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【観劇レポ】どうか救いを・・・「ミス・サイゴン」

なんだか久々の気がする観劇レポ。ミュージカル「ミス・サイゴン」大阪公演(9/13マチネ)です。

東京公演で中止が相次いでいたので、無事に公演されるか不安だったんですが、無事幕が開いてまずは本当によかったの一言。関係各者へありがとう。

キャスト

今回のキャスト

複数キャストが多い中、人気作なのでチケットも争奪戦で…なんとかGETした今回。好きやのになんだかんだ初見の昆ちゃんと海宝くんのコンビ回でした。もうこの二人の生歌を聴けただけで来た価値があるというもの。

昆ちゃんキムは力強く、本当にキムという人が存在し、憑依しているかのような素晴らしいパフォーマンスでした。パフォーマンスというか、最早生き様。

特にタムが登場してからの「母」としてのキムの姿には涙が止まりません。1幕ラストの「命をあげよう」は言わずもがなの名曲・名シーンです。自分のことより何よりもタムの幸せを叶えようとする姿は一貫していて、終盤でクリスが結婚してしまっていることを知ってからは、更にその覚悟が強まったように見えました。だからこそあのラストなんですけどね・・・。最後にタムを抱きしめるところで、キムの覚悟と愛をヒシヒシと感じる中、タムがキムの背中をポンポンとたたき慰めていたのを見逃しませんでしたよ。泣いた。

カーテンコールで躓いた?時はヒヤッとしましたが、それほどエネルギーを使う役ですよね。母としてのエネルギーは前述の通りですが、クリスとの再会と我が子タムのたった2つの希望だけで、強かに生き抜こうとする姿は文字通りエネルギーの塊。並の俳優にはできない役ですね。

海宝くんクリスは、今回が初クリスとは思えない。クラシカルでのびやかな歌声とたたずまいは、マイフェアプリンス万里生に通じるものを感じます。早い話がとにかく素敵。マイスウィートプリンス海宝くんの称号を授けます(は?)。
苦しいことの多い役ですが、つんけんしている序盤からキムへの愛に目覚めるまでの落差は、海宝くんの演技と歌で噛みしめるべし。「世界が終わる夜のように」での昆ちゃんとのデュエットは、歌の意味とかではなくて美しすぎて泣けました。人ってただ美しいだけで泣ける生き物なんですよ。
そして美しい歌声とは一変、ラストの慟哭は鳥肌モノでした。泣いた。キムが息絶えてすぐ叫ぶわけではなく、「間」があるのがまた、聴いててこちらが辛くなる。泣いた。

クリス自体、戦場という地獄で虚無に生きていた彼は決して特別な人ではなく、むしろ特殊な環境における一般的な人でもあるんですね。国に帰っても白い目で見られ、無駄な血を流す戦争に出兵する。まあやさぐれもするよ。そんな中で出会ったキムに強く心惹かれたのは、運命のいたずらと片付けていいものか。

エンジニアは市村さん。もうワンシーズンに一回はお会いしてますね。相変わらず茶目っ気とファンサービスたっぷりでした。昆ちゃんがこけたあと、「何か小石でもあった?」と言わんばかりにこけた場所を見つめたところにベテランの余裕とカンパニーへの愛を感じます。
「ミス・サイゴン」はキムとクリス物語であると同時に、エンジニアの夢追い話でもあります。辛く重いストーリーの中で、夢追う彼のシーンは唯一の華やかなシーンとも言える一方で、その華やかさが現実の暗さとアンマッチで、夢と人の命の儚さを感じる。

西川くんトゥイの「怪演」(褒めてます)はダークで脳裏に残るし、知念さんエレンの健気さと純な雰囲気は聖なる光。そしてプリンシパルもさることながら、アンサンブルの層の厚みもさすが大作ミュージカル。1回の観劇では見切れませんが、パンフレットを読んでいると「なるほど、そういう演技やったんか」と気付かされる部分も多い。世界観を構築する細やかなパーツを揃えていくのは、アンサンブルの見せ所であり見どころです。

救いはあったのか

誰も救われないストーリーの中で、救いを見出せるか。

戦争が出会わせ、戦争が引き裂いたキムとクリス。その最後は、自分の命より我が子の幸せを願ったキムの自死によって幕を下ろします。皮肉なことに、自分が撃ち殺したかつての婚約者・トゥイと同じく、ピストルによって(しかもこのピストルは確かクリスが護身用に渡したもの…)。

では彼女は絶望して死んだのかというと、なんとなく、そうではないような気がします。一時の感情でピストルを撃ったわけではなく、タムの幸せを願う覚悟で引き金を引いたとみれば、タムの幸せを願いつつ、愛した人の腕の中で息絶えられたのは、ある意味救いなのかな・・・と。もはやこれは、僕の願いです。せめて最期は救われていることを。

この幕引きは、残されたクリス、そしてエレンやタムにとってはトラウマ級のたまったものじゃないですが、キムの願いの通り、タムがクリス(とエレン)とともに幸せに過ごせているようにと願うばかりです。
本編でなくカーテンコールではありますが、キム・クリス・タムが手を繋いでいる姿を見て、叶わぬ家族の幸せが一瞬でも実現していることに涙しました。アメリカで楽しく生きていたらいいのですが。

アメリカと言えば、この後のストーリーは描かれませんが、エンジニアの夢もどうなったのか。彼も「マイプリンセス」と呼んだキムの臨終に居合わせた人間。これで夢を諦めるような男でもないと思いますが、夢をつかんだ姿も想像できないので、相変わらず夢を追い続けているような気がします。仮にタムをだしにアメリカへ渡れたとしても、うーん、成功するかなあこの人。彼の場合、夢を叶えてしまうより、夢を追っているほうが幸せという説もある。

学べるか過去に

時代は違えど、フィクションと言えど、戦争が産んだ悲劇の惨さは現実にもある。ブイ・ドイだって、フィクションのモノではない。米兵を乗せて飛び立つヘリに一縷の望みを砕かれた民衆の姿は、観客の胸に迫ったはず。

この物語の背景にあるベトナムの歴史は、現代に生きる人々にとって遠い国の遠い過去の話ではない。勉強する意味を問う学生も多くいますが、歴史を学ぶ意義とは、テストの点数のためでなく、ここにあるような気がします(かくいう僕も、テストやセンター試験のために勉強していたわけですが・・・)。

地獄の中で、愛を貫き生き抜いたキムの姿に心打たれる一方で、作品から学べることは。過去から学べることは。東宝ミュージカルの「マリー・アントワネット」でも同じメッセージが出てきますが、過去に学び歴史に学び、この星に流れなくてもいい血が流れぬように。

キムが貫いた愛は美しかったね、で終わってはいけないように思います。

おわりに

ミス・サイゴンは今年で日本公演30周年。長く愛される作品というのがうなずける重厚な作品でした。ずっと見たかったミュージカル。キャストの違いによる「味」の違いも楽しみたいのですが、僕の2022年サイゴンはこれにて終了。次やるときは複数公演観たいです。

そして僕にとっては珍しく(?)、1カ月半ぶりのミュージカルということもあって、心の潤いチャージはマックスです。ストーリーは救いのない悲しい話ですが、人の生き様・・・役としての生き様と、俳優のエネルギーを体感するのは、ミュージカルの醍醐味。余韻から抜け出せませんね。と言いながらこの秋は観劇ラッシュ。僕の情緒は耐えられるのでしょうか。

東京公演では中止も相次いだサイゴン。サイゴンに限らず、あらゆるエンタメの中止・延期のニュースが日々目に入ります。とにかく無事に幕が開くことに感謝と敬意を表します。千穐楽まで、無事に走り抜けられますように。

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