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コンパ王の真剣勝負 : 俺のやってた居酒屋の話(第2回)

俺がかつて20代のころやってた居酒屋は池袋の端っこ、静かな住宅街と歓楽街の狭間の雑居ビルの地下1階に、ひっそりと佇んでいた。店の中はいつも活気に満ちていて、人々の笑顔と話し声が空間を満たしていた。ここでは、若者から年配者まで、いろんな人間がが集まってきて、それぞれの時間を楽しんでいた。それがこの店の魅力で、そのエネルギーは今も俺の中に生きているんだ。

ある週末の深夜0時過ぎ、一日の終わりに店のシャッターを閉めると、まるでタイミングを見計らったかのように彼は現れた。彼の名前は加藤吉彦。福島から大学進学のために上京してきた大学1年生。

吉彦は毎週末になるとうちの居酒屋で飲んでは、麻雀に行ったり、カラオケに行ったり、夜の町へ出かけたり、遊び周っていた。大学生活ってやつなんだろうか。俺には無縁で、なんでそんなにチャラチャラ遊べるのかわからなかった。ただ吉彦はその全てを楽しんだ上で、大学での成績は常にトップクラス。話も上手だし、いつも違う女の子を連れてきていた。本気の凄腕遊び人。

その日は飲みの誘いだった。なんだか知らないけど俺によくなついてくれるやつで、店仕舞いして帰宅する間際を狙われることが度々あった。でもこの日はいつもとちょっと様子が違った。

気持ち悪くモジモジしている感じもあったし、口調がいつものように軽快ではなく、役人のように丁寧だった。ついでに、いつもの大学仲間の姿はなく、後ろに見覚えのあるスタイル抜群の美女が1人。

そういうことか。

聞くと彼女は吉彦と同じ福島出身で、二つほど年上。背の高い吉彦と一緒にいるとまるでカップルモデルみたいだった。どうやら、うちの店で毎週のように繰り広げていたコンパの一つで仲良くなっていたらしい。その時の俺は彼女との約束を取り付けるための口実だった。

飲みにいくと、吉彦の本気はすぐ伝わった。大学仲間とバカ騒ぎしているときのアイツじゃなかった。凄腕の大学生活エンジョイ男の膨大なエネルギーが、全て彼女に向いていたんだ。

その時の吉彦は誠実そのもの。芸人のオリエンタルラジオの良いところを全部1人で表現してる感じ。俺たち3人は、池袋の街がまた明るくなるまで時間を忘れて飲み明かした。

必要だったか今でもわからないが、俺の仲介の甲斐もあって、2人はすぐ付き合うようになった。俺もその頃出会ったばかりの今の奥さんと、よく一緒に4人で遊んだりしていた。吉彦と彼女がうちの店で過ごす姿を見ていると、何だか自分たちも幸せになれるような気がしてたんだよな。

大学卒業後、吉彦と彼女は一緒に地元の福島に帰っていった。彼は地元で一番大きなスーパーに就職し、それから数年後には彼女との間に子供が生まれた。プレイボーイらしく結婚の知らせは前後しちゃってたけど、うちの店でも祝杯を上げたよ。

出会いがあったり、別れがあったり、笑いがあったり、涙があったり。誰かの人生の一部が俺のやってた居酒屋を形作ってくれていた。なんか凄いよな。こういうのを財産って言っちゃう感じの年齢になったのも、ほんと感慨深い。


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