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2022年7月2日 新宿ReNY

2022年7月2日、東京は晴れだった。
「今日から本格的にソロでの活動がスタートしていくと思っている」
ライブ中にも本人が宣言した通り、この日開催された「阿部菜々実 1st LIVE 『あの夢の先へ』」には、特別な思いが込められていた。
今年5月で活動終了となった「ラストアイドル」の大黒柱としてグループを牽引してきた阿部がソロでの活動を決心し、今後どのような輝きを放っていくのだろうか── あの夢の先を見てみたい。
新宿ReNYに足を運ぶ理由は、それだけで十分だった。


チケットは開催前日に完売となった。
かつてない熱気に包まれた会場でSEが流れ始める。ファンが鳴らすクラップが会場のボルテージを上げ、加速させていく。そして、1曲目のイントロ。
満員となった会場を、ファンの顔を、左から右へと見渡しながら、彼女は笑っていた。楽しみながら、緊張感を吹き飛ばそうとしているのが、よく伝わってきた。


このライブの特徴は、何と言っても本人が作詞作曲や振り付けを担当したオリジナル楽曲14曲で構成されていることだ。
加えて、曲の歌詞と世界観を伝える映像制作も務めるなど、ビデオジョッキーのような役割もはたしてみせた。まさに、阿部菜々実と書いて、何でもできると読む── 彼女の果てしなき才能に度肝を抜かされた。しかし、この芸当を「才能があるから、天才だから……」の一言で説明してしまっても良いのだろうか。こんな疑念が生まれたとき、いつか聞いたあのエピソードが脳裏によみがえってきた。


3歳で芸能の世界に飛び込んだ少女は、幼少期の頃から絵を描くことが大好きだった。その理由は「無心になれるから」。芸能人として、気を張り続けることが多い中、阿部は何かに没頭する時間をずっと大切にしてきたのだ。
「自作のダンスを考えることも好きだったし、好きなアイドルソングの振りコピもよくしていました」
と過去を振り返るように、いつしか彼女は絵だけはなく、アイドル活動に直接リンクするダンスに興味を持つようになっていた。
そんな阿部のターニングポイントとなったのは「pax puella」の前身である「mImi」での活動が始まった頃。それまで他グループのカバーがほとんどだったが、ピカピカの新曲も与えられる環境になった。新曲には必然的にオリジナルのダンスも必要になる。
「プロの人が決める前に、自分なりに振り付けを考えることが好きでした。あと歌割りも、ここはあの子に歌ってほしいな、いや、自分が歌いたい!みたいにずっと妄想することがすごく楽しくて……」
常人ならば、これは単なる妄想で終わっていたかもしれない。だが阿部は、採用されたプロの選択と自分の考えを照らし合わせるなど、その後の答え合わせも欠かさなかった。実際に、考えた振り付けをメンバーに評価してもらった時は、嬉しくて仕方がない。いつもの帰り道も、どこか足取りが誇らしくなった。
それからだった、自分のつくったものを誰かにやってもらったり、評価してもらえるような道に進みたいという気持ちがはっきりと芽生えたのは。
ただ楽しくて、やり続けてきた創作活動は、いつの間にか彼女の血となり、肉になっていた。


あのとき、蒔いた種が花を開き、実を結ぶ──
この記念すべき1stライブには、阿部の生き様がとにかく滲み出ていた。他にも表現の礎になっているのは、「ラストアイドル」での特異な経験も含まれているはずだ。
オーディション番組から誕生したアイドルグループの宿命として、どんな無理難題にも立ち向かった約5年間。そこで味わった喜びと怒り、悲しみと楽しみ、 人間のさまざまな感情……。彼女の紡ぐ歌詞には、心の叫びがきこえてくるものがある。それでもただ、ネガティブな感情として吐き出すのではなく、楽曲の世界観に落とし込み、作品として表現できることが阿部の凄さの一つだろう。彼女のパフォーマンスを見ると、心がどうしようもなく震えてしまうのは、心のスキマを優しく埋まっていくのは、これが理由なのかもしれない。  


ライブは、クライマックスを迎えていた。
怒涛の5曲連続も含め、さまざまなジャンルの楽曲を披露。全てのパフォーマンスに情熱が込められていた。「自分の好きな世界を表現して、好きでいてくれる人に届けられたらいいな、いつかそうなればいいなって、ずっと心のどこかで思っていた」と、MCで胸の内を明かした阿部。
思い描いていた夢が今実現できている──胸の奥の高鳴りは、決して気のせいではなかった。


アンコールも含めたライブの最後を飾ったのは、阿部がファンに捧げる「ラブソング」。タオルを回す演出を取り入れたことにより、会場のテンションは最高潮。堂々のフィナーレを迎えようとしていた。この曲のラストは笑顔のピースサインで締めくられる。阿部はこの瞬間、美しく満ち足りた表情をしていた。
もしかすると、自分はこの道を進んでいけば良いのだと、確信に近いものを得たのかもしれない。それは、挫折を味わい遠回りもしながら、たどり着いた自分の居場所。そこには、とびっきりの夢があふれていた。


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