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続編2:2022年ウクライナ情勢をより深く理解するための歴史文化背景雑学

当方はウクライナやスラブ研究者では無く、米国大学にてホスピタリテイ・観光経営分野で研究系博士教員をしている日本人学者・米国永住者です。ウクライナには縁があって旧ソ連崩壊後数年であった1995年から往訪しており、渡航回数は30回程度です。過去5年は年に数回のペースで渡航していました。

自分の研究領域専門分野ではありませんが、比較的現地情勢に詳しいので、約一か月前に掲題の雑学メモを書きました。現地に行かずに欧米メデイアを分析・評論するような日本語メデイア、或いは親ロシア派の自称コンサルタントのロシア寄りのメデイアの意見や見解が日本ではより目立つようで、ウクライナ側から見た見解に比較的に各種反応を頂いたので、侵略が始まった直後の現時点で追加・補足をしようと思います。なお、当方はロシアにも5回程度渡航しており、現在もロシア語を趣味で勉強しており、大学院生にロシア人学生も居るので、ロシア人・ロシア文化が嫌いという事はありません。今回も自分で撮った写真と現地報道を前回同様に引用します。

1.    前回ノートの内容と実際に起きた現実

「前回9.憶測」で述べたロシア軍の侵攻経路3つについては、どこの通りを通るかを含めて3つとも比較的正確に当たってしまいました。

(1)チェルノブイリ原発から首都キエフ進撃ルート

2/25時点で(1)ロシア軍がキエフに侵攻するにはチェルノブイリ原発経由の進撃が一番最短、と述べた経路は100%その通りにロシア軍が進撃して来て、抵抗したウクライナ国境警備隊と原子炉関係技術者(欧米人含む)がロシア軍拘束下にあるというのが2/24日昨日の情報です。これにはまた欧米メデイアの憶測記事が出ていますが、当方は実際に現地見てきているので、「ロシアがチェルノブイリ原発放射能を利用してどうのこうの」という記事は推測・陰謀の類と言えます。たまたまこのルートは平らで大きな渡河もなく、キエフ郊外まではスムーズに進撃できてしまう、その最短進撃ルートの通り道だっただけです。チェルノブイリ原発付近は現在原子炉から10キロ地点に国境警備隊(軍隊ではない)がチェックポイントを設定していますが、写真を見て頂くとわかるように、戦車一台で楽々突破出来るような施設ですし、周囲にウクライナ軍の装甲車や戦車は、観光客向けの放射能マークをつけたインスタグラム向けの一台以外無かったと思います。

チェルノブイリ原発10キロ圏内制限地域の検問所。2021年11月に筆者撮影
前回のノートでチェルノブイリ原発からキエフがベラルーシ国境からの最短ルートである故に、この道を侵攻する可能性が高いと述べましたが、全くその通りのルートでキエフ郊外までロシア軍が侵攻しています。キエフ郊外にIrpinという表記がありますが、まさにこの近隣にある輸送用の空港アントノフ国際空港がロシア軍空挺部隊とウクライナ軍の取合いになっています。
このスクリーンショットは筆者がチェルノブイリ原発を往訪した2021年11月に撮影したものです。

 

チェルノブイリ原発は人生観が変わるぐらいにインパクトのある場所ですが、それについては別途ノートに書きます。2021年11月、爆発直後写真と、石棺に覆われた現在の姿。


この道だとキエフ北西のオボロンスキー地区又はイルピン地区までは進撃できてしまうと思います。この地域には森に囲まれたリゾートホテルがあり宿泊したことがあります。ドニプロ川沿いにキエフの役所や教会のある地区に南下するルートと、少し西側の丘の上を通るルートがあります。前者のルートは片道3車線のナベレズニ高速道路で快適ですが、最後にドニプロ川の高さから、自然の要塞のようなキエフの教会群と役所がある高台に一気に登る急な登坂があり、まさに前回の写真に出したキエフ公国王ボロデミール像の真下を登坂しなくてはならないのです。しかも高台の上は市民の公園で、住宅が無いのでウクライナ軍が待ち伏せ攻撃しかけるには絶好の場所のように見え、自分がロシア軍ならばここは避けると思います。そうなると西側ルートから侵攻かと思われますが、こちらも建物の並ぶ片道3車線の道路を通りますので、そう簡単には進めないと思います。

(2)ドンバス地域

こちらも1月の時点で行われていたロシアパスポート取得奨励運動が、今月のロシアによる「ドネツク人民共和国・ルハンスク人民共和国在住のロシア人の要請に基づいて独立共和国として承認する」、に繋がりました。現地情報通りです。しかし予想が当たっても全く嬉しくないです。

ルハンスクに在住のウクライナ人医師に久しぶりに連絡が取れました。「世界にはウクライナがロシアに一方的に攻撃されているという報道ばかりだと思う。ルハンスクに残って民兵支配下に残った住民は、男性は全員徴兵され、老人子供女性だけが残っていたが、今回のロシア侵攻に際して、ロシア領土に避難するかウクライナ側支配地域から遠い村に避難するように言われて、ロシアには住みたくないので村に居る。ウクライナ側が親ロシア派地域に砲撃すると、それで死ぬのは徴兵された普通の男性達ばかり。」だそうです。住民を盾にとって徴兵して前線に立たせる方式で、そういう声が直接に聞こえてきます。状況は複雑で単純化は出来ない訳です。

(3)クリミア半島からNova Khakovka, Kherson 進撃

これはメデイアでもあまり報道されていなかったですが、当方はこの地域に合計3カ月程度は滞在していた事があるので、ルートも含めて完全に事前予想とロシア軍侵攻ルートが一致しました。前のノートに書いたように、クリミア半島からNova Khakovkaまではスイスイ進撃できますが、人口4万人程度のNova Khakovkaの街にはあまり興味が無く、むしろこの町が1950年台に創設された理由である水力発電所(山間部のダムではなく、日本で言う堰のような幅の広い高低差の少ないダム で、ドニプロ川を渡る橋の役割も果たしている)を超えて人口28万人のKherson県庁所在地、ケルソン市への進撃まで企てたのには驚きました。但し自分が運転した時も確か1時間半程度で着く距離(80キロ)なので、Nova Khakovka占領して、運河の水を強奪する目的が達せられたら次の目標はKhersonかと思いましたが、いきなりKhersonの入り口まで進撃して、CNNの今日のニュース曰く「ウクライナ軍に撃退された」という画像が出ていました。確かに見覚えのある橋とガソリンスタンドに砲撃跡と戦車が放置されています。

Source: Twitter by Moche Schwartz, Screenshot by the author
この橋は水力発電用のドニプロ川にかかるダムの上にあり、自分の運転で何度も通ったことがあります。
Source: CNN.com "See Aftermath of battle over key bridge in Ukraine"
この橋はKherson市からクリミア半島に行くときに必ず通る橋で、自分も何回かここを運転したことがあります。ドニプロ川は川幅が広いので、そう橋が多くなく、その分、一つずつの橋の重要性が高くなります。Kherson市にはロシア戦闘機の空爆もあったようで、ロシア軍がKherson市攻略に躍起になっているのは、市そのものの重要性ではなく、ここを通過しないと行けないルート上にあるからと考えると納得できます。

Kherson市は当方が合計3か月程度住んでいた市で、産業としては造船業・港湾業があり、街の目抜き通り中心部にロシア帝国時代の1834年に創設された海軍兵学校があります。過去10年程度のカフェの新規開店数は多く、素晴らしい場所です。但し占領して大きな恩恵が得られる戦略的拠点とは思えません

ウクライナ南部、Kherson市内の写真。筆者撮影2014年2月

何故にそれ自体さほど戦略的に重要でない中規模都市の攻略に拘るのかを考えると見えてくる全体像があります。以下の報道ににロシア側がまだKherson市攻略に陸・空から攻撃をしかなりこだわっているのが良く見えます。(自分の知っている景色が見えて複雑な心境です)

次にその理由を推論しましょう。

2.プーチン氏の個人的野望:クリミア半島東西の黒海沿岸部占領・編入

但しKherson市攻撃には思い当たる節があります。それはロシアの南西部のロストフ市からウクライナの黒海沿岸を東側から全て占領していき、クリミア半島への陸続き回廊を作り、そこで停まらずに更にクリミア半島から西に進撃してKherson, Mykolaiv,と占領し、その後ウクライナの黒海に面する大港湾都市オデッサを占領し、さらに100キロほど黒海を離れて北西に行くとウクライナの隣国モルドバのTiraspolという人口13万人の都市に到着します。ここまで西側に回廊を伸ばすと、ウクライナの黒海沿岸臨海自国領土が無くなり、モルドバ東部のテイラスポル市までロシアが全て自由に移動が出来るようになります。テイラスポル市はドニエステル川の東岸にありますが、この川とウクライナ国境に挟まれた細長い地域は旧ソ連共和国であるルーマニア系のモルドバが独立した際に、ロシア系住民が独立を宣言した地域で国際承認は受けていないものの、モルドバ内部でトランスニストリア国を勝手に宣言し、モルドバ政府の統治が及ばない地域になっています。まさに今のウクライナのドンバス地域と類似の状況です。(本当に偶然ですが、1カ月程度音信取れていなかった知人から昨晩メイルを受領しました。「実家はオデッサから離れた村にあり、戦火を逃れるにはこちらが良いと思ったが、村はトランスニストリア国境が近い場所で、こんな田舎で生まれて初めて国境の方から銃声が聞こえた」。現地知人達のお陰で全ての情報がきれいに結びついていきます)。

ウクライナ南部の地図。一番右側の丸印が親ロシア派が占領し、2022年2月にロシアが独立を認めたルハンスク人民共和国とドネツク人民共和国。そこからクリミア半島の付け根までの回廊をロシアが確保するという案はここ数年よく聞こえていた噂だが、クリミア半島から北進してクリミア半島向け運河獲得のためのノバカコフカ制圧だけでなく、いきなりロシア軍が西進してケルソン市に進撃し撃退されたのは若干驚き。この進路表に示しているように、最終目的地がウクライナを超えてさらに西進したモルドバ東部の親ロシア派が立てこもり独立国家を一方的に宣言したTiraspolだとすると、何故ケルソン市に進撃したのかが明白になる。この東西回廊をロシア軍が確保するとウクライナ国は黒海湾岸臨海地域を失い国際貿易には大打撃となる。ゴーグルマップにて筆者が加筆。

歴史的には確かにロシア帝国時代にスボロブ将軍が18世紀後半に1768‐1774年の露土戦争でオスマントルコ軍から現在のモルドバ・ルーマニア地域を奪っています。この約250年前のロシア帝国時代の栄華の遺産はその後旧ソ連が引き継いだ訳ですが、旧ソ連の支配があまりに失政だったために、ソ連とワルシャワ条約機構崩壊時にそのメンバーだった国は旧ソ連とロシア支配下から離脱し、ルーマニアはNATOに加盟、モルドバとウクライナも旧ソ連を引継いだロシアからは距離を置いている経緯がある訳です。

つまり、前回のノートに記したプーチン氏のロシア帝国時代復古の個人的野望通りであり、ピョートル大帝の偉業であるウクライナ掌握に留まらず、帝政ロシア時代の一番領土が広かった時代の領土を取り戻そうという完全に個人的な野望がKherson侵攻の試みで確認出来てしまった訳です。ウクライナを超えた国境線の改定、ロシア皇帝時代18世紀後半の勢力圏を21世紀に武力で実現しようとする野望が確認出来てしまいました。これはウクライナ南部オデッサから更に北西に進みモルドバ東部国境に近い村に実家があるウクライナ人知人から昨晩受領したE-mail で銃声が聞こえているという話と全てが一致します。

クリミア半島の付け根部分からウクライナを越境したモルドバ東部Tiraspol市への道程表。Kherson市に侵攻しようとした理由は地図を見ると明らかになります。Khersonに入る前に幅の広いドニプロ川を渡らなくてはならず(当方が矢印を書き込んだ部分)、この片道2車線の長い橋を支配下に置くことにロシア軍は何故これほどこだわるのかはこの地図を見ると理解できると思います。ゴーグルマップに筆者が加筆。


海岸も海岸線もあるオデッサに水陸両用車と空港掌握で侵入し、そこにクリミア半島からKherson, Nikolaiv経由で200キロ程度の道を戦車が同時進行するという全体像のシナリオが無い限りはその鍵となるKhersonに侵攻しようとした意図が説明できないです。クリミア半島から北上したNova Kakovkaでクリミア半島への運河掌握と強制水流再開はこれから必ずするでしょうが、Kherson侵攻はロシア帝国時代の歴史的な背景を理解したうえで地図を見るとその意図がよく見えてきます。もちろん欧米メデイアが述べているクリミア半島付け根部分からルハンスク人民共和国領土に向けての東回廊確保は意図満々でしょうが、その野望以上の意図がクリミア半島からの西進、西回廊確保のプランで見えました。クリミア半島からの「西回廊ルート」は当方も車で何度も往復で走ったことがありますので距離感や道路状態はよくわかります。 

ウクライナ南部オデッサの市街地。ロシア皇帝時代にオスマントルコの漁村だった地域を奪い、仏伊の都市開発技師を雇って開発した街なので、南欧の雰囲気がある街。2021年11月筆者撮影。

3.ウクライナ独立後の動きとウクライナ国民間でのウクライナ国家意識の興隆

ここが親ロシア派のコンサルタントや実際に現地に行った事のない報道陣がきちんと把握できていない点であるので、強調します。

2004年のオレンジ革命は親ロシア派専制主義志向の大統領候補と民主化推進の大統領候補が投票を競った選挙で、旧ソ連時代から形式的な選挙に失望していたウクライナ人にとっては自分の国の将来が自分の選挙で決まるという新しい体験に触れた時期でした。当方は南部に行ったときはオレンジ色の旗を掲げた民主化推進派大統領候補に投票をという人達が広場に集まっていた覚えがあります。当時の現地人宅ではロシアパスポート保有の婦人が「これからは欧州国家の一員として民主主義だ」と自宅内でもオレンジ色の旗を振っていて、それを旧ソ連時代が懐かしいウクライナパスポート保有の旦那さんが黙って聞いていた様子を覚えています。

2010年頃から、街の雰囲気が目に見えて改善され、地元の人たちが老朽化したビルの一階を改装して綺麗な商店やレストランにしたりして、高速インターネット回線のWi-Fiを完備したお洒落なカフェが数十件も出てきた時代です。2014年、民意を無視して急に親ロシア政策を打ち出した大統領に対して民衆が抗議集会を実施、鎮圧に治安維持隊を導入して流血の惨事となり、ロシアに逃げるように亡命した大統領後の選挙で欧米民主主義派大統領が登場するに至った尊厳革命あたりからは、ウクライナ国家主義は趣旨として反ロシアではないが、反専制主義の欧米型民主主義を指向するという色彩が明確になってから経済状態も向上し、現地往訪する度に新しい店が次々と出来ている感じでした。

ウクライナ中部、ドニプロ川沿いの中規模都市クレメンチュク市のカフェ。競争が激しく、新規参入カフェに対抗するために内装改造や快適性向上に設備投資をするカフェが多い。無料Wifiはどのカフェでも必須のサービス。2021年11月、筆者撮影。
ウクライナ中部、ドニプロ川沿いの中規模都市クレメンチュク市のカフェレストラン。内容の質は日本や米国と変わらない水準。団体向けにワインを運んでいるウエイトレスの後ろは、当店利用者に無料の託児所で、両親が友人たちと子供抜きでくつろげるサービス。ガラス張りで中は見えるが完全防音施設なので子供たちの声はレストラン内に侵入しない作り。2021年12月筆者撮影。

前回の7.実際にウクライナ国内を回遊して気づく国民感情と独立後の民主化」ではウクライナ人、特に東部南部のロシア語を話すウクライナ人の心持について述べました。この部分は日本の親ロシア派と現地に行っていない報道機関がよく間違える点ですが、当方は、家族の縁で今回のロシア軍侵攻と反撃が起きたケルソン市(クリミア半島の付け根部分の主要都市)に合計数か月住んでいましたので、かなりニュアンスを含めて描写した点が現地民衆の心理状態理解のポイントだと思います。初めて行ったのがソ連崩壊からほぼ何も変わっていなかった1996年頃でしたが、ウクライナ語を話す人には一度も会った記憶が無く、とにかく皆がロシア語なのでロシア語会話を必死に学んだ覚えがあります。

人々はロシア語を話していてもウクライナ人意識が高くなっているのを感じた時です。ウクライナ東部南部の人達は日常会話にロシア語を使う人が2022年時点でも大多数です。しかし、再度強調するならば、ロシア語を使う人を単純にロシア派住民だと決めつける日本の親ロシアコンサルタントとその受け売りのメデイア報道は間違っています。過去20年程度の経済改善と欧米型民主主義の進展、そして制服を着ている警察・軍隊・役所役人の態度が優しくなり、特に過去10年程度で旧ソ連崩壊直後に依然存在した賄賂の慣習がほぼ一掃されたため、自分たちの未来は欧州型民主主義国家の方が良いと思った結果が2004年のオレンジ革命、親ロシア政策を急速に打ち出した大統領を西欧民主主義志向派が国外追放に追いやった2014年のマイダン革命(尊厳革命)だったという独立ウクライナの歴史的流れを理解しないと全体像が正しく把握出来ないと思います。

キエフではマイダン革命で亡くなったウクライナ人の顔写真が飾ってあるが、地方都市では2014年以降、ロシア軍と親ロシア派民兵支配地域で8年継続する戦闘で亡くなった地元出身者達の顔写真を英雄たちの写真として街の一番人の集まる場所に展示する事が多い。こうしてロシア語を話す地域でもウクライナ国家の意識が高まっているのが現地に行かないと見えにくい。「ロシア語を話すからロシア親派」と断定する現地往訪経験の無い親ロシア系コンサルタント達が一番見えない点。2021年12月クレメンチュク市にて筆者撮影。

 

4.「プーチン氏が最も恐れるもの(本音):自国領域内の欧米型民主主義」

前回のノートに書いたように、ピョートル大帝のポルタバの戦いの再現で、ウクライナ領土を自分のものにしたいという野望は対外的に表明する取巻き支持者群に受けるカッコいい外向きの野望です。

実はスラブ民族、そしてロシアの歴史を紐解くと、専制的王制国家後に共産党独裁体制と、国民が国家代表を自由に選べて任期が終わったら平和裏に次期政権に権限移譲する欧米型民主主義の時代が未だないのです。形式的には旧ソ連崩壊後のロシアにもありましたが、プーチン氏は1999年からもう23年も大統領職(一時形式的に首相になったが専制主義で復古)ですね。ところが、試行錯誤のウクライナは2度の革命を経て、社会も成熟し、大統領は既に延べ6名の政権交代です。現大統領の前任ポロシェンコ氏から現ゼレンスキー大統領には平和裏に権限移譲がなされています。

その観点で見るときれいに割り切れる公約数が見えてきます。プーチン氏が本当に恐れているのはスラブ民族の本家ウクライナで欧米型民主主義が根付いて、それがスラブ民族の分家ロシアにも浸透する事です。NATOの拡張がうんぬんよりも自由でフェアな選挙をしたら自分の正当性が落選で粉砕されるのが一番怖いが故に、放置しておくと民衆の嗜好でスラブ民族に根付いてしまう可能性のある欧米型民主主義が本音では一番怖いのです。故に反体制派民主主義者・反汚職活動家で46歳のAlexi Navalny氏を極端に恐れています。あまり報道されていませんが、Navalny氏の裁判がウクライナ紛争中に予定されているのは、まさにそれをメデイアに報道されたくないからです。

実はその公約数(専制主義国家からすると民衆が欧米型民主主義の嗜好を味わって自分の独裁に異議を唱えだして、フェアな選挙をすると自分が落選し、正当性と権力を失う恐怖)は東アジアの台湾問題にもそのまま当てはまる公約数ですね。台湾では当初の国民党専制主義から民主化し、民主主義による平和裏な政権交代が実現しています。中国民族の歴史で初めて民主主義が機能している点は、専制主義国家体制には自分の専制主義正当性への一番の脅威という同様のシナリオですが、このノートではウクライナ問題だけに集中します。

その観点で考えると、ウクライナ紛争の今後がいろいろと見えてきます。

 

5. ロシア侵攻後のウクライナ情勢:憶測

「各地域の今後」

2/25時点での様子を見るに、今後毎日情勢が進展すると思いますが、首都キエフは北部のオボロンスキー地区とイルピン地区からは、チェルノブイリ原発から来たようなスピードではそう簡単には進撃できないと思います。市街地で森も多くウクライナ軍が待ち伏せしやすいからです。ドニプロ川西岸沿いの高速道路は最後の長い登坂が絶好の待ち伏せ地形であることが素人の当方にもわかりますのでそちらは来ないでしょう。距離は長くなりますがベラルーシ国境からドニプロ川東岸経由でキエフに来ると最後は長い橋を超えないとキエフ中心部に来れないので、これら橋をウクライナ側が自ら爆破又は迫撃砲を設置するとドニプロ川東岸経由の侵攻はかなり遅れると思います。ドニプロ川西岸は丘のように高地で且つ木々の多い公園が多いから事前に焦点を橋に合わせて対戦車砲でも迫撃砲でも設置できます。
空挺部隊を投入して政府要人を逮捕・確保し、暫定の操り人形のような親ロシア派のウクライナ人を据えるというのがプーチン氏の発想でしょうが、その鍵となるのはキエフ近隣空港でロシアの自由になる空港があることです。2/25時点ではキエフ北西部にある物流向けのアントノフ国際空港はロシア軍空挺部隊が占領し、それをウクライナ軍が再奪取したという話がありますが、そのような取り合いがしばらくは続くと思います。ウクライナ側が数週間も持ちこたえれば「ウクライナ側善戦だという評価=ロシア軍は想定以上に苦戦」という評価になるはずです。帝政ロシア支配下にはいる前から、数々の占領王国、リトアニアやポーランドの徴税者が来ると広く肥沃な国土を駆け回り逃げたり逆に不意に襲ったりして勇名を馳せた歴史のあるコサック武装自由農奴の子孫達です。

東部のカーキブ市は比較的に周囲が平坦で且つ、ロシア国境から40キロ程度なので市街入り口までは来れますが、街中は市街戦を避けることは困難なので、ロシア側が市民と自軍の死傷者急増を決断できるのかだと思います。かつてのルワンダやカンボジアのような時代と異なり、今やすべての市民がスマホを保有しており、インターネット回線が早い国で、虐殺行為は即世界中に配信される時代なため、いくらロシア国営放送が自国民向け情報を管理・鎮圧しても各種SNS経由でロシア軍の行為は全世界に転送されるため、戦争犯罪の証拠が積み上がり易いという21世紀の環境で市街戦を敢えて開始するのかは不明です。今までの透明性の全くないアフガニスタン侵攻やチェチェン紛争のように地元住民は容赦なく爆死させるような攻撃は全てウクライナ現地住民のスマホに記録され、世界の良識ある反戦支持者により拡散される環境で今まで通りの横暴は全て戦争犯罪の証拠として記録され拡散される訳です。

ウクライナ南部・黒海沿岸は前述したクリミア半島からの東回廊だけでなく、もっと大胆な野望である、ウクライナ国境を越えて隣国モルドバ東部まで制圧する西回廊の可能性を試した点、驚きです。オデッサは昔から反骨精神旺盛な気風があり、市街を避けて北進迂回する手はあるものの、ウクライナ側に経済的打撃を加えるには貿易港オデッサに進駐する必要はあります。帝政ロシア時代に創られたオデッサ旧市街は道があまり広くなく建物も多く、カーキブ以上に市街戦の被害者はウクライナ市民とロシア軍側に発生すると思います。あと、自分で自動車運転しているのでわかるのですが、Kherson からオデッサへの道のりは途中に川と橋が多いので、2/25日にKherson市に侵入する前の橋でウクライナ軍に撃退されたように橋の通過は通常の道よりも手間がかかると思います。それでオデッサ近隣の水陸両用車による歩兵上陸をすると、オデッサ鎮圧はそう簡単にはいかないと思います。車を運転しても一方通行の狭い道や抜け道があるのでゲリラ戦のような状況になると現地住民とロシア歩兵や戦車・装甲車乗員の死傷者が多く出ると思います。

「ロシア側の憶測とウクライナ側の対応選択肢」

プーチン氏は上記の市街戦によるロシア軍の死傷者増加は避けたいとおもっているはずです。するとはったりを利かせて一番良い所で「自分の条件を飲めば停戦してやるが、拒否すると侵攻継続するぞ」という態度に出ると思います。実はロシア軍の死傷者が出ると戦闘継続が難しくなるというのは旧ソ連時代のアフガニスタン侵攻で経験しているのですが、今はSNSとスマホの時代なので当時とは比較にならないほどに戦死者の両親、特にスラブ文化だと戦死した兵士の母親の嘆きが強烈な社会圧力に繋がります。若者や文化人の反戦主義者は「米国の手先だ」と逮捕でも拘留でも出来ますが、戦死した兵士の母親にはスラブ文化慣習では心情的に逮捕等の手荒い扱いは出来ないので、それがスラブ人以外の我々が想像する以上に撤兵への社会的圧力になります。

プーチン氏側が言いそうなのは「現大統領は戦犯として逮捕、ロシア国内法で裁くが、侵略は止めてやろう。自分が選ぶ親ロシア派大統領が即引き継き、NATOには永遠に参加禁止、EU加盟も禁止し、ロシアの自治区として俺が安全保障してやる」というよな内容でしょう。即時停戦という餌に現ウクライナ大統領が釣られる可能性は少ないと思います。それは過去30年で試行錯誤しながら、欧米型民主主義で自国の運命を自分で決められる有難さが昔からの国民気風(コサック:武装自由農奴気風)にマッチして過半数の国民の嗜好が大きくそちらに動いたからです。

失敗であった旧ソ連制度にかわる魅力ある統治体制や文化をロシアが生み出してウクライナをそれで魅了すればよかったのですが、ロシアはソ連崩壊後、欧米型民主主義にかわる価値観や制度を提示出来なかったが故にウクライナ等旧ソ連諸国や東欧諸国の自由な民意を失った訳で、それを軍事力で奪い取って言う事を聞かせるという野蛮な18世紀ロシア皇帝の態度には、ウクライナ大統領もウクライナ国民、いや若者と母親を中心とした多くのロシア自国民もなびかないはずです。ロシア国内で反戦デモが起こっているのは皆様ご存じのとおりです。(以下はウクライナ東南部に近いロシアのロストフ市でロシア人にインタビューした画像です。ロシア人の意見を聞くと意外にいろいろな意見があるのが聞こえると思います)。

ウクライナ側としては、プーチン氏側の停戦オファーの内容は聞いても、ロシア軍が撤退しない限りは受諾しないという選択肢となる可能性が高いと思います。すると毎日、駐留ロシア軍の死傷者数がウクライナ人死傷者数とともに上がる、それをウクライナ大統領が自国民側犠牲者増に対する忍耐の必要性を国民に喚起・説得・説明できるかがポイントです。今までの大統領のスピーチを聞いていると戦時で状況劣勢の大統領としては大変に説得力のあるスピーチだと思います。友人知人が多く思い入れの多いウクライナですが、将来的に後悔しない打開案には、大変個人的には悲しいですが、「自国民死傷者は出ても自国防衛のために戦い、駐留ロシア軍の死傷者増加によるロシア国内世論の戦争反対論が撤退への大きな社会的圧力をかけるまで忍耐する」という方法になってしまうかと思います。ちなみに前大統領Petro Poroshenko氏は汚職の嫌疑がかけられていますが、自由な身で、自分も銃を持って首都キエフの防衛をするとCNNに流ちょうな英語でキエフ中心部の街頭から答えています。”We the Ukranian are free people with great European Future” (  「私たちウクライナ人は素晴らしいヨーロッパの未来を持つ自由な人々です」)


6.「世界各国国民がするべき事と世界民主主義国家の集団的決断の誘発方法試案」

国際世論は圧倒的にウクライナを支持していますので、ウクライナの情報戦争の目的は戦争の状況・惨状・犯罪行為を徹底的にSNSで発信する事、日本や欧州米国の一般国民が出来る事はウクライナ人のポストを世界で転送シェアして拡散する事で世論を動かし、最終的には欧米日本G7、NATO加盟国国民が自国政府を突き上げて、一国で圧倒的に劣後する戦力で戦うウクライナにもっと効力のある援助をする集団的な決断をしてもらう事でしょう。

例えばノーフライゾーンをウクライナ全土に設定し、違反する外国籍航空機、ヘリコプター、ミサイル等全ての飛翔物は撃墜するというような内容をNATO加盟国全体で決議し、NATO加盟国領土からそれを実施するというようなかなり踏み込んだ案です。NATO加盟国側のミサイルやドローンがウクライナ上空でロシア軍に迎撃される可能性は想定範囲内ですが、ロシア軍の飛行機やミサイル、ヘリコプターを撃墜する可能性は当然それが目的なのであります。もちろん、NATO加盟国の飛行場から戦闘機を出撃させることも可能ですが、戦死者を防ぐには、ミサイルやドローンが有利です。

さすがのプーチン氏でもNATO領土内の施設を攻撃する事はNATO第5条の「集団防衛」発動で、ロシア軍はウクライナの他に30か国を相手にしなくてはならないリスクは理解する訳です。 NoFlyZone設定は欧米型民主主義国にしては珍しい瀬戸際外交に見えるかもしれませんが、NATOはリビアとシリア上空にNoFlyZoneを設定したことがあります

プーチン氏が怖がるもう一つは、米国軍と戦う事です。旧ソ連時代から米国は畏敬の対象であり、歴史的に見てもロシア帝国、ソ連ともに米国と直接戦闘したことは無いですね。歴史的にロシア帝国軍はペルシャ、スウエーデン王、トルコ系部族や、オスマントルコ等を破った歴史があるので、何故かプーチン氏の意識には「あそこの国はロシア帝国が蹴散らした」という意識があるようです。近隣諸国で唯一警戒している素振りを示しているのは、オスマントルコの後継であるトルコで、前回のノートで述べたように、クリミア戦争でオスマントルコ軍に多大な犠牲を払って負けた汚点・警戒心は、2年前のアゼルバイジャン領土内のアルメニア人居住区ナゴルノカラバク地区を守れずトルコ製の近代兵器を持った旧ソ連構成国であるトルコ系アゼルバイジャンに敗退した件で増幅されているように見えます。

その意味ではロシア帝国も旧ソ連も打ち負かした歴史が無い、米国が直接に紛争に加入する可能性が有るとチラつかせるのは効果的ながらも、はやばやと「米国は戦闘に参加しない」と言い切ってしまったバイデン大統領は一つカードを見せてしまった感じはありますが、これを前言撤回すると凄味はあります。

このレベルの重要な国家戦略を先進民主主義国家が決定するためには、国民世論や各国議会での気運の高まりが必要であり、短期的には我々がウクライナ紛争の画像や写真、記事を拡散する事がより悲惨な状況を防ぐためには必要です。18世紀のロシア帝国主義懐古の皇帝が21世紀に出現したことで不意を取られた欧米日本の民主主義国家国民は21世紀の道具であるSNSで国際世論形成を図るべきで、最も理想的な結果は、ロシア国内での反戦運動がアフガニスタン紛争のように高まり、戦闘継続が出来なくなる事でのロシア軍撤兵です。「限定軍事行動の目的は達成されたので撤退する」程度の負け惜しみは言わせて、逃げ道を作ってあげることが専制国家の独裁者には必要です。

因みに、ソ連のアフガニスタン侵攻はその9年間(1989-1989)でソ連軍兵士14,453名が死亡しています。アフガニスタンムジャヘデイーン(ゲリラ解放軍)側は総死者56,000名と推定されています。2008年のロシアグルジア紛争のロシア軍側死亡者数は67名でしたので、2022年のウクライナ侵攻では既にその10倍程度は最初の3日間で死亡者が出ているようです。インターネットもスマホも無い時代で異文化の地のアフガニスタンと2022年現在の欧州国家では情報量が異なりますので、おそらくロシア軍兵士5千人程度死亡者が出ると、ロシア国内でも専制国家のメデイア統制でも、もう隠しきれない程度の社会的な反戦運動に繋がる情報が国民に伝わると思います。

自分の頭の整理のために書いたメモです。絶対戦力で圧倒的に劣るウクライナ側が欧米民主主義国の直接戦闘援助を得ずにロシア軍に対峙する場合は旧ソ連のアフガニスタン侵攻時のように時間経過とともにロシア軍側に被害が増えて戦死者の肉親(特に母親)からの反戦機運が盛り上がって世論を動かす事がたぶん効果的な方法です。アフガニスタン侵攻時やチェチェン紛争鎮圧時と異なるのは21世紀で多くのウクライナ国民がスマートフォンを保有し、即動画や写真を世界に向けてロシア軍の蛮行をアップロード出来る点。それで国際世論、特に欧米日本等の自由な民主主義国家の国民世論を対ロシア抗議・より腰の入った援助に仕向ける事が必要でしょう。

 7. 付録

最後に、先月を含めたウクライナ現地の様子を添付しておきます。雰囲気を感じて頂ければ幸いです。(本文以上:前回同様、ご自由にシェアでも引用でもご利用ください。)

(1)ガソリンスタンドでの食事

ウクライナ国内をレンタカーで移動する際、食事はガソリンスタンドで取る選択肢があります。最近10年間程度に欧米日本水準のこぎれいなカフェコーナーを併設したガソリンスタンドチェーンが増えており、ホットドッグを注文するとその場で調理し、見本かそれ以上にテンコ盛りのが出てきます。この全て選択したホッとドックの値段は日本円だと400円弱程度。トイレも旧ソ連時代とは比較にならない清潔な施設です。キエフ郊外ボリスポル市にて。(近隣のキエフ・ボリスポル国際空港がロシア軍ミサイル攻撃に合っているそうで、心配です)。2021年12月筆者撮影。

(2)キエフ洞窟教会群(ユネスコ世界遺産)

モスクワが何もない湿地帯だった時に、キエフ公国の首都キエフでは多くの教会が作られて、千年経った今にきちんと残っています。幾多の侵略者から聖職者達はこれら施設を守ってきた歴史があるので、ロシア軍が自分の文化遺産を破壊する事が無いように祈ります。2022年1月筆者撮影。

(3)模型趣味が高じて私設軍事模型博物館を作ったウクライナ人

いろいろ旅していると想定外の場所が出てきます。このウクライナ人は趣味が模型であまりに数が多いので集合住宅の地下室を借りて私設博物館を作ったのだそう。当方が日本人だとわかるとある一角に連れていかれ、第二次世界大戦時の日本軍の全てのゼロ戦のモデルを詳細に(これはエンジンが中島の何々でこっちは三菱のエンジンでxx馬力だ等々)説明してくれました。
2021年11月クレメンチュク市にて筆者撮影。

(4)オデッサのロシア語市内ツアー宣伝看板

旧ソ連時代の有名な映画で出てくるポテムキン階段の横に観光案内所があり、そこの市内ツアーの表示はロシア語です。街の人もロシア語話しているし、右のウクライナ人女性がロシア語でロシア人観光客にツアーの宣伝をしていました。ロシア人から見たオデッサは、敢えて例えるならば、日本人にとっての台北や大連、旧満州新京(現長春)ツアーのような物だろうかと推察します。「皆様のご先祖のロシア皇帝エカテリーナ大帝が創設した街なのです」、というような感じでしょうか。しかし「3世紀前にロシア皇帝が領有していたから、俺に今返してもらう」と戦車を侵入させるという皇帝が21世紀に出てきたら相当異常な発想だというのが、普通はわかると思います。本文に行ったようにプーチン氏の建前の理由(ロシア皇帝時代の領土獲得)よりも、本音の部分である「自分の近隣諸国国民に欧米型民主主義が根付く恐怖」を理解すると今後の戦略に役立つと思います。
オデッサにて2021年11月筆者撮影。

(5)オデッサ市内で日本製中古作業車が第二の人生

オデッサ旧市街地を歩いていると漢字の記載がある作業車が。中国語かと一瞬思いましたが、よく見ると全部読める。確かにこの会社のこの営業所は存在するようです。おそらく日本で活躍した期間の2~3倍はオデッサで活躍すると思います。2021年11月オデッサにて、筆者撮影。

(6)キエフ中心部の夏の様子

夏のキエフ中心部の様子。市民が寛ぐ憩いの場所、独立広場とクレシャテイック通り。週末は歩行者天国になる。2014年に親ロシア派大統領がEUへの加盟を突如否定する決断を下したのに抗議で集まった市民を力で鎮圧しようとし、130名が死亡した流血の惨事になったユーロマイダン革命とも呼ばれる尊厳革命の舞台となった広場の一角。親ロシア派Viktor Yanukovych 大統領はその後ロシアに逃亡したが、逃亡後豪勢な宮殿や個人用の各種施設を残していった事で多額の国家資金を流用していたことが判明。その後の選挙で欧米民主主義派のPetro Poroshenko大統領が当選し、ウクライナの民意として欧州国家を指向する方向性が確定。ロシアのプーチン大統領は親ロシア派大統領が欧米型民主主義を指向する民意圧力に屈してロシアに逃亡したのが気に入らず、ドンバス地域の民兵を支援しクリミア半島を非合法に占領したのはその直後。2018年夏筆者撮影。

(7) Kherson 市中心部「自由広場」(3月2日に追加)

当方が数か月住んでいたケルソン州のケルソン市の中心部にある「自由広場」。冬は大きなクリスマスツリーが設置され、市民の憩いの場。クリスマスツリーの左側にウクライナ国旗がある台座は当方が初めて往訪した1996年にはまだ旧ソ連時代からの巨大なレーニン像が立っていた。下にもう一枚。そう娯楽が多い街ではないので、家族連れがクリスマスツリーの前で記念写真を撮るために集まる場所。2015年1月1日筆者撮影
ケルソン市中央にある自由広場。2015年1月1日筆者撮影。この二つの写真を見た後で、今日3月2日にまさに同じ場所で撮影された映像が下のリンク。ロシア軍戦車と装甲車、歩兵にこの広場が占領されているのが確認出来る一方、一人のウクライナ住民が没収されたウクライナ国旗を奪い取り広場を歩く様子。これは当方良く知っている場所でこの周囲にはパソコンショップやカフェがある場所で数えきれない程歩いた場所。本物だと判断可能(最後数秒で同じアングルに)。何故にここまでロシア軍が人口28万人程度の静かなケルソン市の制圧にこだわるのかは本文に記載した通り。




 


 

 

 

 

 

大変恐縮でございます。拙文、宜しくご笑納頂ければ幸甚です。原 忠之(はらただゆき)