Microbiome - 生態系としての人体 #4

 マイクロバイオームという視点は、あなたを成り立たせているものは何か、という問いに対する常識をひっくり返す。あなたをミキサーに掛けて、様々な試薬を使ってなんとか細胞一つひとつにまで分離していったとしよう。見る影もないドロドロとした山ができるだろうが、驚くべきはここからだ。乱暴な例えに目を瞑って、その山から細胞を一つ手にとってみよう。あの奇跡に満ちて誕生した受精卵に由来する細胞は、10分の1の割合でしか引き当てることができない。残りの大部分は何か?それはマイクロバイオームをなしていた微生物たちであり、もしかしたら消滅したあなたにお構いなく、活発に動き回っているかもしれない。つまり、私たちはヒトの細胞の10倍を超える微生物を運んでいるのだ。その個数は、10兆から100兆の単位だ。皮膚であれば、一平方センチメートルあたり10万の微生物がいると言われている。さらに、身体の各部分は多種多様な微生物を有する。多くの医者が無菌であると信じていた強力な胃酸を有する胃の中にさえ、胃潰瘍の原因として有名なヘリコバクター・ピロリの他に、プロテオバクテリア、バクテロイデス、アクチノバクテリア、フゾバクテリアなどの数多くの微生物を見いだせる。最も微生物に富む臓器である大腸に至れば、その直径6.5センチメートル、長さ1.5メートル、表面積1250平方センチメートルの管腔内に、1000種類にもなる微生物が存在する。

 人体と微生物の関係は、古典的には共生関係として語られることが多かった。しかし、本書で明らかにしていくように、マイクロバイオームと人体は、まるでひとつの代謝系であるかのように融合して振舞う。例えば、あなたが怪我をした際に血が止まるのは、凝固因子が働き、速やかに赤血球や血小板を束ねあわせて瘡蓋を作り、傷口を覆ってくれるからだ。凝固因子はビタミンKを必須の材料にして合成されるが、実はヒトの細胞だけでビタミンKを作ることはできない。それでも体内でビタミンKが不足しない理由は、小腸の細菌により合成されて、腸管から吸収されるためだ。だから、あなたに赤ちゃんが生まれた際には、ビタミンKを補充するのを忘れないように。無菌環境である胎内から出生したばかりの新生児は、腸内細菌叢が未熟であるため、出血のリスクが増加しているからだ。他にも、神経の働きにとって必須のビタミンB12や、ある種のホルモンの合成、さらには病原性をもって私たちに牙を剥く悪玉細菌の増殖を抑えてくれるなど、マイクロバイオームは我々の細胞以上に、私たちの生存のために働いてくれている。

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