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自分の部屋に閉じ込められた話

人を信じることができなくて、自分の部屋に閉じ込められてしまった。


都会はこわい。

わざわざ「自然の環境音」みたいなヒーリング系の音楽を聞かなくても、

そこにカエルやセミの鳴き声が3割増で足された音しか聞こえない

田舎出身のぼくにとって、都会はやっぱりまだまだこわい。

しかもここは長渕剛が死にたいくらい憧れた花の都、大東京。


今日は休み。

小さなアパートの1階で、週末に撮りためていたテレビを1人で観ていたら


「ピンポーン」

とチャイムが鳴った。

モニターで訪問者の顔をのぞき見る。


見た目は、ふつうのおばちゃんだった。

明らかなセールスでもなければ、宅配物をもってきてくれる業者の方でもない。

THE・おばちゃんである。

だが、ここは大都会東京。

ご近所づきあいなんてものは引っ越して来てから一度もない。

じゃあなぜ「ふつうのおばちゃん」が訪ねてくるのか。

理由なんて分かるわけはないが、

ぼくが出した結論は


きっといいことは起きない

である。

めんどくさそうな想像(結局セールスだったとか、なにかにしつこく勧誘されるとか)はいくらでもできるが、

どう考えてもいいことは起きそうにもない。


結果、


居留守をつかった。

こっそりと、開け放していたカーテンも窓も閉めた。

申し訳ないと思いつつ、自分に言い聞かせる。

「ここは東京、田舎者がいいようにカモにされる街。

特に今は関係をもった相手が“反社会勢力だとは知らなかった”じゃ済まされないんだ。

ごめん、おばちゃん」


気持ちを落ち着かせようと、再びテレビに目を戻す。

しばらくし、警戒を解いたぼくはカーテンと窓を開け、平穏な休日を取り戻した。

すっかり15分前のことは忘れ、今日も松本人志はおもろいなぁなんてアホ面丸出しでテレビ画面を観てたら



「ピンポーン」


おばちゃん、再来訪。

さっき居留守をつかった手前、もう出るわけにはいかない。出れない。

もう一度戻ってきたのはなぜだ。

もしかしたら外にテレビの音やぼくの笑い声が漏れてたのかもしれない。

カーテンを開けてたから、どこかから姿が見えたのかもれない。

とにかく再び息を殺した。


カーテンと窓をこっそり閉め、

ついでに電気もテレビも消して、

今日2度目の居留守をつかった。


もういい。

この薄暗い部屋で静かに本でも読もう。

そう決めて、おばちゃんが再び帰るまで物音を立てずに過ごすことにした。部屋から人の気配を抹殺し、静寂をつくりあげる。

その後も何度か鳴るチャイムに、胸の鼓動が早くなる。


「オレは闇営業になんかいってない」


訳のわからないことを思いながら、気を紛らわすために本の文字をひたすら追うが、一切内容は入ってこない。

チャイムの音が途絶え、玄関から人の気配が無くなったそのときだった。


今度は窓のすぐ外、


ベランダに人の気配が移ったのだ。

体感距離2メートル先で、砂利を踏む足音が聞こえる。


え?え?

一気に全身が緊張し、心拍数が上がる。

混乱する頭で必死に状況を整理する。


ぼくの住む部屋はアパートの1階。

オートロックはないが、基本的に外から部屋の中が覗けるような角度もない。

ベランダと呼ぶのが正しいかは分からないが、窓の外には洗濯を干すためのスペースと、管理会社が手入れをしてくれている小洒落た木や観葉植物が植えられている小さな庭のような場所もある。

そこに、

だれかが来た。

いや、タイミングとして

あのおばちゃん以外ありえない。

でも、どうやって?

ベランダに入る手段は2つ。

あたりまえに部屋の中から出ていくか、外の扉から入るしかない。

しかし、ベランダにつながる扉はいつもぼくが中から鍵をかけている。

鍵をかけ忘れた?

それともドアをよじ登った?たしかに無理な高さではない。

だが、目的が分からない。

まさか窓を突き破って、ぼくを襲うなんてことはないだろう。

さすがに取っ組み合いで負ける気はしない。


そして、理由をひらめいた。


洗濯物!

今、洗濯物がたくさん干してある。

洗濯物は外からがんばれば見えるし、なぜか今日は嫁の下着もたくさん並んでる。

これを取るんじゃなかろうか。そしてネットで売るんじゃないか。

たしかに、女性の下着泥棒とは盲点だった。

仮にこの場を今だれかに目撃されても、ほとんどすべての人はなにも疑問をもたないだろう。


それは絶対に許せない!だったらオレが売る!

恐る恐るカーテンを少し開け、隙間から様子をのぞき見る。



おばちゃんは、


木を切っていた。


管理会社の人だ・・・。

そういえば以前嫁に聞いたことがある。

「なんかさ、管理会社の人っていっても、見た目ふつうのおばちゃんなんだけど、ベランダの掃除しますねーって訪ねてきたよ」

と。

ぼくは、たまたまでしかないのだが、一度も今までそのタイミングで家にいたことがなかった。したがって、顔も風貌も知らなかった。

なんてことだ。

本来、こんな炎天下にわざわざ草木を切り、ベランダを整えてくれるおばちゃんに対して、丁寧なお礼を述べ、お茶の一杯でも出すのが礼儀というものではないか。

しかし、今のぼくときたら・・・


実は部屋にいるのに居留守をつかい、当然ながら礼のひとつも言わず、

息を潜めている。


おばちゃんも、ためらっただろう。

なんとなく人の気配はするのに、チャイムの応答がない。

合鍵で外からベランダに入ることはできる(いないときは勝手にやってくださいと以前から伝えてある)が、

一応、礼儀として一声かけようとしてくれたのだ。


でも、もう無いんだよ。タイミングが。

今更どの面下げて出ていけばいいんだ。

罪悪感と情けなさが体の中を充満しつつ、それでも息を殺す。

人を信じることができなかったせいで、自分の部屋に閉じ込められた。

ひたすらおばちゃんの剪定が終わるのを待つ。

カーテンも窓も閉め、電気もテレビも消して、ベッドの上で天井を見つめながら耳をすます。

そうこうしている内に人の気配が消え、ベランダをのぞき見ると、

もうそこには誰もいなかった。


嫁のパンツとブラジャーは、あたりまえにそこにある。


きれいに整えられた木や観葉植物を見ながら半泣きで思う。

アドレス教えるから、今度くるとき、


メールしてほしいと。

(おばちゃんへ。暑い中、ほんとにご苦労様でした。今日はほんとにすみませんでした。ありがとうございました。)


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