弁当屋さんを救え

 ある山奥の村にお弁当屋さんがありました。そこのお弁当は、味はまあまあ、競合相手はいない状況だったので、多少のぼったくり価格でも村の人達からは大変重宝がられておりました。
 ところがそんな平和な日々に突如として終止符が打たれます。大雨が三日三晩に渡って降り続けた日の、最後の夜の出来事です。村の皆は、深夜にずもぉおおおんという、生まれて初めて聞く轟音を耳にし、恐れおののき、恐怖に震えながら夜を明かしました。そして、朝、外に出てびっくりです。
 無い。
 お弁当屋さんが、無い。
 有った。
 巨大な大穴がぽっかり開いていました。
 村の人達は顔を見合わせ、どうやら地盤が緩んでお弁当屋さんのあった場所に大穴が開いてしまったのではないかと推察しました。それでは、お弁当屋さんを営んでいた親父さんと奥さん、口の悪い子供は無事なのでしょうか?
 村長が、村の代表者として恐る恐る穴の淵をのぞき込み、
「おーい、出てこーい」
 と叫ぶと、
「出てこれるかー」
「無理言うなー」
「こっちにこーい」
 等々、微かに穴の奥底から返事が聞こえてきます。
 どうやら、家族みな無事のようです。
 かくて、村の人達のお弁当屋さん救出作戦が始まりました。
 なにしろ村にただ一つしかないお弁当屋さんなのです。平日の昼食、休日の家族旅行、彼らにとってお弁当屋さんは必要不可欠なものでした。
 まず、あの大きな穴を下って行くために、長い長い縄ばしごが必要だと村の寄り合いで意見が出ました。かくして、村人たちは家族総員で、いらない衣服を持ち寄り、手作業で地道に縄ばしごを作り始めました。
「腹が減ったな、母ちゃん」
「私もおなかが空いたよ、父ちゃん」
 夫婦はせっせと縄ばしごを作りながらそんな言葉を交わします。どうやらお弁当屋が必要だと、隣村から急遽お弁当屋さんが出張してきて、村人たち相手に商売を始めました。
 こうして村人たちは食べ物の心配をすることなく、縄ばしごを作り続けます。しかし、程なくして材料が足りないことに気がつきました。
「テレビの前のみなさん、どうか支援をお願いします」
 村長の奥さんは涙を浮かべながら、テレビカメラの前で深々とお辞儀をしました。その様子は全国放送され、全国の古着の始末に困っていた人達はこれ幸いと救援物質をどっさりと村に着払いで送りつけ、そして、善意にあふれたボランティアも大挙して押し寄せてきました。
 ボランティアのみなさんは、村の公民館でせっせと縄ばしごを作ります。中にはギネスに挑戦するのだと勘違いする者もいました、中には後でギネスに申請しようとするものもいました。各々腹に一物抱えつつ、腹は減ります。
 彼らの食欲を満たすために、山の向こうからもお弁当屋さんがやって来て、盛大に大売り出し攻勢をかけます。
「おお、これは旨い。あの弁当屋の弁当より種類もたくさんあって、値段も安い」
 村の人達は感激しながらも、やっぱり村にひとつしかなかったあのお弁当屋さんのやたら油っこい鶏の唐揚げに思いを馳せ、せっせと作業を進めます。
「この天災は神の怒りデース、悔い改めナサーイ」
 おかしな宗教団体もこれを機にやって来ました。
「ここはプロに任せた方がいい」
 日本中の縄ばしご職人も集まってきました。
「救助活動は我々に」
 ようやくレスキュー隊もやって来ました。
「さあ、みなさん。お昼休みですよ、いかがですか」
 もちろん、みんなを食べさせるために、全国からお弁当屋が集結しています。
 こうして皆の団結の元、ついに縄ばしごが完成し、ようやくあの大穴へと決死隊が乗り込みました。
 そこで彼らが見たものは、地下の洞窟温泉に浸かって
「極楽極楽」
 とくつろいでいるお弁当屋さん一家なのでした。救助隊は脱力しましたが、なんにせよ、無事なのはいいことです。
 一家は縄ばしごをよじ登り、数ヶ月ぶりに地上に出ました。お弁当屋さんの主の親父さんは、久しぶりのお日様にまぶしそうに目をぱちぱちさせ、そしてゆっくりと周りを見回しました。
 そして、一言。
「うーん。ライバルが増えたなー」
 村でたったひとつのお弁当屋さんを助けるために集まった人々相手に商売するお弁当屋さんの総人口はすでに村人の十倍を越えています。商売敵が増えたというレベルではありません。まるで弁当のテーマパークです。
 そういうわけで、村で一軒しかなかったお弁当屋さんは地下温泉旅館も営むことにしました。
 かくて、この山奥の村は、日本一の弁当屋商店街と地下温泉を売りに、大いに観光客で賑わうようになったのです。
 そこで一番の目玉は元お弁当屋さんの地下温泉旅館が作る、暗闇温泉玉子入り唐揚げ弁当。油っこい唐揚げに温泉玉子を崩してかけて食べるとたいそう旨いと大絶賛されているそうな。
 めでたしめでたし。