で散々笑わせつつ、無常の来歴や変遷を丹念に辿っていく著者。30代半ばという若さもあるか、自身が見つけたテーマにぐいぐいと潜り込んでいくエネルギーに無常初心者のこちらも引き込まれてしまった。

 ところでこの「無常」だが、長髪で舌を出しているところは姥神と同じだ。あの世とこの世の境界(三途の川)で死者に会う状況も同じ。中国で無常信仰が顕著になったのは18世紀というが、姥神がいる山中は江戸時代中期〜後期の石碑が多い。やや時間差はあるが、時代は被っている。著者の考察によれば、無常はもともと山の妖怪のようなもので、鬼に類する底辺の神だった。それが民間信仰ならではの変幻自在さで様々な意味が付与され、神格化されるようになったという。
 姥神も、限りなく山姥に近い妖怪じみた存在なのだが、夜泣きを鎮めるとか乳の出を良くするなどの意味が加わり、信仰の対象となっていったと思われる。
もしかしてこの二人、ルーツは通じているのかも?

 中国の市井の人びとを身近に感じることができるのも、この本の魅力のひとつだ。行き合った村のお祭りの様子が紹介されている。そこには動く無常の姿(仮装?)もあるのだが、怪しげな占い師やイカサマ師、演技派の物乞いの姿もある。「お祭りはやっぱこうじゃなくっちゃ」とそこに祭りの本質を見て取る眼力はさすが。因習と迷信の渦巻くカオスこそが祭りのエネルギーなのだ。一方で国家の管理体制によって漂白化した祭りの味気なさを嘆く。
 日本にいる私たちはつい身構えてしまう中国という国だが、分け入って見た庶民の姿は良くも悪くもごく普通の生活者だ。大陸育ちのしたたかな生活力で、お仕着せのルールなんか簡単に飛び越えていく。
 なぜか懐かしいような気がするのは、日本人だってもっと強かった気がするからだ。もっと野太く、時には笑い飛ばしながら浮世を生き抜いてきたはず。どデカく、図太く、スラスラスイスイスイ。繊細さや打たれ弱さ、生きづらさ…。そんな囲みに自分から閉じこもっていたらもったいない。

 そろそろ姥神採集に出かけたくなってきた。
 なんか元気が出るんだよ、この冒険は。


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