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駆け抜けろ 性の六時間 #パルプアドベントカレンダー2023

 コンビニエンスストアー、ファッキンマート佐賀致死ヶ崎駅前店の時計が8時を示したのと、同店のバイトである八ツ裂キふわりが襲撃してきたメカヒュドラの首をもぎ取り、煮えたぎるおつゆで満たされた業務用おでん鍋に叩き込んだのは、ほぼ同時の出来事だった。
 もがれてなおうごめくメカヒュドラの口から、致死性の化学物質が漏れ出した。おでんつゆが、名状しがたい色に染められていく。
「オ、オノレ! コンビニバイト風情ガ!」
 残った七本の首を威嚇するように動かしながら、メカヒュドラが合成音声で吠えた。だがふわりは心ここにあらずという風情で、店内の時計を何度も眺めていた。
「えーと、あの。店長、あたし上がりの時間なんですけど、ここでこのまま上がっちゃっても……大丈夫ですか?」
「えー? 八ツ裂キさん、なんてー?」
 メカヒュドラが射出するドリル状の金属弾をトングで受け止めながら、ふわりはスイーツ陳列棚の後方に身を隠す店長に確認を取った。受け止めたトングから火花が跳び、不快な金属音が店内に響き渡った。
「あー、そうか。八ツ裂キさん、今日は8時までだったか……そうだねえ……8時までだったよねえ……」
 ファッキンマート致死ヶ崎駅前店長こと泥峰が、陳列棚の裏側から弱々しい声を返してくる。棚には、生まれて初めてクレヨンを手にした2歳児が本能の赴くままに塗りたくったような色のケーキが並べられていた。クリスマス仕様だ。
「うーん、今とても忙しい時間帯で……でも残業を強要しちゃうとコンプラ的にまずいだろうし……どうしよう」
「あの、店長! 今日だけ、今日だけはホントお願いします! 埋め合わせは必ずしますから! その、実は、あたし……今日、彼氏と、ええと、デ、デートなんです!」
「えー? なんて言ったの八ツ裂キさん」
 ふわりのトングさばきにより力の方向を変えられたドリル弾がメカヒュドラに向けて飛び、さらに首を一本吹き飛ばした。
「オ、オノレ! 小娘ガ、ナメクサリオッテ!」
 猛り狂うメカヒュドラが、残った首を捻るように束ねる。首を放射状に並べ、一斉に口を開いた。その姿は、一輪の歪んだ怪花だ。花びらに当たる首の口内が、紫色に蓄光していく。怪花の中央に力場が収束していく。メカヒュドラの大技、「Hammer des bösen Drachenスパイラルメガビーム」の前兆だ。
「デートです! デ、エ、ト! ぎゃーもう、恥ずかしいんで大声で言わせないでほしいんですけどー!」
「え? そうなの? あ、そういや今日はクリスマスイブかあ。すっかり忘れてたよ。じゃあ急がなくちゃ。ここは僕に任せて、いってらっしゃーい」
「……ありがとうございます!」
 ふわりは満面の笑みを浮かべると、カウンターを飛び越えて店の入り口へと駆け出した。
「ちょっと八ツ裂キさん! キミ、制服のままだよ!」
「このまま行きます! 着替える時間がもったいないし」
 ふわりは自動ドアの前でくるりとターンした。
「クリスマス仕様のサンタコス、ヤバカワなんで彼に見せてあげようと思って! それじゃ店長、お先に上がりまーす! お疲れ様でしたー!」
「ハイー、お疲れー。さてと」
 泥峰は棚の後ろから億劫そうに出てくると、メカヒュドラの前に立った。小太り体型の泥峰の腹の肉が、限界までチャージされた力場による影響を受けてぶるぶると震える。
「コノ店ゴト、木ッ端微塵ニ吹キ飛バシテクレルワー!」
「あーもう、そんなことやめなさいね」
 泥峰が手のひらをかざした。
 パシ、という音がした。店内から光が消えた。
 メカヒュドラがわずかに痙攣を起こし、床に崩れ落ちた。
「やれやれ……仕方がないとは言え、これ片付けと後始末ははわたし一人でやらなくちゃいけないのか……そろそろ、バイトもう一人ぐらい増やしても良いのかもなあ」
 グレムリンプランク電磁パルス照射魔法の余波により明かりの落ちた店内で、泥峰は深くため息をついた。

 店を出たふわりは、二、三歩踏み出すとすぐさま足を止め、夜空を仰いだ。
「うわー、すっご、ヤッバ」
 ふわりの目線の先に広がる聖夜の夜空には、16,777,216色に発光するオーロラが輝いていた。
「ステキなことしてくれるじゃ~ん、神様!」
 ふわりは視線を落とし、フルプレートアーマー屋のショーウィンドウに映る自分の姿を見つけた。
「おかしなとこ、ないよね……?」
 薄い金髪のロングヘアー、キラキラと輝く青い目、青いルージュの唇には蛇の刻印のピアス、左右の耳にもこれでもかと並ぶ銀色のピアス、ハート型の飾りが可愛いチョーカー、ヘソだしミニスカノースリーブのサンタコスに、お気に入りのロングブーツ。
「うーん……カンペキ。え、何これヤバ、我ながら可愛すぎない? いやヤバいでしょあたし。ヤバい」
 ふわりは自分に向けて笑ってみせた。口元から覗いた歯は、サメ科のような鋭さだった。
「……今日はクリスマスイブだし。あたし完璧だし。これはもう、いくしかないっしょ……最後まで!」
 ふわりは夜空のオーロラに向けて、片手を突き上げた。グーの形に握りしめられた拳、その人差し指と中指の間から親指が顔を出していた。
「ヤるぞー!」
 その拳が、16,777,216色の光を受けて輝いた。
 性交の誓印ジェスチャーである。

 ――『誓印』を認めました。やはり「ヤる」気ですねアイツ。今日、「キメる」気だ。
 ――総員配置につけ。オペレーション『魔女狩りウイッチハント』を発動する……さあ貴様ら、この国を護るぞ。
 ――コピー!

「そうと決まれば、なんとかは急げっしょ! カモン、ブルちん!」
 ふわりが指を派手に鳴らすと、空の果てから一本のブルームが風を切りながら飛んできた。ふわりの目の前に飛来し、感情があるような動きで身を震わせる。
「はや! さっすがブルちん、メチャ速い」
 箒に飛び乗ったふわりは、勢いよく前方を指さした。
「設定:目標『天国への階段ステアウェイ・トゥ・ヘヴン』! りょーくんとの待ち合わせ場所!」
 箒の前方に、防風用の魔法陣が展開される。
「ブルちん、発進! ゴー!」
 耳をつんざく轟音と共に、ふわりを乗せた箒は飛び出した。あっという間に超高空へとたどり着き……きっかり20秒後に撃ち落とされた。

「痛ー!?」
 地面に叩き落とされたふわりは、全身を緊急防御結界魔法エアバッグで包まれながら大地に激突し、派手に転がった。地面が空になり、空が地面になり、脳がシェイクされ、三半規管が音をあげたところで巨大な噴水に落ち、派手な水飛沫を上げて止まった。
「えー!? なんか攻撃されたし! てか、ここどこ?」
 立ち上がったふわりは、犬のように体を震わせて水気を切ると、ぐるりとあたりを見渡した。噴水、整備された道、整然と生える樹々、それらが魔力の淡い光を放つオーナメントによって美しく飾り立てられていた。
「あ、ここあそこじゃん。ホイットマン・パーク。ここマジで綺麗なとこなんだよねー」

 ――目標は公園中心部に落下。想定との誤差を認めず。第一段階クリア。
 ――了解した。これより作戦を第二段階へと移行する。総員、所定の位置に展開せよ。公園内部、及び周辺住民の避難は?
 ――完了しております。
 ――この街の住民のことだ、素直に誘導に従わない連中もいただろう? そいつらは?
 ――全て「処置」済みです。問題ありません。
 ――そうか。

「イルミ、ヤバ。ここでデートしても良かったかも。なんか今日、珍しく誰もいないし」

 ――総員、配置完了しました。いつでもいけます。
 ――早いな。さすがだ。

「……てかなに? 追撃とか無いわけ? マジ? もしかしてあたし、なんかの勘違いとかでやられちゃったとか……イヤイヤ、そりゃ無いっしょー! なしなし! なし寄りのなし!」

 ――さあ、魔女をすり潰すぞ。総員……撃てキャスト

 イルミネーションを億倍した輝きが、ふわりに向かって放たれた。
「ひえっ?!」
 光と熱の奔流、魔法光弾マジックミサイルの嵐がふわりを包み込む。一人の人間を殺すには過剰すぎるほどの閃光が、息つく暇もなくふわりに向けて放たれていく。
 噴水を中心に光の柱が、いや、もはやそれは光の塔と言うべき代物が、はるか上空のオーロラに向けて屹立した。命の存在など許さぬ熱と光が荒れ狂う……だが。

「……いや、いきなりすぎるっしょ?! てか、眩しすぎてなんも見えんし!」 

 光の塔の中から、元気な声が響いてくる。 

 ――魔法光弾による飽和攻撃、効果を認めず! 化け物め!
 ――腐っても「大淫婦」特製の「魔女」、この程度では意にも介さんか……皆、もう少し耐えろ! もうすぐ「二の矢」、そして「三の矢」の準備が整う! それまで何としてでも持ちこたえるのだ!

「ゴメンけど、あたし今日ハンパなく急いでんの! ちょっと乱暴にすっからね!」

 光の塔から、一筋の光が奔る。
 光は真っ直ぐに飛び、公園の隣に立つビルの2階の窓を貫き、そこで魔法光弾を放っていた魔術師に直撃した。
「ぎっ」
 魔術師は体を硬直させ、その場に倒れた。床で痙攣し、閉じぬ口から涎をながす。
 それを皮切りに、光の柱から無数の光線が撃ち出された。それらは周囲に展開する魔術師一人一人に向けて飛び、彼ら彼女らを次々に打ち倒していく。

 ――馬鹿な、魔力遮断の結界は展開済みのはずだ! 奴め、我々の居場所をどうやって察知しているんだ! 
 ――察知などしていない……奴は撃ち返しているだけ・・・・・・・・・だ。こちらが放った魔法光弾を、そのまま返しているだけにすぎない……被害状況は?!
 ――被害甚大、されど死傷者を認めず! 術者たちは皆、麻痺させられ行動不能に陥っているのみです!
 ――術式書き変えのおまけ付きか……「二の矢」はどうだ?
 ――……調整、完了! お待たせしました、いつでもいけます!
 ――良し。局地制圧用破壊魔術ユニット、「都市の魔女アーバンウィッチ」の発進を許可する。我らの、我が国の大敵……「魔女」を討て!

「……終わった? もー、いきなり撃ってきてワケわからんし」
 ふわりは噴水から歩み出ると、空中に時計型の魔術陣を現出させた。
「うげっ(あ、「うげっ」とか言っちゃった)、30分もたってるじゃん。待ち合わせに間にあわ」
 一際激しい音が、ふわりを包んだ。
「はー?! 今度は何だし!?」
 音の正体は車輪である。車椅子のそれが立てる音である。車椅子は高速でふわりの前に走り寄り、ドリフトを決めながら停止した。
「……急停車失礼します。八ツ裂キふわりさんですね?」
 キャスケットを被った車椅子の主は、包帯が目鼻もわからぬレベルで巻かれた顔の奥から誰何の声を出した。
「えっと、誰ちゃん?」
 そう問い返すふわりの足元、その影の中から女が生えた。
「答えよ『魔女』」
「ひえっ?」
 思わず飛び退いたふわりの足元、影の中に女の顔があった。

「いやいや怖! どっから出てくんの? あ、もしかそっちからあたしのパンツ見えてね? ウソ、やめ、み、見んなし! 勝負なやつだから、ちょっと透けてたりするから……てか、マジでなんなの?! あーもう、あたしが八ツ裂キだけど、それがなんなワケ?」
 女が影の中から絞り出されるように立ち上がった。それは髪も、肌も、服も、全てが黒い女であった。背丈はふわりの倍ほどもあった。その瞳だけが、妖しい緋色に揺らめいていた。

「はー?! もーなんなん?!」
「目標確認、これより作戦を遂行する」
 女の体から、無数の鴉が飛び立った。影の女が腕を広げた。女は手指に複数の短剣を挟み込み持っていた。その黒いシルエットは、奇妙に縦長の鴉を思い起こさせた。
「『都市の魔女』がいち鴉鼎あがなえクロエ……参る」
 超至近距離からの短剣投擲。ふわりに着弾するも、自動展開した防護結界がそれらを阻む。激しい爆発が起こった。短剣に込められた魔力の為せる技だ。だがそれも、ふわりの身には届かない。

「さすがの硬さ……ならば私も」
 車椅子の女が詠唱を始めた。圧縮言語による高速詠唱の進展と共に、彼女の車椅子が質量保存則を完全に無視した変形を始めた。
 椅子部分は彼女を完全に包み込む極厚の装甲に、車輪部分は二連の無限軌道に。先端にガトリングガンを備えた鋼鉄の腕が生え、右肩に六連ミサイル、左肩に極大砲が生成される。
 詠唱が終わったとき、そこには人間戦車とでも言うべき異形の怪物が姿を現していた。
「『都市の魔女』がいち、ガチーネ・タンホイザー。続けて参ります!
AIMえい……AIMえい……発射むん!」
 肩の、両腕の武装が、ふわりに向けて火を吹いた。
「わー!?」
 ふわりの情けない悲鳴が、ホイットマン・パークに響き渡る。
「行け、私の猟鴉たち。奴の盾に穴を穿て」
 クロエが複雑な軌道で両腕を振るう。それ自体がある種の詠唱である腕の動きが激しくなると、周囲に滞空する鴉たちの鳴き声が激しくなる。やがて鴉たちは悲壮な叫びとともに、ふわりめがけて殺到していく。
 最初の鴉が、ふわりの防御結界に刺さった・・・・
「あれえ?!」
 無数の鴉たちが、次々と防御結界に己の嘴を突き立てていく。鴉たちは突き刺さったまま、けたたましい鳴き声を上げた。上げ続けた。つぶらな瞳から血涙を流し、鴉たちはひたすらに鳴き続けた。
 それは彼らの、自爆特攻呪法の詠唱である。
 鴉たちが、一斉に爆裂した。防御結界が穴あきチーズと化し、亀裂が広がっていき、ついに音を立てて割れ砕けた。
「あ、ヤバ」
 ふわりが無防備になった瞬間、ガチ―ネの圧倒的火力がそのまま叩き込まれた。腕が、足がちぎれ飛び、ちぎれ飛んだ端から肉片に破砕され、粉微塵となって消えていく。 
 そしてふわりは、この世から消え去った。

「目標の沈黙、いや、消失を確認――やった、やりましたよ司令! 『魔女』の奴、この世から消えちまった!」
「ああ、そうだな。皆、よくやってくれた。『魔女狩り』は成功だ」
 司令と呼ばれた男の言葉をきっかけに、その場にいた者たちが歓喜の声を上げた。涙を流す者、隣の同僚と抱き合う者、やり方はそれぞれだったが、その心中に込み上がる思いは共通していた――この国は護られた。
「クロエ、ガチ―ネ。改めて礼を言わせてくれ。君らのおかげだ。君らがいなければ、この作戦は成功しなかっただろう」
 ――「紛い物」とはいえ、我々も「魔女」。あのような阿婆擦れに遅れなど取らない。
 クロエが淡々と、しかしほんのわずかに誇らしげな声で返答してきた。
 ――再生の余地もないほどに擦り潰してあげましたから、いくら彼女が生粋の「魔女」でもどうしようもないでしょうね……少しかわいそうかも。
「同情の必要などない。あれ・・はある種の災害なのだ。地震や台風と同じもの……人に害を為すしかないそんざいだ。今まであれが放置されてきたのは、ただひとえに人類側に対抗手段がなかったからにすぎない。そう、君ら人造魔女アーバンウィッチという究極の対抗手段が、だ」
 司令と呼ばれた男は、偽りなき心情を込めて「都市の魔女」たちに語りかけた。
 ――えへへへ、そう真正面から褒められると流石に照れますねえ。
「これでも褒め足りないくらいだが……まあともかく、君たちは急ぎで撤収してくれ。それと、狙撃魔法部隊の回収を手配してくれ。彼らも本当によくやって」

 ――あーもう、遅刻確定だし。まぢ鬱。
 聞こえるはずのない声が通信に割り込んできたのは、そのときであった。

「公園内に、新たな魔力反応あり! これは……そんな……嘘だ!」

 ――あのさ、いくらなんでもこんなんなっちゃったら簡単には戻れないんよ? 鬼時間かかるってゆー。りょーくん優しさ半端ないから遅刻とかしても許してくれると思うけど、それとこれとは話が別じゃん? 
「……クロエ! ガチーネ! 逃げろ!」

 魔力の光が巻き上がり、渦となった。
「クロエちゃん!」
「……そこ!」
 クロエが短剣を投擲した。短剣は真っ直ぐに渦に向けて飛び、なんの手応えもないまま通り抜けた。そのまま地面に突き刺さり、炸裂して数本の樹を薙ぎ倒す。
「おのれ……!」

「無理じゃね? あたしの体まだねーし」
 聞こえるはずのない声が、光の中から聞こえてくる……「都市の魔女」たちは、光の中にふわりと浮かぶを見た。
 青いルージュに、蛇の刻印のピアス。
 唇は、笑みを浮かべると舌を出した。舌の中心には、唇と同じ蛇の刻印のピアスがあった。
 刻印の蛇の瞳が、血の色よりも赤い色に輝いた。
 唇の後ろ、光の渦の中に、一本の赤い線が現れた。線は波打ちながら二つに、三つに、その倍に、さらにその倍に、数え切れぬほどの数に枝分かれしていく。
「これって……まさか……」
「血管……なのか」
 彼女たちが呆然と見ている目の前で、赤い線の一部が集まり、肉の塊を作り始めた。
 塊は両の拳を合わせたほどの大きさに成長し、やがて力強く拍動を開始した。
「嘘……」
「再生、いや、無から復活・・しているのか!」
「いやいや、そんな驚くことじゃないっしょー」
 唇が語る。その声音に嘲りの色は一切なかった。
「化け物め……『魔女』め!」

 ――待て! クロエ!

 「都市の魔女」たちの脳裏に、悲痛な声の通信が入った。

 ――待つんだ、二人とも。遺憾ながら、これより作戦を第三段階に移行する……「都市の魔女」の二名は、速やかにその場を離れよ。

「……ま、待ってください! 第三段階に移行って、それじゃあ私たちではあいつに勝てないっていうんですか?」
「……さっきの攻撃はまだ甘かったのかもしれない。今度こそ確実に、そしてまた復活するのなら何度でも、あいつを粉々にしてやればいい」
 ――だめだ。
「何故ですか?!」
 ――それは、君たちの足が、声が震えているからだ。
「あ……」
 ――君たちにも、本当は分かっているのだろう? あれには絶対に勝てないと。それは仕方がない。君たちに責は無い。相手が悪かった、悪すぎただけに過ぎない。
「……」
 ――だが、だからと言って手をこまねいて見ているわけにはいかない。そのための第三段階、「第三の矢」だ……クロエ、ガチーネ。撤収だ。
「……了解です」
「……了解」

「いや、いやいや、ちょっと待って! おかしー、おかしーから! 人をこんなんしといて、なんかいい感じに終わって帰ろうとするとか、マジあり得なくね!?」

 ――「魔女狩り」、第三段階に移行。「檻の巫女アイアン・メイデン」を投入せよ。
 ――了解。「檻の巫女」、総員降下せよ。
「む、無視すんなし!」

 オーロラを切り裂いて、巫女装束の女が高空に待機していた輸送機からダイブした。五人の巫女たちは空中で輪になると、両手をつなぎ五芒の星の形を作りあげた。五芒星より赤い光線が照射され、遥か下、再生途中のふわりに直撃する。

「まだなんかあんの?!」
 空中の巫女たちが手を繋いだまま回転を始めた。赤い光が捻じれ、戻りかけのふわりを絡め取っていく。
「あーあーあー、ちょっち待って。あれ? これちょっとヤバいかも?」
 光は赤い奔流となり、巫女たちが手を離しパラシュートに手をかけたときには局所的な竜巻と化していた。
「わー!?」
 公園に着地した巫女たちは、パラシュートを切り離すと即座に配置についた。竜巻を囲むように位置し、地面に正座する。袂から短刀を取り出すと、両手に捧げ拝礼した。短刀が、赤い光を受けてきらめいた。
 巫女たちは息を合わせて、己の喉を掻っ切った。吹き出した血が、赤い竜巻に引き寄せられ、混ざり合っていった。
 満足げな表情で巫女たちが地に伏したとき、そこには真っ赤な球体が――何人たりともそこからは逃れられぬ「檻」が現出していた。

「やった、か?」
「『檻』は正常に稼働中。内部の時空間は完全に『固定』されています。通常ならば、あそこから脱出することは不可能なはず」
「通常ならば、か」
 男は目を閉じ、わずかに顔を上げた。五人の「巫女」の命を捧げることで発動する「結界」。あたら命を犠牲にしておきながら、結局は自体を先送りにしているだけの愚策。
「――司令。『檻』の内部に、かすかながら動きがあります」
「『固定』されているはずの『檻』のなかで、か……もう化け物とも言い飽きた気がするな。それで、『檻』が破られるとして、その予想時刻はどのあたりだ?」
「……計算、出ました。約3時間で『檻』は完全に破壊されます」
「3時間か。五人もの命を犠牲にして、たったの3時間とはな」

「いやいや、3時間とか待てんし」

「な!?」
 慌てふためく司令の目の前に、ビー玉大の球体が現れた。ビー玉から新たなビー玉が生え、そのビー玉からまた新たなビー玉が生え、細胞分裂の様相で質量を増していく。
「馬鹿な……なぜ……?」
 手が生え、足が生え、髪が伸び、やがて地面に降り立ったそれは、ぬいぐるみのような大きさの、ずんぐりむっくりした生き物だった。
 薄い金髪のロングヘアー、キラキラと輝く青い目、青いルージュの唇には蛇の刻印のピアス、左右の耳にもこれでもかと並ぶ銀色のピアス、ハート型の飾りが可愛いチョーカー、ヘソだしミニスカノースリーブのサンタコスに、お気に入りのロングブーツ。
 すべてがぬいぐるみサイズではあったが、間違いなく「魔女」――八ツ裂キふわりがそこにいた。
「なぜ、貴様がここにいる?!」
「それはだねー、閉じ込められる寸前にカラダの一部だけを切り離して脱出させたからなのでしたー! んで、あんたらが通信に使ってた魔力の痕跡を辿ってここまでたどり着いたというわけさ? いやー、あたしってばマジ天才。こんなんできるの「魔女」の中でもあたしくらいっしょ! あ、いや。ネーちゃんたちもできそうだなこんくらい。あ、待って。下手したら妹どももできるんじゃね? ってことは意外と大したことじゃなくね?」
 ふわりはひととおり早口でまくしたてると、司令の男に向かってふんぞり返った。
「ってわけで、ふわりちゃんはさすがにゴキゲンちょーナナメったので、わざわざこんなところまでやってきちゃったというワケ。おいてきちゃった『本体』も頑張ってんけど、すぐには脱出できそうにないし、でもこのカラダのまんま、りょーくんに会いに行くのはマジ勘弁だし」
 発砲音。ふわりの体に穴が開く。それを合図に、その場にいた部下たちが銃撃をふわりの体に叩き込んでいく。
「あーもう、ちょっと黙っててくんね?」
 ふわりが指を鳴らした。その途端、部下たちは一斉に床に倒れ、静かな寝息を立て始めた。
「メンドイから殺したりはしないけど、なんであたしを狙ったかぐらいは教えてもらうかんね」
「……話すと、思うのか?」
「え、いや別に話さなくてもいいけど。長い話だったら、聞くの正直ダルいし」
 ふわりの姿が消えた。
「ど、どこに行った?」
「後ろ」
 声と同時に、司令の男のこめかみにもちもちしたひとさし指が当てられた。
「ちょっち、見せてもらうかんね」
 ふわりが指を押し込むと、男のこめかみに抵抗もなく飲み込まれていった。血の一滴も出なかった。男の黒目が激しく揺れ、口から嗚咽のような声が漏れた。

 ――かつて「大淫婦」が戯れに創り出した魔術生命体、「魔女」。七体のそれは人の形をしておきながら強大な魔力を持ち、人とは全く違う行動原理で動く「生きた脅威」であった。
 ――とはいえ「大淫婦」や「魔女」たちは、その力を人に向けて積極的に振るうことをしなかった。人類にあまり興味がなかった、と言い換えても良いだろう。
 ――だが、人類の側はそうはいかなかった。
 ――「魔女」を監視し、その動向を探り、そして彼ら彼女らが人類の脅威となりそうならばこれを「排除」する。そのために作られたのが世界魔女監視機構……「マレウス」であった。
  ――「マレウス」は「魔女」を監視し続けた。慎重に、繊細に、当の「魔女」たちにも気づかれぬように。
 ――そして、ついに「その時」が訪れた。
 ――「魔女」の一人、「色欲」、八ツ裂キふわり。
 ――問題は彼女の力の源たる魔力回路……「純情乙女回路ラブサーキット」にあった。彼女の魔力回路はその名のとおり、彼女が「純潔」であるときに限り安定するものであった。彼女の「純潔」が守られれば守られるほど、「純情乙女回路」は力を増していくようになっていた。
 ――そして彼女が「純潔」を誰かに捧げたとき、「純情乙女回路」は蓄えた力を爆発的に放出し、その影響の及ぶ範囲をすべて焼き払うことになっていたのである。
 ――それは、彼女の生まれ持ったさが……「色欲」とはすこぶる相性の悪いものだった。
 ――なぜ「大淫婦」が彼女をそのようにしたのか、それは誰にもわからない(組織の限定的な調査から得られた暫定的結論は「特に意味などなかった」というものだった)。
 ――ふわりのそのような特質が判明してから、「マレウス」は彼女を徹底的に監視の中においた。全ては彼女の「純潔」を守るためであった。
 ――しかし生来惚れっぽいふわりは、その監視の目をかい潜り(本人にその自覚はなかった。「魔女」を完全に監視し続けることは、人類には不可能であったというだけのことである)、出会った男性の7割程度に好意を持ち、その2割程度の男性と交際にまで至った。
 ――そしてその交際は、ありとあらゆる形で「マレウス」の手によって妨害され、破局へと導かれ続けていた。
 ――その結果、ふわりの「純情乙女回路」は力を蓄え続けた。「マレウス」の想定を遥かに上回るまでに。
 ――クリスマスイブの直前に行われたシュミレーションでは、今のふわりが思いを遂げたときに放たれる魔力の波が太陽系の八割ほどを焼き尽くす、との結果が出た。
 ――「マレウス」は焦っていた。そこにふわりの新たな交際相手の情報が飛び込んできた。最悪の相手であった。皇稜すめらぎりょうすめらぎ家――この国の支配者一族に連なる若者であった。市井を知るために一般的な進学校に在籍していた彼は、そこでたまたまふわりと出会い、どちらともなく恋に落ちた。
 ――「マレウス」内で激論が持ち上がった。今までどおりの強権的な「妨害」を今回も実施すべきか否か。人類のためだと強硬手段を支持するものもいれば、皇家とことを構えるおそれとなりかねないが故に、慎重策を提言するものもいた。
 ――議論は紛糾した。
 ――だが結果として強硬派が勝り、オペレーション『魔女狩りウイッチハント』が承認された。
 ――作戦内容はごくごく単純なものである。八ツ裂キふわりを抹殺、不可能ならば最低限足止めをし、皇稜との逢瀬を食い止める。そのうえで、皇稜に虚偽の情報を吹き込み、八ツ裂キふわりとの交際を諦めさせるという手はずだ。

「は~!? なにそれあり得んし!?」
 ふわりは指を引き抜くと、抗議の叫びを上げた。司令の男は床に倒れ痙攣を始めていた。
「は? マジ? あたしがりょーくんとエッチすると、何? 宇宙が? 滅びる? ないない、マジないからそんなん!」
 ひととおり喚き終わると、ふわりは焦り始めた。
「いや、っていうか今何時? ええと、スマホスマホ」
 どこからか取り出したスマートフォンの画面を見て、ふわりは顔を青ざめさせた。
「りょーくんから……ラインきてんじゃん……」
 ふわりは、おそるおそるメッセージを開いた。

(僕はもう到着済みです。ふわりさんはどうですか?)
(待ち合わせ場所間違えてますかね? 『天国への階段』下で良かったですよね?)
(待ち合わせ時間過ぎてますけれど、もしなにかあったんだったら連絡ください。でも慌てずに、気をつけてきてくださいね)
(もしかして、何か怒らせるようなことをしてしまったのでしょうか? だとしたらごめんなさい)
(連絡を待っています)

 最後のメッセージは30分前のものだった。

「わー!?」
 ふわりは部屋の壁に向かって駆け出した。そのまま壁にぶつかり、大穴を開け虚空へと身を躍らせた。
 飛び出したふわりの後方で、大型の軍用機が派手な音を立てながら爆散したが、それはふわりにとってはどうでもいいことであった。
 ふわりは地上に墜落するような勢いで降り立つと、短い手足を必死の勢いで動かしながら走り続けた。彼との待ち合わせ場所、「天国への階段」はまだ遠い。この体ではどれだけの時間がかかるかわからない。
 だがふわりは走った。今のふわりにとって、彼に会って直接詫びること以外はすべてが些事であった。それがたとえ、人類の存亡に関わることであっても。
 街にクリスマスソングが鳴り響く。ふわりは駆け抜ける。転ぶ。ふわりを見たあるカップルが、彼女をなにかのマスコットだと勘違いし写真を撮った。小さな雪が降り始めた。

 ふわりは駆け抜けた。涙を目に浮かべながら、必死に駆けた。

 ――二人が無事に出会い、そして初めてのキスをして、半島がまるごと一つ消し飛んだのは、それから一時間と少々あとの出来事であった。

【完】


パルプアドベントカレンダー、明日は遊行剣禅=サンの『ホワイトスノー・ホワイトストーン・ホワイトデス』! 乞うご期待!

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ