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消えた夢追いギタリストの夜歌 : 俺のやってた居酒屋の話(第1回)

東京、池袋。俺のやってた居酒屋は中心地から程遠い、ビックリガードの交差点の向こうにあった。酒の匂いと笑い声、たまに溢れる涙と、そんなもんを一緒に混ぜて出す居酒屋だった。そこで働いてた連中は俺が全員面接した最高に面白い奴ら。彼らの人生は全員が主役級。

突然、なんの予告もなく始まった連載だが、俺はこれから一人残らずこいつらを紹介していくつもり。店の場所が池袋だったし、お気に入りのトラブルシューターの語り口調を少し拝借する。せっかくの縁だし、多分あいつはこんなこと相手にもしないよな。

最初に紹介するのはゴリゴリの夢追いギタリスト、重田丈一。ジョーイチは25歳くらい、店の面接の時にはすでにシンガーソングライターとしてメジャーデビューしていた。

事務所に入り、当時としては珍しくYouTubeに自分のチャンネルを作り、デビュー曲のMVを公開していた。デビュー曲はジョーイチの性格と同じくらい清々しくて、ポップで、一度見たら忘れられないギターの上手さと、可愛い笑顔が印象的だった。

ジョーイチは元気で、何をしても全力だった。普段は厨房で、料理を作ったり、皿洗いをしたり。たまにカウンターにも出て、酔っ払った常連客と話をしたりもしてた。

付き合いもよくて、よく一緒に飲みに行ったり、カラオケにも行った。ジョーイチの歌は泣けるほどうまくて、なんでも歌えた。その声が部屋に響き渡った瞬間、ちっぽけなボックスが一瞬でコンサートホールに早変わりする。

ジョーイチは超一級のギタリストだった上に、デタラメに清々しいYouTubeのMVをそのまま再現できる歌声も持っていたんだ。だから、いつもカラオケの主役はジョーイチ1人。他の男どもは出番がなくなるんだけど、それはまた別の話。

ただ、ジョーイチにはその笑顔からは想像もできないほど、プライドが高い一面があった。酔っ払うと、自分以外の才能は認めていないようなことも、しばしば口にしていた。

なんか、勿体無いよな、といつも感じてた。

お金のもらえないライブ活動と、バイトの両立に悩んでいた彼は、2曲目のヒットが出ないことでも苦しみ、1年経った頃にバイトを辞めてしまった。それが正解だったのかどうかは分からない。でも、俺は頑張ってバイトを続けるべきだと思ってたし、引き止めてもいた。だって、音楽は確かに彼の人生だけど、生活もまたそうだよな。

あれからジョーイチの名前を聞くことはない。だけど、14年も前にアップロードされたジョーイチのデビュー曲は、今でもYouTubeに残ってるし、カラオケボックスのコンサートだって、ジョーイチは満面の可愛い笑顔で、今でも俺の頭の中で歌っている。

俺がやってた居酒屋には、ジョーイチみたいに夢の途中で会えなくなってしまったやつがたくさんいる。この連載はただの回顧録ではなく、誰かの応援がしたくて、始めることにしたんだ。目的地は通過点だし、何かの出発点でもあるってことも忘れないようにね。

これを読んでいるあんたには夢があるかい?もし、あんたの夢が全然叶わなくたって悲観することなんかない。気が済むまで行動し続けりゃいい。

なぜなら、あんたの行動を見てる俺みたいな変なやつが、どこかにいるからな。いつか何かで繋がった時に、誰かの何かになるかもしれないなんて、最高じゃないか。


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