泣いた赤鬼

節分によせて

「天照大御神様にあげま~す」
「天照皇大神宮にあげま~す」
「歳徳神様にもあげま~す」

「日本全国の神様にあげま~す」

おには~そと、おには~そと、ふくは~うち、ふくは~うち・・・・


もうすぐ豆まきの日がやってきますね
ここ数年では「節分」もイベント化しているように思われます。子どもの頃には知らなかった「恵方巻」というものがあり、お正月が過ぎるとどこも「恵方巻」ののぼりで賑わってます

豆まきというと、どうしても父を思い出します

豆まきの日は、いわしを焼いてその頭を割り箸(本当は豆の枝)の先にさして、玄関や勝手口、倉庫など、開く場所、入り口という入り口に飾ります。我が家は昔造りの家で窓も多かったので、いわしも実に20匹を要する始末。節分の夜は家中魚臭くなってました

父親の帰りを待って、神棚にはお酒と落花生の入った一生升をあげておきます

家族が全員揃わない前に「豆まき」をすると、あとから帰った家族が「鬼」になると言われていましたので、豆まきは家族全員がそろってから行われます。実際に鬼になった人は見たことはありませんが、きっとなにか良からぬことが訪れるのでしょう

父が帰ると、夕飯を食べる前に家中の窓を開け放って家族全員で神棚の前に立ちます。そして、父が文言を唱えてから豆まきが始まります。豆をまくのは一家の主、またはその年の生まれ年の者、厄年の者とされていますが、一度くらい「豆まき」をしたかなぁ?くらいの記憶

父親が神棚に向かって大声をあげるのを見て、人前が苦手だったわたしは、毎年「恥ずかしくないのかな」なんて思ってました。まぁ家族の前ですし、そんなことないとは思いますが、家中の窓を開け放ってますので、当然外に漏れ聞こえます。それがわたしには「恥ずかしくないのかな」ポイントでした
神棚の前を離れ、大声で「鬼は外」といいながら窓という窓から外に豆をまき、わたしと妹はただ父について歩く、変な行列。最後に玄関で豆をまくころには、他の家の「鬼は外~」が聞こえてくるので、あぁうちだけじゃないんだ…という安心感もありました

ひと通り家の中を回り窓を閉めた後、今度は玄関から逆回りに「福は内」を言って回り、その時わたしたちは豆を拾いながらあとをついて回るのです。さすがにトイレに巻いた豆は食べれないので、トイレとお風呂場の豆は拾わなかったか、まく振りだけだったのか定かではありませんが、そんな感じで豆まきが終わります
豆まきのあと夕飯を食べ、夕飯のあと年の数+1個の豆を食べたように記憶しています。それぞれの家、それぞれの土地でのやり方があるのでしょうが、我が家はそんな感じでした

豆まき、幼稚園の頃がいちばん鮮明でしょうか? 小学校の低学年くらいまでは、学校で鬼の面を作って豆まきをしていたように思います。毛糸を持って行ってもじゃもじゃの髪を作ったり、紙袋に目の穴をあけたり…そうそう紙袋、かぶるとちょっと気分が悪くなったことを思い出しました
でも今思うと不思議ですね。「鬼は外」って、鬼を追い出す豆まきなのに、なんだか世間は「鬼」がメインのようにも思えます。なぜ「福の神」の面をかぶって豆まきをしないのでしょう? どうせなら「福の神」のなにかをかたどりおうちに飾ったりしたほうが良かったのではないでしょうか。 しかも鬼の髪、もじゃもじゃって…なぜ鬼の髪はもじゃもじゃだと思っていたんだろう? そう考えると不思議がいっぱいですね、節分

渡辺さんちが豆まきをしなくていいと知ったのは高校生くらいの時でしょうか? 友人の中にはたくさん「わたなべさん」がいて、豆まきをしたことがない…という人もいました。よくよく調べてみると、渡辺さんちだけでなく坂田さんちも豆まきをしなくていいようです。このふたりは「鬼退治」をした人なので、そういうことなのでしょう

子どもが小さい頃はわたしも家で豆まきをしていましたが、最近はまったくやっていません。ここ数年は恵方巻を無言で、ひたすら食べるだけに終わっていますが、なぜ今、こんな話を…というと、わたし「歳女」なんです。だから、ちょっとビビッて「やった方がいいのかな?」と思ったからなんです
そこまで迷信深いわけでもないのですが、なんとなく、です(笑)


節分が近くなると、父を思い出す。それは神棚の前で大声をあげる父を見上げていた幼い頃の自分に戻るから

お父さん、なんて言ってた?

わたしは他の神様の名前は記憶になかったのですが「とっとくじんさま」という言葉だけを覚えており、どうやら正しくは歳徳神(としとくじん)様だったようです。この歳徳神様とは、その年の福徳を司る神様ということで、この神様がいる方角が恵方のようです。初詣はその年の恵方の方角にある神社に参りに行く…という風習もあったようで、恵方とは節分だけでなく年が変わった時点から重要視されているのだと知りました。無知ですねぇ
とっとくじん…と覚えていたのと同時、なんとなく神様ってみんな男のひとだと思い込んでいたのですが、天照大御神にしても、歳徳神にしてもどちらも女性のようでびっくりしました

今ではなんでもイベント視されていますが、こういう厳かな行事はこんな調子で大丈夫なんでしょうかね? わたしもイベントが嫌いではないのでなんとも言いようがないのですが、昔々はそれこそ仰々しく祭って、お祝いやらお供えやらをしていたでしょうに、そういう伝統行事が本来の意味をなさず、ハロウィーンやクリスマスなんかを考えますと、形や祭りだけが先行していて、なんだか罰当たりな気もします
だからといって、どうしたらいいのかもわからないんですけどね。みなさんはどうお考えでしょうか? また、どんな節分を行っていましたでしょう。ちょっと振り返るのもいいかもしれません






まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します