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[前]意外!?なぜナーゲルスマン・スタイルは柔軟性に欠けるのか[ナーゲルスマン・グアルディオラ・トゥヘルの比較分析〜軍事戦略からのアプローチ〜]

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この記事は、[ナーゲルスマン・グアルディオラ・トゥヘルの比較分析〜軍事戦略からのアプローチ〜]の前編です。軍事戦略から転用するフレームワークの紹介、3人のベースとなる共通概念の説明、ナーゲルスマンのパートらを扱っています。

後編はこちらから↓


第1章 分析の概要

何を分析するのか(What)

この記事の目的は、今日のサッカー界でポジショナルプレー系統の世界最先端を走る3人、ナーゲルスマン・グアルディオラ・トゥヘルの戦略(設計)の違いを分析することです。各指導者がどのようにサッカーを捉え、選手達へ落とし込み、ピッチ上で表現しているのか。つまり焦点を当てるのは3人の思考回路であり、チームや試合ではありません。

なぜ分析するのか(Why)

ビルドアップの詳細やゴール前の攻略パターン、プレッシングのかけ方。こういったピッチ上の現象を単に現象として扱うのではなく、その背景にあるもの、彼らの頭の中を探り、彼らのサッカーへの理解を深めるためのヒントを得るためです。
ピッチ上に現れるディティールだけをつまみ食いするのではなく、もう一歩思考を進め、欧州トップの指導者が持つ「構造」自体を解き明かす。ディティールの輸入はJリーグや日本代表でも進んでいますが、次のステップは構造自体を輸入することじゃないかと思います。

どう分析するのか(How)

ナーゲルスマン・グアルディオラ・トゥヘルの思考回路を分析するにあたって、軍事戦略からのアプローチを導入します。理由は二つで、一つ目はサッカーを学ぶだけでは限界があるからです。(当ブログも含め)様々な場所で戦術・技術の議論が行われており、中には有益な情報も含まれていますが、サッカーの視点のみから得られるものには限りがあります。
二つ目の理由は、軍事戦略のターゲットである戦争はゲーム構造的にサッカーとの類似性がある上、様々な事柄がサッカーより理論的に整理統合されているからです。この記事では軍事戦略から2つのフレームワークを転用し、ピッチ上の現象にとどまらず指導者の思考回路まで射程を広げ分析していきます。

第2章 2つのフレームワーク

戦略の階層

分析へ用いる2つのフレームワークのうち、1つ目は「戦略の階層」です。これは戦争(及び国際政治)を階層構造で捉え、様々な物事を整理していくためのフレームワークです。このフレームワークは普遍性が高く、軍事戦略に限らず様々なスポーツや個人の人生にも適応することが可能です。

図2-1
「戦略の階層」

本来の「戦略の階層」には図示したものに加え更にいくつかの階層が存在するのですが、今回は単純化して戦略・作戦・戦術の3つにしています。
「戦術」はサッカー界で最も頻繁に議論されている階層です。3階層の中で唯一選手が関与する範囲であり、指導者・スタッフがトレーニングで落とし込みピッチ上で選手が実行するものを指します。
「戦略」は「戦術」の根拠となる階層となります。指導者とその指導者が率いるチームの世界観、行動原理とも言えます。「戦略の階層」ピラミッドの最上位に位置する階層であるため、この階層の幅の広さ(柔軟性・復原性の高さ)次第で下位の2階層の幅の広さが規定されます。
「作戦」は、「戦略」と「戦術」を接続する役割を果たします。指導者の世界観・サッカー観である「戦略」とピッチ上で発生する現象である「戦術」の間には距離があり、直接落とし込もうとすると抽象度の操作が難しくなります。
例えば「ボール保持でゲームを支配する」という戦略を持っていたとしましょう。いざチームへ落とし込もうとなった時、「ボール保持」という非常に抽象度の高い概念を「ACの立ち位置の取り方」や「WGが降りる基準」といった抽象度が低く極めて具体的なルールに直接結びつけるのは困難ですよね。ボールを持ちたいのは確かだけど、個人に対しいきなり色々提示したところでビルドアップが上手くいくわけでもなければゲーム支配もできない、という。
この課題には、「作戦」階層を経由し、戦略を具体化したコンセプト・システムやユニット単位の原則を設定して「戦略」と「戦術」を接続することが解決策となります。

間接的アプローチ

2つ目のフレームワークは「間接的アプローチ」理論です。この理論は軍事評論家のB.H.リデルハートによって提唱されたもので、目標への経路を直接的アプローチ・間接的アプローチの2つで分析しています。

図2-2
「間接的アプローチ」

直接的アプローチは、敵軍の重心(最も強い箇所)に対して自軍の全勢力を投入し、敵軍の撃滅を狙うアプローチ方法です。「重心の破壊こそが勝利を達成する方法である」との考えが基軸にあり、両軍の主力が激突する「大会戦」をその手段とします。
一方で間接的アプローチでは、重心の破壊(勝利)を「成果物」と位置付けています。多大な犠牲を伴う重心への直接攻撃を避け、補助部隊の背後を突いて重心の崩壊を誘発します。
直接的アプローチが素直に勝利を狙い物理的な最短距離で攻撃を仕掛けるのに対し、間接的アプローチにとって勝利はあくまで結果論で、間接攻撃の結果として後から勝利が転がり込んでくるんだ、という考え方です。
2つのアプローチの違いは、「視野・復原性」にあります。直接的アプローチを採用した場合、勝利を達成する方法は「重心への直接攻撃」に限られるため戦略の幅が必然的に狭まってしまいます。実際は他に選択可能な戦略があったとしても、それを見逃す可能性が発生するのです。狭い視野を前提に戦略(全体像)が形成されるため、問題が発生した場合の修正策も限られますし、対応速度も遅くなります。従って、相手に「重心への直接攻撃」を抑えらた瞬間に戦略の脆弱性を露呈し、立ち直ることが非常に難しくなります。
間接的アプローチを採用すれば、直接的アプローチよりも広い視野、復原性の高さを獲得できます。手段を「重心への直接攻撃」に限定しないため様々な戦略が選択可能で、問題に直面した場合も豊富なオプションからより優れたものを適用できるからです。そのため直接的アプローチのような脆弱性がなく、相手の対策にハマりにくい高い復原性を有しています。

第3章 3人に共通する概念

①能動的なゲーム支配

サッカーというゲームどう取るか、と考えたときに3人全員が辿り着いたのは「能動的なゲーム支配」です。
サッカーは11人でカバーするには少し広いピッチで行われ、常に攻守が入れ替わり状況が変化し続ける複雑性の高いゲームです。どうプレーすれば、このゲームを相手より上手くプレーできるのか。
3人(だけではないですが)の結論は、このゲームに対して能動的にアプローチして自分達のコントロール下に相手を取り込んでしまおう、というもの。自分達の意思を相手に押し付け、ピッチ上に自分達の秩序を打ち立てられればゲームを支配でき勝利に近づく。3人のサッカー観の根底、「戦略」の階層には「能動的なゲーム支配」があり、これをベースに具体的な設計が施されています。

②中盤スプリット

「能動的なゲーム支配」を達成するための攻撃もしくは攻守両面における手段として初めに挙げられるのは「中盤スプリット」です。今回扱う3人に限らず、能動的なゲーム支配を目指すチームの大多数はここに辿り着きます。ボール保持系のチームと「中盤を支配する」ことの関連性が高いことからもそれが分かります。
中盤スプリットがターゲットとするのは文字通り相手の中盤(CH)です。スプリット(split)は「分割する、区切る」という意味。相手CHを守備組織からつまみ上げ、相手CHの前後両方で優位性を握ってどっちからでも攻撃できるようにする(前に出て来たら背後がフリー。後ろを埋められたら手前から)。相手CHは守備組織の中核に位置する選手なので、そこさえコントロールしておけばどこからでも崩すことができます。例えサイドでハマっても、相手CFに上手くプレスをかけられても、中盤スプリットさえ出来ていれば完全にハマることはありません。相手の守備組織は筒抜けにされているからです。

中盤スプリットは、指導者の持つ戦略によって戦略階層の概念か作戦階層の概念かが分かれます。
例えば戦略全体の根本(戦略階層)に「ボール保持による中盤とゲームの支配」を据えるチームであれば、中盤スプリット自体が戦略になります。攻撃時にボールを保持して相手中盤をスプリットし、どこからでも崩せる状態を作るのがゲーム支配の絶対条件、生命線になるからです。言い換えれば、こういったチームは中盤スプリットの効果が守備にも波及し、ゲームを支配することに繋がると考えます。従って「中盤スプリット」は戦略に直結するので、戦略階層の概念に位置します。
攻撃・ボール保持を中核に据えた戦略ではない場合、ボール保持の価値が絶対的ではなくなり相対化されるため、中盤スプリットが戦略に直結しなくなります。この場合ボール保持は「能動的ゲーム支配」を達成するための単なる手段に過ぎないので、指導者のビジョンをピッチ上へ出力するにあたってのガイド、作戦階層の概念になります。

③ポジショナルプレー

3つ目の共通概念は、「ポジショナルプレー」です。この言葉には様々な解釈が存在しますが、戦略の階層のフレームワークではポジショナルプレーは作戦的概念と捉えることができます。
ポジショナルプレー自体はチームの世界観(ボールを持つ・持たない等)を規定せず、どんな世界観のチームでも適用できる概念なので「戦略」ではありません。その上、CHはこう間に立つ、SBはこういう時中盤へ入るといった具体的な立ち位置の取り方の話でもないので「戦術」にも該当しない。その一方で、各々の世界観における好ましい配置バランスをピッチ上に用意し、攻撃そのものの機能性と他局面との円滑な繋がりを確保することを可能にします。
つまり、指導者の持つ戦略をピッチ上の戦術へ落とし込むにあたってのガイドライン的な役回りを果たし、「作戦」階層に位置するのがポジショナルプレーです。グアルディオラ・ナーゲルスマン・トゥヘルの3人は揃って作戦レベルの主要概念としてポジショナルプレーを用いています。

④仮想フィールド前止めプレッシング

最後の4つ目の共通概念は、「仮想フィールド前止めプレッシング」です。仮想フィールドとは、ハイプレッシングにより相手が利用することのできる空間を制限した状態のフィールドを指します。その仮想フィールドを前止めする、後ろへ下げない。自分達の設定する仮想フィールドを相手に押し付け、その空間に相手を閉じ込める。
セットから始めて丁寧な誘導を経てから奪える状態を作るのが一般的なプレッシングですが、誘導をすっ飛ばしていきなり相手に襲いかかり、仮想フィールドを下げずにボールを奪いにいく。ディティールとしては数的同数の許容やマンツー気味な網のかけ方が必要になります。
最近このプレッシングを採用するチームが増えて来ており、要因としては攻撃側のビルドアップ能力向上が考えられます。守備とのイタチごっこで攻撃側が用いる手段もますます高度になっており、穏やかにまずは誘導から、なんて言っていては自分達が奪いたいようにボールが奪えなくなってきています。自分達の狙い通りの守備を行うには、もっと高圧的なやり方が求められているのです。
これもポジショナルプレーと同様に作戦階層の概念です。戦略「能動的ゲーム支配」を戦術に出力するための守備面における接続役となります。

第4章 ユリアン・ナーゲルスマン

先頭バッターはバイエルンミュンヘンを率いるユリアン・ナーゲルスマンです。弱冠28歳で突如ブンデスリーガに出現し、その後ライプツィヒを経由し、わずか6シーズンでドイツ最大のクラブ・バイエルンに登り詰めた彼のサッカーは、どんな構造を有しているのでしょうか。

「ピッチ上の現象」からの分析

図4-1

攻撃時、ナーゲルスマンはほとんどの試合において、左右非対称の3-1-1-5を採用しています。GKノイアー(1)、3CBパバール(5)、ウパメカノ(2)、リュカ(21)、ACトリッソ(24)、2列目ミュラー(25)、ゴレツカ(8)、ザネ(10)、RWGコマン(11)、LWGデイビス(19)、CFレバンドフスキ(9)。ゴレツカはトップ下というよりトリッソと縦関係のCHというイメージの方が適しています。

図4-2

ナーゲルスマンのサッカー観のベースはボール保持によるゲーム支配です。どんな相手に対しても、ボール保持を確立して攻撃時間を長くすることをゲームプランの中核に据えます。
図4-1を見て分かる通り、3CB、縦関係の2CH、アタッカー3人の計8人が中央3レーンに集結しています。中央の人口密度を高め近距離で密接なネットワークを形成することで中盤の支配を狙うからです。ボール保持による中盤の支配で相手をコントロールし、奪われても中央の人口密度を生かし即時奪回を果たす。攻撃が守備になる。攻撃でゲーム全体を支配するという考え方です。
後ろを4バックにする場合もありますが、ライン間のアタッカー集団への直接的な(中央→中央の)前進ルートをより多く確保できる3バックが基本となっています。

図4-3

ビルドアップの軸となるコンセプトは、「優位性降ろしによる中盤スプリット」です。初めからバランスよく選手を配置するのではなく、ライン間に多くの選手を置きライン間に優位性(数的優位)を得た状態からその優位性を降ろして来る。例えばLCBリュカ(21)がボールを持っている時(図4-3)、LIHザネ(10)がHSから真っ直ぐ降りる。ザネの動きを起点に中央レーンのCHゴレツカ(8)も降りる。ACトリッソ(24)も横ずれでボールへ近寄るので、相手RCHに対し3vs1に。この数的優位により、ライン間への前進ルートが複数生まれます。なぜわざわざ前線に人を溜めてから優位性を降ろすのか、は前後に均等に選手を配置した場合と比較すると分かりやすくなります。

図4-4

図4-4は攻撃側が3-4-3で立った場合。3-4-3のように配置が均等だと、リスク管理が行いやすく各レーン同士の相互作用を確保できればどこからでも効果的な攻撃が可能です。
一方で、各レーンに1人しか立ってないため、守備側はボールサイド圧縮で人を当てはめれば対応できます。相手のレーン潰しが素早かった場合、個々が独力で局面を打開するしかなくなってしまいます。
一方で3-1-1-5の「優位性を降ろしによる中盤スプリット」を採用すると、図示(図4-3)した通り相手CHに対し強制的に数的優位を獲得できます。ナーゲルスマンはピッチ上に満遍なく選手がいる状態が「バランス」だと捉えず、中央の人口密度が高く直接的に相手CHをコントロールできる(中央突破できる)状態を「バランス」だと捉えている事が分かります。

図4-4

ボールサイドで入り口を作れた後も、優位性降ろしは継続されます。LIHザネ(10)が消されたらCHゴレツカ(8)が出て来る。CHゴレツカにも相手CHが合わせてきたらRIHミュラー(25)が降りる。逆サイドではRCBパバール(5)がステップアップし、RWGコマン(11)がアイソレーション。中央3レーンの優位性降ろしで相手が真ん中に寄ったら、逆サイドへ開放します。

図4-5

WGコマン(11)orデイビス(19)へアクセス可能ならそっちでもOKですが、WGを餌にした中央突破がベースです。ライン間3人+CF,ACの5人ほどが関わってコンビネーション攻撃を発動させます。
バイエルンと同じくボール保持を掲げるチームは多く存在しますが、両WGだけでなく中盤にもザネ(10)、ゴレツカ(8)、ミュラー(25)という縦方向にグイグイ進んでいける選手が起用されている事が他との大きな違い。テンポを大事に少しずつではなく、嵐のような勢いで相手に襲いかかります。

図4-6

ゾーン3では、極端なオーバーロードを発生させることを好みます。そもそもの配置の時点ですでに中央の人口密度が高いですが、ゾーン3では更に人数をかけて攻撃します。ポジショニングの順序は「HSにいた人がポケットラン→空いたHSにもう一人出て来る→手前(組み立て直し)を準備」という一般的なものがベースですが、そこにオーバーラップや後方からのライン間侵入、レーン跨ぎのボール接近などを付け足します。
例えば右大外でRWGコマン(11)がボールを持っている場合(図4-6)、まずはRIHミュラー(25)がポケットへ走り込み、CHゴレツカ(8)が空いたHSを取る。更にはRCBパバール(5)のオーバーラップやCHトリッソ(24)のライン間侵入、LIHザネ(10)の接近を付け足していく。次から次へと怒涛の勢いで選択肢を追加し、ゴリ押し攻撃を仕掛けます。
ただ、個々人の「創造性」に頼るのではなく予め狙うスペースは決まっており、配置ルールを定めることで再現性を確保し、ゴリ押しとのバランスを取っています。

図4-7

とは言っても、時に尋常でないほどの人数をゴール前に投入するので、どうしてもリスク管理が不十分になる傾向にあります。初期配置(3-1-1-5)の時点でCHトリッソ(24)の脇には大きなスペースが空いていますが、IHはミュラー(25)、ザネ(10)なので彼らに危機管理を任せることは難しく、広大な空間のケアをトリッソに一任してしまっています。
それから、トリッソ自身やパバール(5)も攻撃参加するとなると、中盤が筒抜けになるだけでなくパバール裏にも大きなスペースが生まれます。そこをケアするため(そしてバックパスのコースを確保するため)ウパメカノ(2)もサイドへ寄るので、LCBリュカ(21)が相手RCFと広い空間で1vs1に。
相手の中盤をうまくスプリット出来ている時は、どこからでも崩せる状態なので極度のオーバーロードによるゴリ押しで爆発的な攻撃力を生み出せます。事実、特にシーズン序盤の中盤スプリットが機能した試合では大量得点を当たり前のように記録していました。
しかし、相手の対策が機能し「中盤スプリット」という前提条件を確実に満たせない場合、かなりリスクの高い攻撃方法になってしまいます。
ただ、「中盤スプリットを封じられる可能性もあるからセーフティに」ではなく「それなら中盤スプリットを確実にするまでだ」と考えるのがナーゲルスマンです。現に、崩しきれないゲームにおける選手交代も「攻め方を変える」のではなく「さらに火力を上げる」交代が多い(詳細は後述)。ニャブリやムシアラといったドリブラーを投入し、こちら側の意思「中盤スプリット×オーバーロードでゴールを割る」をより一層高圧的なやり方で相手に押し付けることを選択する場合がほとんどです。

図4-6

続いては守備。前述の通り、ナーゲルスマンのサッカーは攻撃に重点が置かれていますが、ドイツ人監督らしく守備も洗練されたものを備えています。
守備では、4-2-3-1が基本。GKノイアー(1)、4バック右からパバール(5)、ウパメカノ(2)、リュカ(21)、デイビス(19)、2CHゴレツカ(8)、トリッソ(24)、2列目コマン(11)、ミュラー(25)、ザネ(10)、CFレバンドフスキ(9)。DFラインを非常に高く設定し、ゾーン3で強烈な「仮想フィールド前止めプレッシング」を行います。

図4-7

多くの場合、OHミュラー(25)のLCBへのプレスがトリガーとなります。トリガーが引かれたら、誘導の工程をすっ飛ばし初っ端からプレスをハメに行きます。

図4-8

OHミュラー(25)は背中のLCHを消しながらプレスをかけ、CFレバンドフスキ(9)は逆CB(RCB)への横パスをカットしつつGKへのバックパスも狙っておく。LSBにパスが出るまでは、右SHコマン(11)はハーフレーンを隠す立ち位置でステイ。ゴレツカ(8)がLCHを、パバール(5)がLSHを、ウパメカノ(2)がLCFをマンツー気味に近距離で監視します。逆サイドでは、LCHトリッソ(24)とLSHザネ(10)がRCH,RCBを見張る。ライン間へ入って来るボールにはトリッソが、サイドチェンジにはザネが狙い撃ちできる態勢を整えます。
どの選手も基本的に後ろは気にせず、前へ前へ押し出して強気に選択肢を潰しにいきます。非常にコンパクトなブロックである上マンツー気味のプレッシングであるため、自分の背後にいる相手は一列後ろの味方が掴めるので、必要以上に後ろを気にする必要はありません。

図4-9

仮想フィールド前止め、強気のボールサイド圧縮でボールを奪えたらすぐさまカウンターアタックへ移行します。

図4-10

SHコマン(11)、ザネ(10)はHSで出口となるか裏へ走るか。守備時に逆SHザネはサイドチェンジ遮断のため予め内側に絞っているため、奪った瞬間にHSをアタックできます。カウンターも想定した立ち位置なのです。
カウンターアタック自体はシンプルで、攻撃のような特徴的なコンセプトは存在しません。相手の意思を受け入れずに自分たちの意思を押しつける強気のプレッシングを採用しているため、奪った瞬間の状況が必然的にカウンターを打ちやすい状況(自分達好みの状況)になっています。
「奪った瞬間大チャンス」は言い換えれば「奪えなかった瞬間大ピンチ」。当然バイエルンもそのリスクを背負っていますが、バイエルンは二つの方法でリスク管理を行っています。
一つ目に、サイドチェンジ(組み立て直し)の遮断です。前述した通り逆SHは相手逆CB、逆CHへのパスを狙い撃ち出来る位置取りをしており、CFも逆CBへのパスコースを消しつつGKも狙っている。単純に下がってスペースを埋めるのではなく、個々人の守備範囲を広く設定し、前を狙わせる。それにより相手にサイドチェンジの選択肢はなくなり進行方向はボールサイドに限定される。仮にサイドチェンジされるにしても一本のパスで展開されることはなく、複数のパスを繋がせている間に再び奪う態勢を整えられます。
二つ目に、DFのスピード・カウンター対応とGKの守備範囲です。パバール、ウパメカノ、リュカ、デイビスの4バックは皆スピードがあってフィジカルも強いので、相当なFWでない限り1vs1で剥がされたり走り負けることはありません。
個々のクオリティだけでなく、組織としてのカウンター対応も非常に優れています。中央へ圧縮しつつ極力ラインを下げず、高重心を保ってスペースを押し潰す。そして、相手との距離が縮まった瞬間に近い選手がボールへアタック。周りはさらに絞って間を埋める。4バックがスペースを押し潰している間にMFが戻って来るので、MF-DFで相手を挟み撃ちします。
スピードを持って向かって来る相手に対してラインを下げない判断をするのはとても難しくリスクも伴いますが、前任者フリックの時代からバイエルンはこの守備を非常に上手く行っています。
もう一つ欠かせないのは、GKノイアーの存在。常に高いポジション(時にペナルティエリアを出て)を取り、DFライン裏に出て来るスルーパスには飛び出してカバーリング。ダイビングヘッドやチェストパスなども備えており、35歳には見えないアグレッシブさ。絶対的信頼をおけるGKです。

「戦略の階層」による分析

前項ではピッチ上の現象からの分析を行いました。この項ではピッチ上の出来事を「戦略の階層」のフレームワークへ当てはめ、ナーゲルスマンの頭の中を探っていきます。

図4-11

3章で確認した通り、ナーゲルスマンのサッカー観の根本にあるのは「能動的ゲーム支配」です。能動的ゲーム支配を目指すにあたって、戦略階層には

  • 攻撃・ボール保持に重点

  • 「中盤スプリット」を相手に押しつけ、ゲーム掌握

  • 嵐のような勢いで相手を粉砕

主にこれらのコンセプトが存在します。
まず、ゲーム全体の中で攻撃・ボール保持に重点を置いています。ボール保持ベースで中央密集型の配置を採用し、人口密度の高さと優位性降ろしによる中盤スプリットで中盤の支配→ゲームの支配を達成することが最大の目的となります。
攻撃・ボール保持がゲーム支配の前提条件となっているため、「中盤スプリット」が戦略階層の概念になります。加えて、推進力を備えたアタッカー陣によるスピーディーなコンビネーション攻撃、ゾーン3での怒涛のオーバーロードといったように、「勢い」も攻撃によるゲーム支配において重要視されている要素です。前述の通り、糸口さえ見つかれば一気に畳み掛ける考え方で設計がなされており、火達磨のごとく途切れることのない波状攻撃で「中盤スプリット」を相手に押しつけ、自分達の枠組みに相手を取り込んでしまう。次項で解説する「ナーゲルスマンは直接的アプローチを採用している」ことを理解してもらえれば、ナーゲルスマンのサッカーにおいて勢いが重視されるワケも見えてくると思います。
以上の戦略階層のビジョンが、戦術階層には

  • IH→CH→IHの順に降りる

  • 距離の近さを生かした中央でのコンビネーション攻撃

  • 偽マンツー

といった形でアウトプットされています。ただ、こういったディティールを無数に積み重ねても複雑性が高過ぎてチームにうまく落とし込むことはできません。そのため戦略階層より具体性を上げ、戦術階層よりは抽象度の高い作戦階層のコンセプトを経由します。
作戦階層には、

  • 中央密集型の配置

  • 優位性降ろしによる中盤スプリット×接近戦レーン攻略

  • 仮想フィールド前止めプレッシング

これらが存在しており、戦術階層のガイドライン役を担います。
初期配置には3-1-1-5を採用して選手を中央に密集させ、中盤スプリットへの道筋をつけます。
配置が決まったら次は如何に相手を動かし、中盤スプリットを実現するか。「優位性下ろしによる中盤スプリット×接近戦レーン攻略」というコンセプトを用いて、ライン間に選手を溜めて状態からダイレクトに相手CHへの数的優位を形成します。相手CHを囲むようにしてアタッカー陣が近い距離感で立ち、空きレーンが確実に生まれる状態に。「均等」ではなく「接近」を好み、突破に長けたアタッカー陣のコンビネーション攻撃で中央突破を狙います。
戦略階層で攻撃・ボール保持が大きなウェイトを占めているため以上二つのコンセプトが存在感を放ちますが、守備時の重要なコンセプトもやはり存在します。「仮想フィールド前止めプレッシング」です。ボールを持っていない時も相手の意思を受け入れず自分達の意思を押し付け、自分達で設定した仮想フィールドに相手を閉じ込め、いち早くボールを奪回する。プレッシングはあくまで攻撃を再開するための手段であり、守備は攻撃のサブのような位置付けだと言えます。
「仮想フィールド前止めプレッシング」をより具現化したものが戦術階層の「偽マンツー」にあたります。

「間接的アプローチ」による分析

続いて、リデルハートの「間接的アプローチ」理論をもとにナーゲルスマンの戦略を分析していきます。

図4-11(再掲)

結論から述べると、ナーゲルスマンは戦略・作戦・戦術全ての階層において直接的アプローチを採用しています。
まずは戦略階層。度々説明している通り、「能動的ゲーム支配」を達成するにあたって、ナーゲルスマンは攻撃・ボール保持に重点を置いています。「間接的アプローチ理論」的に解釈すれば、自分達でゲームを支配するということは常に自分達でボールを握り、攻撃することである。相手守備ブロックの中枢は相手CHだから、そこを破竹の勢いでひたすら攻撃し、破壊できればゲームはこっちのもの。「能動的ゲーム支配」に対して直接的にアプローチしています。
相手CHを直接的に、言い換えれば素直に攻撃する戦略であるため、ゆっくりダラダラ攻めていてはスペースを埋められて終わり。埋められる前に素早く仕留めてしまう必要があります。直接的アプローチはスピード勝負になる、ということです。これがナーゲルスマンのサッカーで「勢い」が重要な要素である理由です。
戦術階層も同様に直接的アプローチで、中央のアタッカー陣のコンビネーション攻撃で真っ向勝負します。ゾーン3でのオーバーロードも、速さ勝負に勝利するためのディティールです。
作戦階層も直接的アプローチで戦略階層と戦術階層を接続しています。攻撃・ボール保持重心の戦略を実現するため、素直に中央へ人を集め初期配置で相手CHに対する数的優位を獲得。中央3レーンで優位性を降ろして、幅・深さ関係なしに相手CHを直接スプリットしにいく。必然的に選手間の距離が縮まり、接近戦で直接相手CHを攻略できる構造にしています。

ナーゲルスマンは全ての階層において直接的アプローチを採用しているため、必然的に「視野・復原性」が限られます。常に直接的な中盤スプリットを軸に据えて物事を考えるため、何か問題が起こったとしても問題解決が「如何に中盤スプリットを押し付けるか」という視点のみで行われます。選手交代の多くが同ポジションのアタッカーの交換であるという事実からもそれは明らかです。
直接的アプローチはライプツィヒ時代から変わっていませんが、ライプツィヒ時代は「システム変更・アタッカーのタイプ変更」によって打開策を見出していました。ハーフタイムにシステム変更や選手交代(時に2枚替え)或いはその両方を実行し、戦況を一変させるのがナーゲルスマンの得意技でした。
しかし、バイエルンではこの得意技が鳴りを潜めています。理由は二つで、一つ目はクラブの性格の違い。レッドブル派閥でありステップアップを目指す若手が集まる育成クラブのような側面があるライプツィヒに対し、CL優勝を至上命題とするドイツ最大、世界でも有数のビッククラブ・バイエルン。試合中にシステムやポジションをズバズバ変えたり細かいことをあーだこーだ言うと、バイエルンの選手の方がストレスを溜めたり反発が起きやすくなります。
二つ目に、編成的な問題です。ナーゲルスマンは、ライプツィヒから引き抜いたウパメカノ、ザビッツァーを除いて大半の主力を前任者フリックから引き継いでいます。フリックはバイエルンのDNAを生かした縦志向の強いサッカーを展開し、試合毎のメンバー変更や試合中のシステム変更を好まず、いつも同じようなメンバーで戦っていました。その編成を引き継いだため、主力組と控え組の戦力差があることは否めず、選手交代で目先を変えることも難しい。例えばコマン、ミュラー、ザネが先発で出場しニャブリ、ムシアラがベンチに控えていたとしても、ドリブラーを増やす選択肢しかない。編成上の事情で、ライプツィヒ時代のように選手交代による戦況の打開が難しいのが現状です。
以上二つの理由から、ナーゲルスマン率いるバイエルンは「対策への対策が打ちづらい」という課題に直面しています。実際、今シーズン前半戦を終えた時点で、お手上げ状態に陥った試合もすでに複数見られています。8月の開幕からの数ヶ月間で、他クラブの監督達が直接的アプローチの弱点を見抜き、効果的なバイエルン対策を編み出せるようになってきたからです。
ブンデスリーガの中ではダントツの戦力を保持しているので、直接的アプローチで押し切れる場合もありますが、フランクフルト戦(●1-2)やアウグスブルク戦(●0-2)のように中盤スプリットを押さえ込まれた上に敗戦を喫したケースも生まれています。
直接的アプローチの弱点を修正の素早さ・大胆さでカバーすることが出来ず、他クラブの監督達に攻略法が広がりつつある今、ナーゲルスマンはどんな解決策を見出すのでしょうか。

前編 終わり


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