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お隣さんがやってきた

私のnoteでは比較的よく読まれている記事

あれから半年、新しいご家族が住んでいます。
三十代後半でしょうか…保育園児から中学生のお子さんがいる、感じの良いご夫婦です。

隣家のリビングは東向きで、窓のないウチの西側に面しています。
ウチの寝室は西側にあるので、これから夏の夜、北側の掃き出し窓を開け放っていれば、隣家の声や物音が聞こえるかもしれません。
逆に、こちらの発する物音や声も漏れ聞こえるかもしれません。
これまで隣家は空き家同然で、お互いの物音に無頓着だったので気をつけなくては…

朝夫を送り出してから少し庭の草を抜いていると、賑やかな朝の様子が聞こえてきます。
明るい、楽しそうな、時に幼い子どもの癇癪声と優しく嗜めるご両親の声…
はっきりと言葉を聞き取れる距離ではないし、ことさら耳をそばだてるのでもないのですが、その温かな雰囲気が伝わり、あたりの空気を柔らかくしています。


かつての隣家は四人家族でした。
夫婦とウチの末っ子より一つ上と、次男と同年の男の子が二人いました。

ある夕暮れ、庭を掃いていると、奥さんが車で出かけたのがわかりました。
ウチの庭と塀一つ隔てたところが隣家の駐車場なので、外に出ていれば車の出入りは分かるのです。

しばらくすると、駐車場から弟の方、当時4歳だったかの、大きく悲しげな泣き声が聞こえてきました。

おかあちゃん、おかあちゃんが 行っちゃった
帰ってこないよ
わーんわーんわーん

ほどなく、一年生の兄が言いました。

すぐ帰ってくるわや。
泣くなや。

静かに諭すような声でした。

けれども弟は泣き止まず、

ほんとうに?
帰ってくる?
帰ってこない
おかあちゃんが
出ていっちゃった
わーんわーんわーん…

兄は前よりもっと静か声で

帰ってくるから。
泣くなや。

自分に言い聞かせるように呟きました。

奥さんはしばらくして戻ってきました。
私はすでに家の中に入っていましたが、車が戻り、ドアを開閉する音が響いたので分かりました。
買い物か何かに出かけたのかもしれませんでした。

数年後、紆余曲折あって奥さんは本当に家を出て行きました。
そのことを知った時、あの日の下のお子さんの悲痛に泣き叫ぶ声が蘇りました。
あれは予兆だったのか?
あの子は予感していたのか…

次男と隣家の兄は同い年なので、中学の頃は一緒に遊ぶこともありました。
別々の高校に進学してから久しぶりに会ったという後に、次男から尋ねられました。

お母さん、Mくんのお母さんの携帯番号知ってる?
知っていたら教えて欲しいって、Mくんが。

聞いていないなあ。
それほど親しくしていなかったからね。
そんなこと言っていたのか…
あれから会ってないんだね…


隣家はしばらく空き家になり、兄が進学で県外に出てから、父親と弟で再び暮らし始めました。
父親は住み込みの仕事のようで留守がちでした。
弟は学校には通わず、ほとんど家の中で過ごしているようでした。
犬を飼っていて、時々散歩に連れ出していました。
道で出会えばぺこりと頭を動かしました。
犬はいなくなり、そのうち、新聞配達の仕事を始めたようでした。
ウォーキングの行き帰りに出会うことがありました。

そして昨年、隣家は売りに出されました。
今は新しい家族が住んでいます。




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