ジャーナリズムの危機を救うカギがウェブメディアにあった


今ジャーナリズムは、
大変な危機を迎えている。
ノンフィクション作品を発表する
主な場であった月刊誌は、
どんどん廃刊になった。
出版社は取材費を大幅削減、
原稿料は、
僕が40代の頃から、
まったく上がっていない。

これでは良質なノンフィクション作品が、
生まれづらい。
一方でスキャンダル記事ばかりが、
巷をにぎわせているのだ。
そんな状況に立ち向かう、
瀬尾傑という人物がいる。

瀬尾さんは、
僕の連載の担当をしてくれていた
元講談社の編集者だ。
同社を退社し、
現在ウェブメディア「スローニュース」の代表を務める。
先日の「田原カフェ」に登場いただき、
ジャーナリズムについて
徹底的に議論した。

「なんで講談社辞めたの?」
僕はずばり聞いた。
「ノンフィクションをなんとかしたいと思った。
『調査報道』こそが大事なのに、
お金も時間がかかるから、
どんどんできなくなっている」
また、かつては作家やジャーナリストに、
アシスタント、取材助手をつけて雇い、
それが若手育成の場になっていた。
ところがそんな経費も出なくなってしまった。
「若手を育てるのが難しくなった、
だったらデジタルで育てよう」。

そして立ち上げたのが、
スローニュース株式会社。
大きな出版社でできなくなった「調査報道」、
そしてジャーナリストの育成を、
ネットメディアとしてやろうとしたのだ。
ネットのほうが資金がないように思えるが、
サブスクリプションで、
読者から広く課金し、
取材費や原稿料をねん出できているのだという。
読者は作品を読む楽しみと同時に、
作家を育てる喜びを得るのだ。

その成果が、
「スローニュース」で連載をした、
『黒い海 船は突然、深海へ消えた』という作品だ。
今年の大宅壮一ノンフィクション賞、
講談社本田靖春ノンフィクション賞、
2つの大きな賞を受けた。
ネットメディア発作品としての受賞は初、
これは出版界の快挙である。
『黒い海 船は突然、深海へ消えた』のテーマは、
漁船の沈没事故。
決して派手な題材ではない、
作者は新人の伊澤理江さん。
1年間かけた取材活動が、
実を結んだのだ。

瀬尾さんは、
「この作品には徹底的に
お金も時間もかけている。
ネットの中の情報は
いいかげんなどと言うが、
そんなことはない。
それはいいかげんな作り方をしているから。
きちんと取材すれば、
雑誌とか新聞よりもある意味いいものができる」
と言い切る。

瀬尾さんのすごいところは、
ノンフィクションを大事にしつつ、
しかし「紙」にこだわらなかったことだろう。
講談社時代には、
webマガジンである「現代ビジネス」も立ち上げている。
大切なのは、媒体ではなく中身であり、
真実を報道していくことなのだという、
当たり前なのだが、
忘れがちなことを証明してくれた。

瀬尾さんは自分を、
根っからの「編集者」だと言い切る。
「自分自身は作家でもジャーナリストでもない、
クリエーターではないが、
誰かと誰かを結び付けて、
新しい価値を生み出す」ことに、
喜びを覚えるらしい。

実は僕もだいぶ瀬尾さんに、
「結び付けて」いただいた。
ツイッター(現X)もFacebookも、
瀬尾さんのおぜん立てで始めた。
また、堀潤さんも、津田大介さん、
古市憲寿さんら、
若いおもしろい人たちも紹介してくれた。
あまり明るく見えなかった
ジャーナリズムの世界だが、
角度を変えれば可能性は広がっている。
これからも、
瀬尾さんの見せてくれる世界が楽しみだ。