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「虎に翼」は、朝ドラ版「アリー my Love」になるか?

 2024年4月1日、NHKの連続テレビ小説「虎に翼」の放送が始まった。
 第1週終了の時点で、「これはかなり面白い朝ドラになるのではないか」と個人的には思った。SNS上でも「傑作」「名作」を予感する、朝ドラ好きの視聴者の多数のつぶやきがあった。
 このnoteでは、「虎に翼」のここが面白いといったところを書き残しておくことにしたい。


早口まくしたてコメディエンヌ・伊藤沙莉

 まずは、ヒロイン「猪爪寅子」を演じる伊藤沙莉である。伊藤沙莉を一躍有名にしたのは、2017年放送の朝ドラ「ひよっこ」である。「ひよっこ」では、主人公みね子の幼馴染、三男の就職先の米屋の娘「米子(さおり)」を演じた。米子のキャラクターは、「サザエさん」でいうところの、カツオに猛烈アピールする花沢さんが一番近い。

 「ひよっこ」に関しては、ヒロイン・みね子の幼馴染・時子のキャスティングはオーディションで選ばれており、伊藤沙莉も受けていた。時子の役は佐久間由衣が選ばれたが、脚本家の岡田惠和やプロデューサーは、伊藤沙莉の演技に魅力を感じて、オーディションの後に米子という役を作って、伊藤沙莉に当て書きしたことを明かしている。

 そして「虎に翼」のヒロイン起用は、オーディションはなく、伊藤沙莉への直接オファーである。その理由に関する記事から引用する(太字は筆者が追記)。

 そんな三淵さんのモデルとなる寅子を演じるのが伊藤だ。伊藤は2017年に放送された連続テレビ小説「ひよっこ」以来2度目の朝ドラ出演。尾崎チーフプロデューサーは伊藤の起用について「オーディションではなく主役としてオファーしました」と明かすと「すごく魅力的な俳優さんであり、本当にいまこの題材で考えている猪爪寅子という人物は、前向きさやチャーミングさ、明るさというイメージがあるのですが、そんな部分が伊藤さんピッタリだと思ってオファーさせていただきました」と理由を説明する。

朝ドラ主演・伊藤沙莉は「オファー」制作統括が起用理由を明かす!

 納得感のあるヒロインオファーの理由であるが、加えて言うと、伊藤沙莉は、オタク的な知識や、女性の不満や嫉妬、本音を、早口でまくしたてるような演技も得意なので、「弁護士」という役にピッタリはまるはずである。そして、チャーミングでコミカルな演技もできるので、こうした演技が嫌味にならない。そのことも、伊藤沙莉が起用された理由だと思われる。

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森田望智の演技の振り幅

 次は、寅子の兄の嫁で親友の「米谷花江」を演じる森田望智についてである。森田望智は、2021年の朝ドラ「おかえりモネ」で、ヒロインの永浦百音が勤める気象予報会社での同じ職場の先輩・野坂碧を演じていた。

 多くの朝ドラ視聴者は、「おかえりモネ」の時の、真面目そうな先輩というキャラクターが印象に残っている。「虎に翼」での、「甘ったるい喋り方をするけど中身はしたたか」という癖のあるキャラクターを見て、「えっ、同一人物なの?」と思った人もいるかもしれない。

 森田望智は、演技の振り幅がものすごく広い女優である。「憑依型俳優」や「カメレオン俳優」とも言われるタイプである。そして、「全裸監督」の黒木香役など、演じるのがかなり難しそうな役でも演じ切ってしまう、演技力が高い女優である。

 今回の「虎に翼」の「米谷花江」役に一番近いかなと思ったのが、2019年に、NHKのドラマ10枠で放送された「これは経費で落ちません!」で演じた「藤見アイ」役である。実際に映像を見直したら、ちょっと違ったのだが、この役も「ギャル」感全開のすごい演技である。ちなみに「これは経費で落ちません!」には、伊藤沙莉も出演していた。下記のリンク先に動画もあるので、是非見ていただきたい。

 上記のリンク先には、「おかえりモネ」「これは経費で落ちません!」以外の動画も掲載されているので、ぜひ全ての動画を見てほしい。
 また、最近公開されたNetflix版「シティーハンター」では、主人公冴羽獠の相棒の妹である、槇村香を演じている。こちらの予告動画も見てほしい。森田望智の演技の振り幅がものすごく広いことが分かるはずである。

 そしていつの日にか、森田望智には、朝ドラのヒロインを演じてほしい。朝ドラヒロインを演じることができる演技力は確実にある。そんな風に思わせる女優である。

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「三人称の語り」と「一人称の語り」

 続いて、「虎に翼」の「語り」を担当する尾野真千子を取り上げたいが、その前に「語り」に関する前提知識と、朝ドラでの「語り」の特徴を解説することにしたい。
 朝ドラの「語り手」については、かなり工夫や仕掛けがあることが多い。そして、三人称の語りなのか、一人称の語りなのかということを意識することが重要である。国語教育について研究している阿部昇教授のサイトから引用する。

 まず最初に、朝ドラで多く使われる「三人称の語り」である。

「三人称の語り」とは...
登場人物ではない語り手が三人称(「彼女」「メロス」等)を用いて、物語世界を語る。
「三人称の語り」には、次のような特徴があります。
1.「語り手」は登場人物や事件を描いたり説明したりするが、同時に人物の内面に入り込むこともできる。
2.「語り手」は物語世界には登場しない。

物語・小説の「語り手」の視点 — 三人称の語り・一人称の語りとは?

 「三人称の語り」というのは、「◯◯は、XXになりました」「◯◯は、XXのように思いました」といった形で、第三者が◯◯の状況を説明したり、◯◯の心情を説明したりする。「三人称の語り」は、神の視点、客観的なところが特徴である。一方で、シーンの意味を限定し、多様な読みを許さないデメリットもある。

 典型的な「三人称の語り」の朝ドラは、「虎に翼」の前作「ブギウギ」である。「ブギウギ」では、NHKの高瀬耕造アナウンサーが「語り」を担当した。そして、高瀬アナは演者としては登場しない。

 しかし、朝ドラに関しては、三人称の「語り手」であっても、物語世界に登場することが多い。このケースは主に3つある。
 一つ目は、カメオ出演である。「語り」の担当者が、ちょい役で登場するケースである。このケースの朝ドラは多数あるし、視聴者に期待されてもいる。「ひよっこ」「ちむどんどん」等が、このケースである。
 二つ目は、ヒロインの家族(特に祖母)が「語り」を行うケースである。物語の序盤に亡くなる、あるいは、既に亡くなっていて、ヒロインを見守る感じで「語り」を行う。「半分、青い。」「なつぞら」「おかえりモネ」等が、このケースである。
 最後は、カメオ出演ではあるが、エピソードに深く関わるケースである。終盤で「語り」の担当者が出演して、神の視点で振り返るようなエピソードが挿入される
 このケースの代表例は「カムカムエヴリバディ」である。「カムカム」のプロデューサーだった堀之内氏は、「カムカム」の「語り」の仕掛けについて、次のように語っている(太字は筆者が追記)。

この展開について堀之内氏は「最終回の結末は初めから決まっていました。ひなたがラジオ英語講座の講師になりましたが、そのスキットがこの物語という仕掛けでした。そのラジオ講座のパートナーが、城田さん演じるビリー(ウィリアム・ローレンス)で、だからこそ城田さんがこのドラマの語り手だったわけなんです」。すなわち『カムカムエヴリバディ』はメタフィクション構造のドラマだったわけだ。

『カムカム』城田優が語りの意味、最終回で明らかに!
起用の決め手は「日本語の美しさ」

 「カムカム」以外では「らんまん」も「メタフィクション構造」である。「らんまん」の「語り」を担当した宮崎あおいは、槙野万太郎が残した標本の整理のアルバイト・藤平紀子として、最終週に登場する。
 「らんまん」の各週のサブタイトルは植物の名前だったが、「らんまん」という物語は、「藤平紀子が、槙野万太郎が残した標本の整理をしながら、万太郎と寿恵子の人生を振り返っていた物語」だと解釈できるのである。

 続いて、「一人称の語り」について解説する。

「一人称の語り」とは...
登場人物(主人公)自身が一人称(「私」「ぼく」等)の語りで物語世界を語る。
 「一人称の語り」には、次のような特徴があります。
1.主人公自身の思い・感じ方などが直接に示される。
2.主人公からみた事件や人物像が示される。
3.主人公以外の見え方は見えにくい。

物語・小説の「語り手」の視点 — 三人称の語り・一人称の語りとは?

 朝ドラでの「一人称の語り」は、主人公の「モノローグ」「心の声」である。主観的であり、台詞の延長といってもよい。「一人称の語り」の朝ドラは、「カーネーション」「純と愛」「あまちゃん」の東京編などがある。
 「一人称の語り」は主観的であり、シーンの意味を限定することはないが、主人公からの言語情報が過多になるところがデメリットかもしれない。

 以上、「語り」に関する前提知識や、朝ドラでの「語り」の特徴を踏まえた上で、「虎に翼」の「語り」の斬新さを語ることにしたい。

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尾野真千子の「語り」の斬新さ

 尾野真千子は、2011年放送の「カーネーション」で、ヒロイン・小原糸子を演じた。「カーネーション」の「語り」は、尾野真千子が出演していた時は、尾野真千子自身が担当していた。「語り」の実績は十分である。

 そして、「虎に翼」第1週を見て、この「語り」が、今までの朝ドラでは無かった「変化球」であり、「虎に翼」の斬新なところではないかと思っている。
 尾野真千子の「語り」は、通常モードは「三人称の語り」である。しかしヒロイン・猪爪寅子の「モノローグ」、つまり寅子の「一人称の語り」も、尾野真千子が担当しているのである。

 この「モノローグ」が際立っていて圧巻だったのが、第4話での、寅子の兄の直道と親友の花江の結婚披露宴で、父に余興を無茶振りされた寅子のシーンである。映像では、伊藤沙莉演じる寅子が、エノケンの「モン・パパ」を熱唱しているが、寅子の表情は、ニコニコしつつも、怒りも入っている。伊藤沙莉による、絶妙な表情の演技である。
 そして、次のような寅子の心情を語る「モノローグ」がある。

お母さんの言う通り、「結婚は悪くない」とはやっぱり思えない。
何故だろう。親友の幸せは願えても、ここに自分の幸せがあるとは到底思えない。というか、何だ、「したたか」って。なんで女だけニコニコ、こんなまわりの顔色を伺って生きなきゃいけないんだ!なんでこんなに面倒なんだ!なんでみんな、スンッとしているんだ!なんでなんだ!

怒りのこもった寅子の熱唱は、迫力があったと参列者にとても好評でした。

「虎に翼」第4話

 「お母さんの言う通り」から「なんでなんだ!」までが「一人称の語り」で、その後、「怒りのこもった寅子の熱唱は」と「三人称の語り」に戻る。
 
 普通のドラマであれば、寅子の「モノローグ」は、寅子を演じる伊藤沙莉が声をあてる。しかし、「虎に翼」では、尾野真千子が声をあてている。
 尾野真千子の声と伊藤沙莉の声がハスキーボイスで少し似ているからか、違和感は感じない。ただ、やはり声は違うので、寅子の「モノローグ」のところだけ、尾野真千子による「朗読劇」か「吹き替え」になったみたいで、新しさや不思議さを感じる。
 先に述べた通り、朝ドラの「語り手」については、かなり工夫や仕掛けがある。尾野真千子の起用で、どのようなことを狙ったのかという意図を考えることが重要だし、「虎に翼」の「語り」については、引き続き考察したいと思う。

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「虎に翼」は、朝ドラ版「アリー my Love」になるか?

 「虎に翼」のヒロイン「猪爪寅子」の特徴は、「演者がコメディエンヌ」「法曹関係者(弁護士・裁判官)」「モノローグが多い」である。これらの特徴で思い出したアメリカのドラマがある。
 NHKでも放送されていた「アリー my Love」である。

 「アリー my Love」の紹介文を以下に引用する(太字は筆者が追加)。

オンナの本音、ブチまけましょ。働く等身大ヒロイン、アリーがぶちまける“オンナ”の本音に思わず共感!ハーバード大卒、新米弁護士アリー・マクビール27歳。人も羨むようなエリートライフとは裏腹に、美人じゃないし胸は小さいし彼氏はいないしと内に秘めたコンプレックスは大いにある。そんなある日、セクハラを訴えたらなんと自分がクビになってしまった!同級生の経営する法律事務所に拾われて行ってみるが…過酷な環境に身を置くことになったアリーの新生活は?

アリー my Love (字幕版)

 「アリー my Love」の、この紹介文を読んだだけで「虎に翼」との共通点を多数見出すことができる。

 まずは「オンナの本音、ブチまけましょであるが、寅子の性格も、本音をブチまけるタイプである。「虎に翼」第1話でのお見合い話では、寅子は対等に会話できる相手を見つけたくて、お見合いの場で、マシンガントークをする。そして、母のはるから「思ったことを、すぐに口にするんじゃありません!」と叱られるシーンがある。

 「ハーバード大卒、新米弁護士」にあたるのは、第2週以降からの展開になっていくだろうが、寅子は、当時女性が法学を学ぶことができた、唯一の大学である、明治大学がモデルの明律大学に進学しているのだから、エリートといってよいだろう。そして、司法試験に合格し、最初は弁護士となる。

 「内に秘めたコンプレックスは大いにある」というところは、「アリー my Love」での、ヒロイン・アリーの「モノローグ」や、妄想の多さを示している。「虎に翼」でも、最近の朝ドラでは無かった、ヒロイン・寅子の「モノローグ」が多数挿入されるのだろう。

 「過酷な環境に身を置くことになった」というところは、第5話ラストの尾野真千子の「語り」に近いだろう。「こうして最後の敵を倒した寅子は、無事、地獄への切符を手に入れたのでした」である。「地獄」と例えるほど過酷な環境だということだろう。

 もちろん、モデル有りの朝ドラなので「アリー my Love」並の性的な話題など絶対無いだろうし、恋愛ストーリーもヒロインのモデルとなった、女性初の弁護士・三淵嘉子さんの史実に沿ったものになるだろう。

 伊藤沙莉の起用理由の記事を、再び振り返ってみる。

「猪爪寅子という人物は、前向きさやチャーミングさ、明るさというイメージがある」

朝ドラ主演・伊藤沙莉は「オファー」制作統括が起用理由を明かす!

 「前向きさ」という言葉がある。「アリー my Love」を履修済ならば分かるだろう。寅子が弁護士になった後、リチャード・フィッシュみたいな、癖の強すぎる「変なおじさん」が登場し、何度も寅子に対して「前向きに!」とのたまうことを、勝手に妄想してしまう。
 アリー・マクビール並の勝手な妄想なので、どうなるかは分からないが、今後も「虎に翼」の中の「アリー my Love」要素を探していこうと思う。

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おわりに

 「虎に翼」については、まだ語りたい事がある。朝ドラ「まんぷく」で、泣き虫の名木くん役を怪演した上川周作や、「拾われた男」で、伊藤沙莉と夫婦役で共演した仲野太賀など、魅力的な俳優が多数出演している。

 米津玄師の主題歌「さよーならまたいつか!」も、聞いていて心地よい。毎朝聞いていても、全然飽きない。「半分、青い。」の主題歌である星野源の「アイデア」以来の鬼リピートである。

 「虎に翼」は、家父長制、男性社会等に抗って、道を切り拓くヒロインを描くと思われるが、最近の朝ドラは、単純なフェミニズム的ストーリーにはしないと思う。
 
例えば「スカーレット」では、家父長制の権化の様な父親にかなり苦労させられたのに、皮肉なことに、ヒロインを含む三姉妹が、その父親のDNAを引き継いでしまった。そのような捻りを、「虎に翼」でも入れてくると期待したい。

 吉田恵里香脚本のドラマを見るのは初めてなので、その点も楽しみである。Xで積極的に発信している脚本家さんなので、色々な裏話も楽しめたら良いなと思っている。

 「虎に翼」考察は、一旦ここで筆を置いて、また色々と思いつくことがあったら、新たにnoteを起こそうと思う。


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