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自転車と自分の距離 / フラットに見つめたい / 語りの賞味期限 / 記憶の不確かさ / 物語の力 / 平凡(フラット)な目線

世の中をフラットに見つめたい

ゴールデンウィークはとにかくアウトプットをしよう。思い立って書き始めた。とにかく書く。書くという行為は、世界を取り戻す行為だとサルトルはいった。自分の物差しを持ってひたすら事物との距離を測っていく。そうやってひたすらに書き残していく散文に価値があるのかと言われたらそれは分からない。ただそうした試みをしてみたいと思う自分の心の中には、何かしらの問題意識を感じているのだろう。世の中をフラットに見つめたい。そう思ったのは、以前自転車を盗まれた時だった。普段自分のものである何かが所定の場所で発見できず右往左往する時は、まず「盗まれた」という表現を避けている。自分は自分の持ち物を管理する能力を控えめに言ってほとんど評価しておらず、持ち物が見当たらないのであれば十中八九自分の不注意で何処かに落としたのか、忘れてきたのだろうと推測する。大抵は間違いなくその通りである。結果としてすっかり失くなってしまうこともあれば、思がけないタイミングで再発見して自分の手元に帰ることもあるのだが、その確率は自分の感覚では五分五分である。逆に言えばそれくらい持ち物に関しては、可愛い子には旅をさせよくらいの気持ちで奔放に扱っていて、自由放任主義的なスタンスを保っている。ものに対する執着が人よりはなさそうである。

自転車を盗まれて分かったこと

そんな僕が自転車を盗まれた。さすがの僕でも朝停めていた自転車が夜には同じ場所にないことが自分の不注意のせいでないことくらいは分かる。何者かが関与しているのだ。まず違法駐輪として区に回収されたのではないかと思って問い合わせた。確認したところ回収はされていないようだった。警察に行って話をすると、見つかればどちらにしても防犯登録を辿って連絡がいくということを教えてもらった。また盗難届を出したところで、何か具体的にメリットがありそうではないと言うこともわかった。自転車を買う時に、盗難保険に入っていたのあれば、盗難届を作成することにも意味があるらしいが、あいにくそんな保険には入っていない。というより、自転車を検討する際、無理やり保険を付与してこようとする店員の営業を断りに断って、保険の加入プランを外してもらった。その保険というのも、一年以内の盗難であれば、次回購入時に割引が適用されるとかその程度のものでしかなかった。その割に保険代といって料金を支払わされるし、レシートを保管したりしないといけない義務が発生するし、同じ店で購入し直さないといけないしで、メリットらしいメリットが感じられなかったのだ。たとえ自転車をなくしたとしても保険を適用する手続きを踏む体力が自分にはないと思い、前向きに保険加入のプランを外したのだった。だから警察に行ったことは、盗難届を出す実質的な意味はないということを知りに行ったようなものだった。

実際の感覚

当時の僕は、自転車で通勤を行なっており、家からドアtoドアで20分くらいの距離を通っていた。余程の雨でない限りは、自転車で通うつもりでいたし、朝夜20分の自転車移動は気持ち的にも有意義な時間であった。時に音楽を聴き、時にラジオを聴き、YouTubeをバックグラウンド再生したりしながら誰にも邪魔されず、自転車を漕ぐ時間は嫌なものではなかった。駅から家までの距離が若干離れているため、実質電車で通勤したところで職場までの移動にかかる時間は変わらなかったこともあって、自転車を使うことを好んでいた。自転車が盗まれたことで失われるものといえば、そのささやかな通勤の行き帰りの時間だけであった。自転車が自分の生活から姿を消したとて、同じ20分が電車に変わり、満員電車は確かに辛そうだが、耳は同じく空いているのだから音楽だってラジオだって聞ける。交通費は会社の経費で賄えるから、実質生活に多大な影響をもたらすかと言えば、そこまででもなさそうだった。たまの休日にふらっと自転車で買い物に行ったり、少し遠くのカフェに行ったり、銭湯までの行き来をしたりするのが若干制限されるくらいのことも思い浮かんだが、それもあくまで想像の範囲内だった。家の中にいたってできることはたくさんあるし、銭湯までにかかる時間が自転車で5分のところが徒歩で15分になったところで全く行かなくなるほど出不精ではないことも分かっていた。つまり、自転車がなくなったことに対する僕の大枠の感覚としては「盗まれたのは残念だけど、生活に対する支障は大したことないだろう」くらいのものだった。実際、自転車がなくなっていると発覚した瞬間であっても、「あれ?ない。盗まれちゃったかな。」程度のもので、大したリアクションなどしなかった。クールとか冷静とか、そういう話ではなくて、ものがなくなることに対する許容度が高いというか、持ち物と自分との距離が人より遠いみたいなことである。

話す時に感情を誇張して話す

しかし、実際に自転車がなくなったことを人に話す時は全く様相が違った。僕がフラットに見つめたいという所以は、僕の出来事に対する雑感とそれを話す時の差異にあった。僕が自転車がなくなったことを最初に話したのはおそらく職場の同僚だった。僕はあたかも自転車が盗まれたことを今の僕の人生における最大の悲劇かのように誇張して話し、千原ジュニア的な擬音を多用した語り口で(彼の語り口を下手くそなりに模したような話し方で)、自転車がなくなったことがいかに自分にとってショックな出来事であったかを語った。それは僕が実際に取った行動とはかなりかけ離れていて、ほとんど虚偽のようでもあったが、話していると自分にとって自転車を無くしたという事件は、実際に自分にとって大きなの悲劇のひとつであるかのようにも思えてきた。”最愛のパートナーに先立たれ、これからどう生きていったら分からない未亡人が抱える悲しみ”的な物語に耽溺した僕は、話終わってすっきりした後で、三つのことに気づいた。一つは「語りには賞味期限がある」こと。二つ目は、「記憶」というものが不確かで絶えず揺れ動くものであるということ。そして三つ目は「物語が持つ力」に関してである。

語りには賞味期限がある

話終わってすぐに僕は、自分の中に自転車を失った悲しみが少なからずはあったのだと思った。それを顕微鏡で覗き込むみたいに拡大表示して、その部分を丁寧に記録した、みたいなことが僕が最初の人に話した自転車盗難事件の一部始終であった。このタイプの話し方によって、僕は一時的に可哀想な自分に酔いしれ、共感を誘い、慰めを得ることに成功した。しかし話し終えたその瞬間、最初の聞き手によって僕の中の悲しみは完全に解消された気がした。自転車を盗られたという一つの出来事に対する対価を得たというか、元が取れたというイメージである。言い方を変えれば、一度話終わったことで、自転車を失ったことに対する新鮮な悲しみという感情を失った。その後、僕の交通手段が変わったことに気づいた人間に同じことを話したが、2回目こそ最初話したものに似たようなトンマナで語りを再現できたが、それ以降は自転車が盗まれたという事実の共有であり情報を伝える手段としての語りの範囲を出なかった。こうして賞味期限の切れた語りを俯瞰してみることで、人に話すことには自己治療的な働きがあることも分かった。解決策は求めてない、共感してもらうだけで良いという、一般論として男性が理解できない女性の話し方のスタイルを、僕は身をもって体験した。

記憶は揺れ動く

そして、二つ目の「記憶」に関して。僕が自転車が失くなった直後に取った行動や、その時頭の中で繰り広げられていたと思っている感覚は、口に出して誰かに伝える時に形を変えていた。これはどういうことなんだろうと思った。本当の記憶とは?正確な感情とは?先ほど自分の感情が虚偽みたいだとも言ったが、少なからず感じていた感情を拡大したものである気がするとも言った。そのエピソード自体は、自分で口に出しているのだから、偽の感情だと断言するのは難しいが、正確かと言われるとそうでない気がする。自転車が失くなったという事実は変わらない。しかし、例えば翌日自転車で通勤する代わりに乗った電車が息もできないくらいの満員であったならば、自転車がなくなったことに対する解釈は簡単にねじ曲がるだろうと思った。その時は悲劇的な要素が幾分か増すことになるかもしれない。「真実は存在しない。あるのは解釈だけだ。」みたいなことをどこかの誰かが言っていた気がする。解釈は時の経過と共に何度も更新し得るものだから、記憶も同様に何度も揺れ動いていくんだろう。そして、あらゆる出来事に対する感情は、悲しみ一色や喜び一色に染まることはまずない。喜びの中にも気まずさがあり、悲しみの中にも滑稽さがある。そう言ったものをまとめて記憶と呼ぶのであって、それを言語化したものは、その一部を掬い上げて顕微鏡のステージに置き、プレパラートで挟み込んでいるに過ぎないのだと思った。解釈によって出来事は変わる。記憶は多義的な感情の一部である。

物語の持つ力

ということをひっくるめて、三つ目の気づきに至った。物語というのは強力だ。それは小説家がよくいう事でもあるから自明のことではあるのだが、改めてそう思ったのである。村上春樹はオウム真理教が作った物語からの脱却を「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の中で試みた。彼のその物語の中で、とある閉じた物語に回収されかける男を別の物語をあてがうことで救う話を書いた。なんだか入子構造になっていて分かりづらいが、物語は別の物語によって書き換えることができる。河合隼雄は自分の物語を作ることの重要さを自身の著作で語った。自殺やトラウマに陥る人を、彼はユング心理学的な精神分析学と箱庭療法を用いて、別の物語に書き換える仕事に尽力した。物語には人一人の人生の見え方を大転換させる大いなる力がある。いかにして出来事を、自分の物語に組み込んでいくかは、これまで培った思考の癖みたいなものや環境が影響するのだろうが、その”シナリオライティング”の能力は生きる上で重要なものであると思う。電車広告はわたしたちに「金を借りろ」「脱毛しろ」「英語を話せ」「酒を飲め」と強いて来る。「さすれば幸せな人生が待っている」というような語り口で、今のあなたを変革するように促してくる。少なくとも、僕にはそう思える時がある。日常には、あまりにも誰かによって作られた物語にキャスティングされる機会が多いように感じる。そういったことに対するある種の危機感みたいなものがある。劇的な物語には人を惹きつける力がある。だから僕らは時として、誰かが提供する劇的ビフォーアフターに身を委ねたがるし、その物語に吸い込まれる。でも実生活はもっと地味で平凡で、地に足のついたものであることの方が多い。僕は、ささやかながらも解像度が高く、多様な感情が入り乱れた人生をリアリティとして楽しみたいと思っている。そのためには、一つの出来事に対する感情や記憶を簡単に単一的な起承転結に落とし込まずに、フラットな目線で見つめたいと思う。カメラの焦点を絞って、感情を見つめるミクロな行為を手懐けた上で、同時に鷹の目で全体にフォーカスを当てて、事実を全体的に俯瞰する行為にも移行できるフットワークを持ちたいのだ。フラットに物事を見れるからこそ、どちらにも行き来できて、時に強力な物語を自分で作り上げ、時に冷静に見つめ直す。そうすることで用意された物語に回収されない、素朴な生を実行することができるのではないかと思っている。

4/30 T.K.


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