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湘南鎌倉で感じた事

自治医大さいたま医療センターから派遣され気づいたら5年の月日が経とうとしている。
赴任当時の集中治療部は自分1人で、院内での役割もはっきりしないような状況であった。今では集中治療部のスタッフが6人となり24時間当直体制も敷けるようになったことなどを考えると、この5年で大きく変える事ができ、それなりにこの病院に貢献してきたと自負している。
しかしこれは当然自分の力のみではなく多くの仲間の支えがあってのものであり、感謝している人をあげたらきりがない。

鎌倉に赴任する前に常勤・非常勤含めてそれなりの病院を見てきたが、600床ちょっとの病院でなぜ日本で一番の救急車受け入れが可能なのかを不思議に思っていた。ちょうど5年のタイミングで自分が感じてきたことを記したい。

1.圧倒的な組織能力(organizational capability)
Jay B. Barneyは、経営資源に基づく戦略論(Resource Based View)が市場の中で競争を勝ち残る理論を展開したが、それと同じく湘南鎌倉には内部の人的資源に競争優位の源泉がある。
トップダウンの緻密な戦略に基づくものではなく、各現場の人的資源が最大の強みである。
そしてこの人的資源と断らない救急の理念のもとで長年かけて形成されてきた真似できないルーティンがあちこちに根付いている。
断ることなくERでトリアージを行い、院内でのベッド確保が難しい場合は転送を依頼するシステムもそうであるが、ERの業務量が一定のラインを超えた時に他部署から応援が緊急的に招集されるシステム、夜間でも緊急で放射線照射を行えるオンコール体制など、他には類を見ないあらゆる急性期疾患に対応する診療体制が断らない救急を可能にしている。

医療崩壊が叫ばれると「湘南鎌倉の救急を見習え」というような論調の記事やコメントを見かけるが、これを他で真似する事はまず困難である。
その理由としては、①各ルーティンが複雑に機能し総合的に作用しているので、単一の因果関係で解決できるものではない、②この組織ルーティンは院内の各部署で長い時間をかけて紆余曲折を経て形成されおり、表面上の真似をしても機能しきれない、③この組織ルーティンが常に変化し続けており情勢に合わせて対応を変えている、などである。
これはまさしくトヨタの強みと似た構造であるとも言える。

2.ナレッジワーカーの存在
ナレッジワーカーとは、「ナレッジ(知識)」と「ワーカー(労働者)」を組み合わせた造語のことで、日本語に訳すと「知識労働者」となり、企業に対して自身の持つ知識を活用して新たな付加価値を生み出す労働者を指す。
強いOrganizational capabilityを形作る上では、Operational Excellence(いわゆる現場力)が必要不可欠であるが、このOperational Excellenceを生み出すのが各部署のナレッジワーカーである。トップダウンの指示で動くのではなく、状況に応じて主体的に動くナレッジワーカーが多く存在することが湘南鎌倉の一番の強みであるだろう。これもまた他が真似できない理由となっている。
このナレッジワーカーの能力は、あくまでコミュニケーション能力やバランス感覚、業務改善能力といった総合的な能力を指している。そしてこのナレッジワーカーがいわゆる"ギバー"である事がほとんどで、私自身も実に多くの人に支えられてきた。

『ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則』でジム・コリンズが述べていたように、残り続ける企業は"基本理念を守って常に改善を続けること”が最大の強みである。それを愚直に実践してきた結果現在の湘南鎌倉があるのだろう。そしてその源泉は各現場で頑張っている最前線のスタッフの歴史に他ならない。

3.クロスファンクショナルな委員会の多さ
クロスファンクショナルチーム(Cross Functional Team)とは、一般的には社内全体で課題となっている問題に対して、部署や役職を問わず課題解決に必要な人材が集められて結集するチーム体制のことで、 国内では日産でカルロス・ゴーンが行った事で有名となった事例がある。
湘南鎌倉ではクロスファンクショナルチームという名称で活動しているわけではないが、QI(Quality Improvement)を始めとして様々な横断的な委員会が多いように思う。年齢的な多様性が足らないなど、集合知を形成するための多様性の視点がまだまだ足らない部分があるので、その点が改善の余地があると思っているが、大学病院などに比べるとこうした活動が活発であるように思う。こうした横断的な交流の場は院内の心理的安全性の向上に少なからず寄与しており、それもまたナレッジワーカーの相互作用を強めている。

以上強みに関する雑感を述べてきたが、逆に懸念としては日本企業に典型的な「頑張る事こそ尊い」という”空気”がもたらすリスクへの認識が乏しいように感じている。果たして山本七平の知的遺産とその教訓を受け継いで行くことができるのか。Organizational capabilityの背後にある日本人の思考がもたらすリスクを歴史から学ぶ事ができるのか。

いつまでいるかはわからないが、地域医療のため、頑張っているスタッフのため、日本の未来のために自分が出来る事を日々考えながらこの病院の動向を興味深く見守っていきたい。



<参考文献>
ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件. 著者:楠木建 出版: 東洋経済新報社
現場力の教科書  著者:遠藤功 出版:光文社新書
勝ち組企業のマネジメント理論  著者:大坪 亮 出版:角川SSC新書
ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則 著者:ジム・コリンズ 出版:日経BP


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