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人の痛みに寄り添う

自分が経験したことがことは、どこまでいっても想像でしかありません。相手の痛みを理解すると言ってもその痛みをリアルに感じていなければ、同じ気持ちになることは相当な努力が必要になります。

例えば骨折をした経験がない時に、骨折の痛さや不便さを理解しようというのはなかなかできません。骨折しなくてもギブス体験やテーピングで固定してみることで、不便さは疑似体験できても、本当の痛みまでは実感しきれないものです。年齢を重ね、さまざま体験や経験をすることで他者の痛みをわかるようにはなってくることもあります。ただ、私は男性ですが生理や出産の痛みはどこまでいっても実感できることはできないと思っています。だからこそ理解しようと努力をしたり、寄り添ってみてよく話を聞くなど関心を持って接することをしています。無関心になったり、知ってるつもりになることが最も良くないと考えています。

この程度の痛みじゃないのかとか、他で聞いたからわかってるという思い込みを持っているとそれは自分のものの見方でしかありません。先日あるテレビ番組で歌手の矢沢永吉さんが35億円の詐欺被害にあったエピソードについて、ご本人がお話しされていました。壮絶な思いだったことは言葉のひとつひとつから伝わってきますが、自分が35億円もの詐欺にあったことがないので、その時の心や体の痛みまでリアルに感じることはできません。あくまでも情報の一つになってしまいます。矢沢さんの例はとても極端なものかもしれませんが、身近で苦しんでいる人、辛い思いをしてる人がいた時に、その痛みをわかろうと寄り添い共感するのか、客観的に大変そうだなと同情するのかでは全く違います。

小学生の頃とかに人の痛みがわかる人になってください、と先生が言っていたことを覚えています。そもそもその当時は人の痛みの意味すらわかりませんでした。少し大人になってきて、辛いことや困難も多少は体験をしています。それでも分かった気になるのではなく、相手に寄り添うことがとても大切なことであると感じています。この繰り返しが人としての成長担っていくのだと思います。

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