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ツッコミ探し

 私はボケとして生を受けました。
 それは私が私という意識を持った瞬間から自覚してしまったものですから、どうしようもないことです。運命を越えた天命のようなもの。天職ですらなく、生そのものだと信じているのです。
 でも、ボケがボケとして生きていくには必要不可欠なものがあります。それはみなさんもきっとご存じでしょう。
 そう、ツッコミの存在です。
 悲しむべき事に私にはツッコミがいませんでした。いえいえ、しっかりとしなければ。どこかにきっとツッコミがいるはずです。だって、ツッコミにもボケが必要なはずですから。
 ボケとツッコミとそろって初めて完璧な生を歩み、みなさまに笑顔の花を咲かせることが出来るはず。それこそがボケとして生まれ落ちた私の夢であり使命というものなのです。
 ああ、私の運命のツッコミは一体どこにいるのかしら。 
 空を見上げてお日様に問います。
「お日様、お日様、どこかに私のツッコミを見かけなかったでしょうか」「ツッコミよりも紫外線対策の方が大切よ、お嬢さん」
 サンサンと強烈な紫外線を降り注ぎながら、親切なお日様は答えてくれました。その光の強さはツッコミにふさわしいもののようにも思えました。 もしかしたら、私のツッコミはお日様なのかしら。いいえ、お日様は生きとし生けるものすべてのツッコミ役。私だけのパートナーであるはずがありません。

 私には私だけのツッコミが必要なのです。

 次は地をはう蟻に問いかけます。
「蟻さん、蟻さん、私のツッコミを知りませんか」
「毎日毎日働いて働いて働いているブラックなアタシたちが知っているわけないじゃない。そんなにライブがしたいならキリギリスにでも聞けばいいのじゃないかしらー」
 そう言いながら、蟻は親切にもひょろひょろにやせ細ったキリギリスを連れてきてくれました。キリギリスは震える手でバイオリンを弾きながら語ります。それはとてももの悲しい曲と声でした。
「芸で食っていくのは至難の業なのだよ、おじょうさん。この私の末路を見るが良い」
 その言葉と共に、バイオリンはキリギリスの手から落ち、ぱたんと彼は地に伏し倒れてしまいました。ぴくりとも動かない体に蟻が寄ってたかって群がり、えいさほいさと運んでいきます。
 親切にお墓でも建ててあげるのでしょうか。それならいいのですが、と私は心の中で手を合わせます。
 あ、穴の中へ運んでいくのが見えました。あれがお墓なのかしら。蟻の巣穴のような気がしますが、きっと親切な彼らが供養してくれるのでしょう。
 それにしても、一体どこにいるのかしら私のツッコミ。運命の相手。
 それが見つからないボケに生きている意味などあるのでしょうか。悲しみに震え一句、思わず私はつぶやきます。
「ボケぬなら殺してしまえハトポッポ」
 びゅううううう。
 突如として冷たい北風が私を襲います。

 ひゃあ、寒い寒い寒い、お寒いわ。

 私はガタガタと身を震わせじっと寒さに耐えました。そんなに私のつぶやきは寒かったのでしょうか、芸のつもりじゃなかったのに。
 しかし、これは手厳しい風からの教えだと己に言い聞かせるしかありません。ああ、これがツイッターだったら逆に炎上して熱くなったのかもしれませんね。でも新人がはじめから炎上商法ってありなのかしら。
 難しいわ、ボケの生き方って。
 私は憂鬱の深き淵に立ち、己の心と向きあってしまいました。
 私はだあれ。

 深淵の私は答えます。

 お前はお前。

 私はボケです。

 深淵の私は答えます。

 そうともボケだ、大ボケだ。お前はボケだ、真の姿を知らぬ愚かなボケだ。

 それは一体どういうことでしょう。

 問おうとしたとき、きゃあきゃあと子供の笑い声が聞こえてきて、私ははっと気づきました。深淵は消え失せ、私の視界に入ったのは小さな女の子の笑顔です。
 彼女はニコニコしながら私を見、指さしています。なにか可笑しいことを言ったのかしら? 不思議に思っていると、女の子の母親と思しき女性が女の子の頭を優しく撫で、唇に笑みを浮かべながら言いました。

「チサトちゃん、これはね、ボケっていうお花なのよ」
「へえー、きれいなおはなだねえ。ボケっていうんだあ、ぼーけーぼーけ、ぼけー」
 キャッキャと女の子ははしゃぎます。その様子をお母さんもくすくす笑いながら見守っていて、私はとてもうれしくなりました。
 そう、私はボケとして生まれました。ボケはボケでも、ボケの花として。
 優しい暖かな日の光、そして風が私を包み、祝福してくれます。
 ようやく自分の真の姿に気がついたのかと。
 そうです、ついに立派なボケとして花開きました。ボケのピン芸人として。
 これから行き交う人々に笑顔の花を咲かせることができるよう、精一杯にボケっと生きていくことを誓います。