団地の遊び ツナサンドと別れ話

ツナサンドと別れ話

 駅前の喫茶店にいた。友達のお姉さんと一緒だった。寺島君(仮名)の大学生の姉さんである。
 寺島君というのは、自分が初めて友達という言葉で友達を意識した、最初の奴で、小学一年からの知り合いである。
 コイツのことを考えると、何か優しい気持ちになる。子供時代の、初めての友達、何か特別な感覚を持つ奴といえた。今でもそういう気持ちがある。
 その親愛なる友の寺島君の、歳の離れた姉さんと、なんで喫茶店にいたのか、全く思い出せないが、ともかく、駅前のゴチャゴチャした所にある店で、自分と二人でいた。
 オレンジジュースと、ここのはおいしいと言うツナサンドを食べていた。姉さんは紅茶を飲んでいた。
 ちょっと電話してくる、そう言って姉さんは、席を立った。
 自分は一人で、生まれて初めて食べるツナサンドのうまさに感動していた。多分、小二の時である。
 ひと息ついた。ふと窓のほうを見ると、男女が座っていた。カップルというやつだろうーーー当時はアベックと言った。
 二人は小さな声で話している。まるで聞こえない。
 窓の向こうは、商店街という程、規模は大きくないが、一応店舗の並んだ通りで、それなりに人が歩いていた。
 自分は、アベック(カップル)を見るともなしに見る。決して、楽しそうな会話には見えなかった。真剣な話をしてるように映る。
 女の方は、時々うつむき、悲しげな表情を浮かべる。男が、何か、言い聞かせるような顔で話す。
 泣き出した女は、ハンカチで目を押さえる。
 これが、自分が大人なら、別れ話か?そう思っただろうが、まだ十歳にもなってないときなので、なんか揉めている、そのくらいしか、わからなかった。
 自分はツナサンドをめくる。ツナとキューリが入っている。この白いものはマーガリンなのだろうか?と考える。舐めても今ひとつ味が、ハッキリしない。
 そして気づく。このキューリがポイントなのだな、そう判断する。
 顔を上げる。アベックは、まだ話が終わらない。なんとなく空気感が、さらに悪くなってるような気がする。
 自分はオレンジジュースを飲む。知らない味のオレンジジュースであった。後で知ったのだが、百パーセント果汁の、店オリジナルの、なんたらかんたらというモノらしい。
 ほどよい甘みが、なかなか良い。もう少し甘くてもよかった。 
 アベックを見る。女が、首を振っていた。男の表情に焦りが見られた。ますます、話がこじれてるようである。女が、涙を拭いていたハンカチを男に投げた。そして何か早口で言っている。男も応戦する。
 それにしても、寺島君の姉さんが戻ってこなかった。店内の公衆電話のあるほうを見ると、姉さんは泣いていた。切迫した雰囲気がある。
 もしや、こっちも揉めてるのだろうか?子供心で考える。
 今、自分は、この時の状況を思い出し書いている。結論から言うと、半世紀たった今理解したことは、別れ話を二つ目撃した、という判断ができると推測する。
 当時は、まだ子供なので、なんにもわからない。ツナサンドがおいしいだけであるーーーオレンジジュースも。
 やがて、姉さんが戻ってきた。泣いている。ごめんね、と言って謝り、店を出た。カップルは、まだ解決してないように思える。
 姉さんのほうは、若干スッキリした空気があった。別れたのだろうーーー全て過去の記憶による憶測だが。
 喫茶店から出たあと、どうしたのかは、覚えていない。団地の家に帰ったのだろう。
 この喫茶店には、十年以上たってから、久しぶりに入った。ツナサンドとオレンジジュースを頼んだ。
 なぜ、十年間、入らなかったかというと、なんか嫌な感じがしたからで、それは別れ話を二つも目撃したことにより、潜在意識が無意識に避けていたものと、思われる。バカな子供だったが、何かを感じていたのだ、と思う。
 ツナサンドとオレンジジュースはおいしかった。なので、友人たち全員に言った。何人かの友人は行った。すると、みんなーーーそれほどのものか?そう言われ、なんかショックを受けた。
 寺島君の姉さんは、スナックを経営している。今でもやってるそうで、もういい歳なのになあ、と感心している。常連客は老人ばかりだという。
 スナック明美(仮名)のことを考えると、あの時のカップルを思い出す。老人ばかりの常連客の中に、あのアベックがいないだろうか、そんな妄想を、アホなことを、つくづくバカだから思っている、現在だった。




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