「直観」の仕組み

だれでも一度くらいは経験したことがあるのではないかと思うのだが、「直観」と呼ばれる突然の認識が生じることがある。「直観」は、ある物事について、それまでとくに考えてみたことさえなかったのに、あるとき「ああ!これは××だ」と突然分かってしまう。無条件に、ときに強い確信を持って理解できてしまう認識現象だ。この直観的認識の経験は、なんの前触れもなく、理由も分からないまま突然生じるので、一種神秘的な霊感とか、第六感とか洞察とか天啓とか閃きといったものとして感じられたりもするのだが、一体どのような仕組みによって生じるのだろうか。

国語辞典によると、直観とは「推理によらず瞬間的(直覚的)に物事の本質をとらえること。直接に知り、また、判断すること」とある。

こうした一種不可思議にも見える直観の基礎には、じつは身体の神経生理的な仕組みが働いているのだと、コンラート・ローレンツは指摘している。彼によれば、それは意識的な思考以前の、身体の生理的レベルで働く無意識的な認識なのだという。それにもかかわらず、その認識は、まるで意識レベルの思考にも似て合理的に働くものなので、彼はそれを「擬合理的な働き」とか「無意識的な推理」と呼んでいる。

「《直観》というものは、くわしく研究してみればゲシュタルト知覚というひとつの特殊な機能であることが証明される。ーー直観というものはけっして驚異ではなく、むしろ、帰納と機能的に相似の方法によって具体的な個別データからその中にある法則性を推論するという、人間の知覚装置のごく自然な生理的機能である」(ローレンツ)

ローレンツによれば、こうした直観的認識は「ゲシュタルト知覚」の働きによるものだという。以前、テレビ番組などで何度か紹介されたことがある「アハ!体験」(ああ!そうだ体験)とも呼ばれるものがゲシュタルト知覚の働きだ。この突発的認識には、かなり強い知的ショックや、「間違いない!」という確信感といった情緒的反応を伴うこともある。

ゲシュタルト知覚の例としては、たとえば次のようなものがある。
たとえば、音楽のあるメロディーは、低音で演奏しても高音で演奏しても、いろいろと音色の違う楽器で速さを変えて演奏しても、無条件に同じメロディーだとわかる。あるいは、犬にはチワワ、プードル、シェパード、ブルドッグ、チン・・・などなど、大きさも形も色も様々に異なる犬種があるが、幼い子供でさえ、一目見ただけでそれらが「わんわん」という同じ動物であることが直観的に分かってしまうのである。とくに考えてみるまでもなく、無条件に分かってしまう、理解できてしまう。それがゲシュタルト知覚の働きだ。

このゲシュタルト知覚が高度なレベルになったものに、「臨床の知」と呼ばれる働きがある。たとえば、長年いろいろな患者を診続けてきて経験をつんだ臨床医が、ちょっと特殊な症例の患者に当たった際に、最初は首をひねるような状態なのに、何度か診察をしたあと突然「ああ、これは××だ」と分かってしまう。そのようないわゆる「専門家の勘」と呼ばれるものも、みなゲシュタルト知覚の働きだと考えられる。

このようにゲシュタルト知覚は、意識的な思考以前の段階で働くので、いかにも神秘的な霊感でもあるかのように感じられる。しかも、中枢神経系で働く機能なだけに、いわゆる「自己省察」が届かないレベルでの認識であり、自分でもなぜ分かったのかよくわからず、人から尋ねられてもうまく理由を説明することができない。それだけに、ゲシュタルト知覚による認識は、他人からは疑わしく思われてしまう認識なのだが、本人には「間違いない!」という確信を伴って感じられるのである。

ローレンツは次のように言う。
「人間の知覚装置の不思議な働きは、まさに(感覚器官の)計算メカニズムの援けをかりて、(外界の)無数の条件に左右されずに、物体の再確認を行うところにある。視覚的領域においてはそのような計算は、すでに網膜で始まっていることがはっきりしている」
「(視覚においては)色彩恒常性やカエルの網膜の働きについての事実が示しているように、偶然的なものを度外視し、本質的なものを抽象するといっても過言でないその転換的働きは、およそ知覚一般の基礎となる働きであり、客観化の基礎である。その際に抽象されるのは、常に変わることなく(外界の知覚)対象に固着している諸特性である」

ゲシュタルト知覚というものは、混沌とした情報の洪水のような世界の中から、無意味で乱雑な情報をより分けて、つねに変化することのない本質的な情報を抽出して意識の上に浮かび上がらせるように働くのである。

ちなみに、ローレンツによれば、ゲシュタルト知覚は精神的・身体的にリラックスした状態にあるときに働くことが多いのだという。詳しくは別の機会に譲るが、哲学者のデカルトも、若いときに同様な経験をしたことを次のように記している。

「私は終日炉部屋にただひとり閉じこもり、このうえなくくつろいで考えごとにふけった」のである。その結果彼は「1619年11月10日、霊感にみたされて、驚くべき学問の基礎を見いだした」。この霊感的な体験をきっかけにして彼は、その後の自身の人生を新たな学問を自ら作り出してゆく仕事に捧げることを決意したのである。

心身ともにくつろいだ状態にあるときに突然生まれるアイデアは、案外有望なものなのかもしれないから、メモなど記録を残しておくのがよい。

(参考文献)
・デカルト「世界の名著22デカルト」野田又夫ほか訳、中央公論社
・K・ローレンツ「動物行動学Ⅱ」丘直通・日高敏隆訳、思索社
・K・ローレンツ「自然界と人間の運命 PARTⅠ :進化論と行動学をめぐって」谷口茂訳、思索社
・K・ローレンツ「鏡の背面:人間認識の自然誌的考察」谷口茂訳、思索社

♯直観 ♯臨床の知 ♯ゲシュタルト知覚 ♯勘


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