見出し画像

衣果戦闘


どうも。

サカナクションの大ファン、
木曜日担当の、そーかいです。

※ ファンクラブのステイタスは「水面」
  「浅瀬」「中層」「深海」への道のりは続く。


2016~2019年、
SPACE SHOWER TVの人気番組
「サカナクションのNFパンチ」は、
 “音楽と音楽にまつわる
   新しい世界へいざなう番組”

番組の中の1つのコーナー『NF将棋』は、
人間味と邪念が混じった面白い企画でした。

(田中監督・吉田ユニさんの回。渋い。)

ファッションスナップから その人物の
好きなミュージシャンを当てる室内遊戯
先に3スナップ正解したものを勝者とする


この企画が物語っているように、「衣服」は
人間性を印象付けるラベルに置き換えられます。


色味
襟の有無
サイズ感
ジャンル
着る頻度 etc…
さまざまな要素を捉まえた結果、
「この人、○○っぽそうだな」に繋がります。


余談ですが、ぼくは初対面の人を
「○○なタイプかな?」と
カテゴライズしてしまう癖があり、
その判断基準に「衣服」は欠かせません。

そして、今までに出会ってきたタイプに
当てはめることが出来ない人や
判断に困ったときは、
靴とソックスを見ます。


そうすると、なんとなく、
人となりが分かった、気になります。
(この癖は、自分の長所かつ短所です)



また、世俗的には
「衣服」=「ファッション・おしゃれ」です。

ファッションとは、
ある時点において広く行われている
スタイルや風習のことである。
特に、人々の間で流行している服装を指すが、
装いに関係する装身具、
美容(理容、髪型、化粧)、
香水などもファッションの範疇である。
さらに広義には音楽などの文化や
ライフスタイルまでをも包括しうる。
「ファッショナブル」や「おしゃれ」
といった表現は、ある人や物が最新の、
もしくは最新ではなくとも
評判の良い様式に沿っているか否かを
指し示すのに用いられる。



アンニュイな服が好きなぼくは、
「おしゃれな人」=「自信がある人」
という自論を持っています。


おしゃれな人は何を着てもおしゃれ。
ダサい人は何を着てもダサい。

イケメンは何を着てもイケメン。
ブチャイクは何を着てもブチャイク。


つまり、


「おしゃれ」は
「衣服」で判断されるのではなく、
「ひと」で判断されるのです。

自分に自信がある人は、
自信が生まれた過程が必ず存在します。
根拠なき自信も、これまで
生きてきた過程があるから湧き上がるもの。


「おしゃれ」になるためには自信を持つこと。

その考えから、
ぼくは今もダサいままで生きています。


自信を培う過程にあたり、重要な時期。

それは、学生時代です。


では、なぜ学校では
「制服」を着るのでしょうか。


ぼくは私立の小学校に通っていたため、
白シャツ
黒いショートパンツ
白いソックス
を、毎日、着ていました。

中・高も、毎日、制服でした。

中高一貫の我が母校には、
「セーター・ベストを着るときは、
 学ランを羽織ること」というルールがあり、

『桐島、部活やめるってよ』の
東出昌大に憧れ、
黒のセーターのまま授業を受けていた
ぼくは、何度も怒られました。


「制服」の起源は
明治維新後の西洋化に伴ったものであり、
これまでにも 必要 or 不要の
議論が繰り返されています。

必要派の意見としては、
このようなものが出ています。


・統一感、協調性が育まれる
・身だしなみを整える習慣付け
・私服では生活水準の差が出る


お察しの通り、
この議論に正解はありません。


ただ、正解がない議論の終わり方は
「過去の踏襲がベスト」ではなく、
「時代に即した変化を纏う」ことです。


「多様性を」と強く叫ばれる時代に
人間性を印象付けるラベルである「衣服」は、
どのような変化を纏っていくのでしょう。



制服はもう捨てた僕は行く、行くんだ
悲しみの終着点は歓びへの執着さ
藍色の空が青になる
その時がきたら、いつか、いつか

 by サカナクション from 『目が明く藍色』



服を脱がずとも、
はだかの付き合いがしたいものです。



文:そーかい



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?