団地の遊び 地下鉄地下道

地下鉄地下道

 小学五年の時だと思う。電車に乗って竹橋という所に行った。地下鉄である。科学技術館の見物、見学に行った、ようである。なんで、ようである、と書いたかというと、どんな所で、何を目的に行ったのか、全く覚えていないからである。
 しかし、地下鉄のことは、妙に覚えている。行きはスムーズにいった。問題は帰りのことだった。
 ものすごく混んだ地下鉄に乗っていた。ちょうど帰りのラッシュにぶつかった。
 前田(仮名)が言った。「一番前に行こう」理由を聞く間もなく、前田は、その人間で埋まった車内を強引に突き進みだした。
 マジか?と思った。ともかく、混んでる中を無理矢理進む。人をかき分け、なんとか動いていく。迷惑な話である。
「子供が地下鉄乗るな!」
 そんな怒鳴り声が聞こえる。いや、それは違うだろう、そう思いつつも、怒られても仕方ないと感じる。
 駅に着いた。すると前田が、降りる!と叫び、必死の思いで人群れを、かき分け車内から出た。
 ここが、なんて駅だったのか忘れたが、普通の地下鉄の駅である。
「ここだよ」
 いったい何がここなのか、わからないが、前田の後をついていく。さっきの車内人混み突破で疲れていた。比較的、空いた駅だった。
 ホームをずっと歩いて行く。やがて連絡通路みたいな所に来た。なんか閑散としている。
 にしても、ホームの端っこに来たら、通路になっている、というのは、おもしろかった。そのうち、階段が現れた。上ると、そこは、ものすごい人が歩いている、大きな通路だった。
 確か、乗り換えるのである。でなければ、新宿駅には着かないはずだった。
 前田は、確信ありげに、人混みの中に入り、斜めに横切っていく。すると、また通路があった。階段を下る。
 下に着くと、そこはホームになっていて、ホームレスみたいなおじさんが、ベンチに寝ていた。
 前田が初めて表情を曇らせ、「間違えたかもしれない」
 ええっ!勘弁してくれ、ここがどこかもわからない。前田が再び歩き出す。ホームの端っこの手前に、下に行く階段があって、そこを歩く。
 人が、まったくいない。コッチも間違いなんじゃあ・・・と思う。下に行くというのが、違ってる気がする。
 やがて、今度は上り階段になる。
 ここは、普通に歩いていい道なのかと、不安になるほど、人がいない。さっき見た雑踏、群衆が信じられない思いである。そしてそこが、なつかしかったーーーどこだか知らないが。
 地名、駅名が、まるで記憶にない。日比谷か、銀座か、はたまた丸の内か、なんかそのへん、だろう。若干、この時、パニックになっていた。知らない地下道をグルグル歩き回ってるのである。
 やがて暗い道に入った。細いホームのような道である。線路に挟まれている。
 ここは絶対違う!ヤバい所入ってるゾ!さすがに前田も気づいた。
 すると先の方にある細長い建物のドアが開き、「ダメだよ。ここは」
 駅員の制服のおじさんが言った。
「本気で道に迷ってしまって。すみません」
 前田がマジメに謝る。自分も頭を下げる。
「迷ってここまで来た?疲れたろう?」
「疲れました」
 その後、線路と線路の間の細い建物に入り、椅子に座って休ませてもらった。ここは、地下鉄の線路の中である。考えてみたら、どうやって来たのか、普通は入れない所である。
 ファンタグレープをご馳走になったのは、よく覚えている。
 その後、そのおじさんに連れられ、歩いた。その道は、あきらかに、普通の人が歩く道ではなかった。灰色のコンクリートの四角い通路だった。
 後年、大人になって知ったことだが、緊急用の連絡通路のようなものだったらしい。天井にはたくさんの菅が並んでいる。簡易トイレもあった。結構歩いた。
 一人だけ、ヘルメットを被った作業員としか見えないオッサンとすれ違った。
 やがて、狭い階段を上る。ドアを開ける。そしてまた、静かな通路を歩き、ドアを開けると、駅構内で、そこは、新宿駅地下道だった。
 そこで、駅員さんに礼を言い、京王線のほうに向かった。
 駅員さんは、あんまり人に話してはいけないよ、と言っていた。なので、半世紀近くたってから、今、公に記した。
 そして、つくづく、納得することを前田が言った。
「科学技術館より、地下鉄地下道のほうが、全然おもしろいな」

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