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【観劇レポ】心の中にマレビトを ミュージカル「ヴァグラント」

ミュージカル観劇レポ。秋の観劇ラッシュ第一弾は、ミュージカル「ヴァグラント」大阪公演大千穐楽です。

本作はロックバンド・ポルノグラフィティがギタリストである新藤晴一プロデュースによるオリジナルミュージカル。制作発表当時、ミュージカル好きでもありポルノファンでもある僕は狂喜乱舞したものですが、それも随分前のことのように思えます。約一年。

現状、日本でのミュージカルは海外からの輸入作品が多いし、なかでも最近は韓国ミュージカルの波が非常に強い。そんな中で、日本オリジナルの作品というだけでも、ミュージカル界に一石を投じるものだと思っています。明治〜大正あたりの日本の炭鉱を舞台にしている点も珍しい。華やかな西洋ドラマが目立ちがちですからね。

ちなみに客席はきっと初観劇のポルノファンの人も多かったのだろうと思います。普段と劇場の空気挙動が違いますもんね。なんか新鮮でした。

さて前置きはこれくらいで、感想をつらつらと。

キャスト

キャストはこちら(ちょっとピンボケ)。
Wキャストが二組いますが、平間くん佐之助と、満佑子ちゃんトキ子です。

9/18マチネ(大千穐楽)

発表当時も思いましたが、プリンシパルもアンサンブルも層が厚い!オリジナル作品かつ(ミュージカル界では)無名のプロデューサー作品で、ここまでのキャスティングができるとは…おそろしい芸能事務所の力…。というのは冗談半分。ほんとに実力のある方々。

平間壮一くんは実は初見。座長としてのパワーをひしひしと感じる、ミュージカル界次世代メンズ。子どものような無邪気さ、節々に感じる闇、素直で正直なまさに主人公という印象。引っ張りだこの俳優さんなので、さすがに少しだけお声に疲れが見えた気がするけど、熱量で全部解決されていた。情熱ってすごいね…。

小南満佑子ちゃんは、「ラ・カージュ」以来。軍服が様になってるし、猛々しさのあるセリフ芝居と、伸びやかで透き通った歌声のギャップがあります。水田くんや上口さんとの三重唱でもしっかり役割のあるきれいな歌声。トキ子の闇(呪い)の部分と、本来の明るさ優しさがいい塩梅でした。
よく考えたら平間&小南って、前作(キングアーサー)で不義の愛仲やったな…。

水田航生くんは2ヶ月ぶり。前作に続き今作でもお坊ちゃん。でも今回のほうが情けない感じが強いです(いい意味で)。3K労働環境である炭鉱の社長のくせに真っ白なスーツを着てるあたり、まさに現場を知らん社長って感じですよね。メインなので歌のパートが多めだったのは嬉しいのですが、セリフ芝居の迫力も今回すごかったです。

上口耕平さんはここまでメインとしてのお役では初めましてのはず。歌声が一番安定的なイメージですが、ファルセットもきれい。上口さんの歌声が、この舞台の支えになっているように思います。理想を追うだけじゃなく現実からも目を背けられない、人間味のある役。

美弥るりかさん。初見。おいおい宝塚さんよ、こんな素敵な俳優を隠し持っていたのかい(隠してない)。桃風の姉貴的な役どころもお似合いやし、何よりも身のこなしと歌声の美しさ。THE男役ご出身という感じが良い味を出されていたと思います。声質なのか、どことなくちえさん(柚木礼音)と重なる華を感じる。

玉置成実ねえさん。今回も強かった。出番は多くはないけど、与えられた場所で自分らしくと謳う2幕中盤のソロパート(+水田くんとのナンバー)は特に素敵でした。役としては、会長の愛人の子、キャバレーの主人、メイン三役ともちょっと気まずさがあるという、すごく微妙な立ち位置にいる分、他のキャストと少し空気の壁があるのも、どこかミステリアスな雰囲気に通じていると思う。

平岡祐太くん。生で見たらまじでハンサムですなこの男。色気。初ミュージカルご出演で、残念ながら歌のソロパートはなかったんですが、ミステリアスからのわかりやすいヒール役。絶対こいつがトキ子の仇やろな…ってのもいい意味で分かりやすい。キャスト全体もそうなんですが、セリフが聞き取りやすい。映像作品への登壇が多いイメージでしたが、もっとミュージカルに来てほしい。歌付きで。

アンサンブル勢もたいへん熱量高く、世界が比較的狭い範囲の分、一人ひとりの個性もはっきりしていると感じました。グランドミュージカルやと、ホンマに誰がどのお役か追いかけようがないけど、まだ追える範囲な気がする。それでも相当多いお役をそれぞれ担われているけども。
全体的に男性陣=情けない、女性陣=強いって感じがしました。序盤の酒飲みVS主婦みたいな曲が象徴的。よく考えたらこの作品、か弱い女性が一人も出てこないんですよね。まあこの世の真理ではある

カーテンコールではプリンシパル7名からご挨拶がありました。
成実ねえさんの愛溢れる関西弁トークにはじまり、次はソロ曲がほしい平岡くん、社長に掛けてジョブズスタイルで語り始める水田くん、カロリー高い水田くんの汗を目に感じかける上口さん、感謝とこれからの精進を語り完璧な締めを披露する満佑子ちゃん、完璧な締めを受けて困ると言いつつ見事にお話される美弥さん、座長としての力強さと根の人柄の良さが滲み出る平間くん、それぞれの素のキャラクターが見え隠れしてよかった。

ストーリー

わりと王道なストーリーラインだったと思います。とある炭鉱という比較的狭めの範囲で、それぞれの苦悩や理想、生き方にスポットをあてる。プリンシパルが多い割に場面転換が少めで、まとまってるという印象。
キャラが多い分、一幕はやや、あっちこっち視点が散らばる感じもあったのですが、二幕でちゃんと要素を回収してくれて、クライマックスに向けて集中力を切らさずに見せてくれる構成だと感じました。

あえて言うと(好みの話になりますが)、若干ハッピーエンドに無理くり持っていく感じは否めず、トキ子の復讐と赦しの葛藤とかはもう少し「間」が欲しかったなぁというところもありました。人間の誰もがもつ「闇」をテーマにしているだけにね。わかりやすく丸く収めるために、やや「行間」はあえて削ったのかな、という印象です。

メッセージ性

ヒトとの深い関わりを持たずに生きているマレビト(佐之助・桃風)と、三ツ葉の炭鉱でのあれこれからストーリーを伝える構成。

労働闘争、殖産興業と資本主義、プロレタリアートなどの社会問題。マレビトと人々のやりとりからは、エタ・ヒニンに通ずる階級・役割差別の匂いもします。トキ子や森田一家、会長と政則など、家族のつながりとそれゆえの苦しみみたいなテーマもありますかね。

ただ、それらを直接的に訴えるというよりは、人間の一人ひとりの生き方、心の機微にスポットをあてていて、堅く難しくなりすぎていないように思います。

象徴的なメッセージの一つは、終盤で佐之助に桃風が言う、「他人は他人。自分は自分」「でも他人がいるから自分がわかる」というような、相対認知による自己の在り方。仏教の唯識に通じる考え方。その上で、その人の生き方はその人自身が決めるという、現代的なアイデンティティ思想も感じ取れる。

またマレビトの生業である「区切りをつける」というのも、非常に日本的な思考だと思っていて、日本オリジナル作品であるという醍醐味を活かす題材だと思いました。ハレとケみたいな。
前に進むために、自分が区切りをつけることもあるし、誰かの行動をきっかけに区切りをつけることになることもあります。マレビトの存在は、ある種そういう目に見えない大きな流れの体現者なのかもしれません。

そして政則と譲治からは理想と現実の二項対立、またトキ子からは時に自分を縛る呪いにもなる言葉の重さ、憎しみと赦し、心の傷を抱えて生きることという、人間の生き方を、それぞれ感じました。もうちょっと一人ひとりを深掘りする構成でも良かったのかなとは思いますが、好みですね。

演出・音楽

オーヴァーチュアの照明の使い方、「ああ、ポルノやな」って感じたのは僕だけでしょうか。ギターで始まるというのもありますが、ライヴ感のある色味と配置。宣伝材料を見る限りでは、マレビトの衣装以外はあまりカラフルな印象を持っていなかったので、おおっと目を惹きました。

全体的にストプレも多くて、楽曲は大事な場面に限定されている印象。今回がミュージカル初めて、っていう人も、とっつきやすいのかな、こういうほうが。個人的にはもっと歌モリモリのほうが好みではあるんですが、エリザとかMAみたく大小50何曲あるのも大変ですし…ねえ。

板垣さん演出なので、もっとダンサブルかなと思いましたが、それはファクトリーガールズの印象だけですね…。登場人物が多いけど、群像劇ってほどでもないので、心の機微みたいなところにスポットは当てやすいのかなと思いました。
アドリブっぽいコミカルな場面もちょこちょこあって、話が重くなりすぎない。その意味でも追放されたマレビトである遠山くんと大月さん、大堀署長の存在は重要だと思う。

音楽はだいぶポップ・ロック。まさにポルノグラフィティ。ミュージカルファンなら「いつものミュージカル音楽と違うな」って感じたと思います。ちょっと昭和を感じるメロディラインとか、もろポルノです。
歌詞も「迷宮」「約束」とか「〜でしょう」とか、ああ晴一さんが書いたなぁという足跡が随所に見られる。もっと詩的かなと予想してましたが、晴一節を残しつつ、ちゃんとミュージカル歌詞に昇華されていたように思います。ちなみに生オケでした。

ミュージカル音楽としては、せっかく日本オリジナルなので、音と文字をもっとピタッと合わせることもできたんじゃないかなとも感じるところは正直あります。翻訳作品はどうしても原作より音に乗せられる言葉数が減る=伝えられる言葉が減るんですけど、それがないからもっと自由にできたのではないかと。スピード感のある曲であればあるほど、やや詰め込んでる印象は否めなかったです。

あと…タイトルコールは某プロデューサーのお声だと思うんですけど、ごめん、僕はその演出好みじゃない。ごめん。

総評

ということで、新藤晴一・初のミュージカル。万人受けするミュージカルに仕上がってたなというのが総評的な感想です。ある種分かりやすさもあるけど、しっかり心に残るメッセージ性もある。

もっとシニカルにもできたんでしょうけど、きっと新藤晴一という人間の本来思想が、人に希望を持っているというのがあるのだと思います。エンタメにするからにはハッピーな結末を、ということでしょうか。

大千穐楽というのもあったと思いますが、カンパニーから感じる熱量も高く、初プロデュース作品にも関わらず、すごく環境に恵まれているなと(誰目線…って感じですが)、強く思いました。グッズも多く、生オケでの上演、キャストもこんな豪華で、積年の夢をこうして全力で力添えていただけるのは、すごいことですよね。

一方で、僕はポルノファンでもあって、ミュージカルファンでもある中で、ミュージカルファンとして純粋に観たかったなという気持ちも0ではありません。
正直、宣伝などから感じていたのが、「あのポルノの新藤晴一が作りました」が前面に出すぎているな…と。あくまて舞台上からメッセージやら熱量やらを感じたい、というのが僕個人の趣味なので、宣伝の至る所にご本人が出てきたりというのは、ちょっと好みではないかなというのが本音。もちろんミュージカルもビジネスなので仕方ないのですが、ちょっと(ミュージカルファンではなく)ポルノファンに向けたプロモーションが過ぎやしないかと…すみません、率直に思ったこととして。その意味で、純粋に観劇に臨めなかったというのもあります。難しいですね。

ただ、新藤晴一の挑戦という意味でも、ミュージカル界に新しいモノをという意味でも、成功であったというのは間違いないかなとも思っています。どうしても海外輸入作品が多い中で、このヴァグラントがもたらしたものは、これからのミュージカル界に「何か」を残すはずです。

ポルノもミュージカルも好きゆえに、個人的に色々思ってしまってちょっと斜に構えた感想も書いてしまいましたが、とにかく今は、無事に大千穐楽まで迎えられ、本当に良かったです。カンパニーの皆様、本当にお疲れさまでした!ありがとうございます。



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