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さんじのあなた

百貨店で新人時代、同じ売り場に同期は私とMさんの二人だった。
都内在住のMさんは、当時埼玉から京浜東北線と赤羽線と山手線を乗り継いで通勤している自分と異なり、すごく垢抜けて見えた。
おまけに超がつくほどの美人だ。
どのくらい美人だったかというと、高校時代に街を歩いていて、小椋佳さんの『揺れるまなざし』がタイアップ曲の資生堂のTVコマーシャルに出演していた、真行寺君枝さんと見間違われサインを求められたというエピソードがあるほどだ。

あくまで本人談だが、そんな話をポテチはやっぱり小池屋だよね、というのと同じくらいの軽いノリで話す気さくで、どちらかというと、元ヤンキーの匂いがする人だった。

二人きりの新入社員で私たちは気が合って、わりと仲良くしていた。
退社後はお茶を飲んだり、プライベートな話もした。
高校時代から付き合っているカレシ(カタカナでこう書くのがピッタリする感じ)がいて、近々結婚するのだと言った。
だって、まだ19歳なのに!?と私は思った。
当時は二十代前半を目安に結婚して寿退職するのが一般的だったが、私の勤めていた百貨店には独身で一人暮らしをされている先輩や、役職についてバリバリ活躍されている女性の上司が普通にいて、自分も結婚はずっと先のことだと思っていた。
第一まだ仕事を始めたばかりなんだし…

今は知らないが、当時勤めていた百貨店では開店直前に通路に立ち並び、来店されたお客様にご挨拶をしていた。
私たちの売り場は一階にあって、店の顔と言われていたので、挨拶の声にも弾みがかかった。
開店セレモニー?が終わると、特に用事がなければそのまま持ち場でお客様を待つ。
新入社員に雑務が与えられるのはもう少し先で、まずは売り場に立ってできるだけ多く接客をするのだ。

二人で並んでいると、毎朝決まってバイヤーのKさんが現れる。
バイヤーは商品部の所属なので直属の上司ではないが、Kさんは私たちの売り場で扱う商品を担当しているのだ。

Kさんはこじまさんじ、という芸人に似ていると言われていた。
まあ、それが何を意味するのかはここでは追及しないことにする。
都内にある、皇族と同じ出身大学だ。
バイヤーで海外にも出かけるから英語も話せるらしい。らしいというのは、私と英会話をしたことがないからだ。
婦人服のバイヤーらしく、いつもおしゃれなスーツを着て長身なのでカッコよく決まっていた。

百貨店は圧倒的に女性社員が多く、取引先からの派遣販売員もほぼ若い女性だ。
いわゆる「おんなのこのあつかい」が、業務の進捗に大きく影響していたのは否めない。

Kさんは綺麗な女の子が大好きだ。
私とMさんが並んでいても、「今日は(売り上げ)どう?」なんて声をかけるのはもっぱらMさんである。
ある時、私が一人で立っていると珍しく声をかけてきた。
「あれ、今日はMちゃんは?」
「お休みです。」
答えると、あっそう、と引きあげた。

さんじKさんが綺麗な子好きなのはよく知られたことで、目に余ることもあったようだ。
販促で新しいキャンペーンに新人を一人起用することになった時、Kさんは強くMさんをプッシュした。

同期に先を越された感に打ちひしがれていると、女性の上司がそっとそばに寄って囁いた。
タダノさんが仕事を頑張ってるのはみんなわかっているからね。
うれしかった。

じっさいMさんはよく会社を休んだ。
新入社員にも予め12日間の有給休暇が与えられており、使わなければ翌年に持ち越せた。
有給休暇は連休で取ってもよく、各個休とくっつけて一週間取り海外旅行に出かける社員がたくさんいた。
とうぜん繁忙期は除外だが…
Mさんは有給をあっという間に使い果たし、それから無断欠勤をして、とうとう退職した。
数ヶ月後ほとぼりが冷めたころに、赤ちゃんを連れて挨拶に訪れた。
くだんのカレシと結婚したのだった。

さんじKさんはその翌年だったか翌々日年だったか、懇意にしていた取引先が重大な事件を起こし、そのとばっちりか当然の報いかどうか知らないが、退職していった。



※ヘッダー画像はやん(矢野達也)さんよりお借りしています。
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