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愉快な台湾生活

「櫻花妹」という言葉をご存知だろうか。
「櫻花」とは桜のこと、そして「妹」は文字通りの妹という意味ではなく、基本的には自分より年下の女の子のことを指していうものである。これは台湾では、日本人の女の子を指していう言葉だ。言うまでもなく、日本が桜の美しい場所として有名だからこそ、ついた名前である。一体誰が考えたものか、桜の花の女の子とは、なんとも美しい言い回しであることだ。

もうすでに葉桜もとっくに過ぎた年頃としては少々恥ずかしい話だが、台湾人の友人らが私を連れてどこかへ遊びに行くと、周囲の人に対して私のことを「她來自日本的,櫻花妹」などと紹介することがある。それを聞くやいなや、周りの人の態度は大体がらっと変わる。大体が親切かつフレンドリーな方向に、だ。

ソースを忘れてしまったのだが、以前どこかで聞いた話によると、とある日本語の先生が台湾人の学生に「他人にお願い事をしたい時は、どのようにしたらいいか」と聞いたところ、真っ先に「外国人のフリをする」という答えが返ってきたという。もちろん、教師が期待していたのはそういう実践的な話ではなく、「あのう、✕✕なんですが、○○を△△ていただけませんか」という、『みんなの日本語』進階Ⅰの第26課にでてくる文法を利用した回答だ。これが何を意味するかというと、要するに台湾人は基本外国人に対してものすごく優しく、人情味を全開にし、いっそプレッシャーを感じるほどに親切であるということだ。ただし、大国さまからの来台者はのぞく。私は今の家に3年ほど住んでいるが、隣の部屋の住人からは中国語の発音の関係でどうも台湾人ではないが中国語が話せる…つまり大国から来た人間だとずっと思われていたらしく、その間の隣人の態度はなんとも素っ気ないものだった。その後日本人だと分かってからは、超フレンドリーに、しかも日本語で話してくれるようになった。嬉しかった反面、少々複雑な気持ちにもなった。

因みに「大陸妹(大陸は中国の意味)」という言葉も存在する。レタスのことだ。台湾の多くのレストランで、「地瓜葉(サツマイモの葉っぱ)と共に燙青菜(茹で野菜)として提供されていることが多い。大体35元くらいで食べられる。

さて、親切の話に戻るのだが、うちの近所に住んでいるとある台湾人の話をしようと思う。というか、ここは台湾なので向こう三軒両隣、住んでるのは全員台湾人なのだが、その中の一人の話である。
私がその人と知り合ったのは去年のことだ。洗濯機の裏の子猫事件の時に知り合った人なので、およそ10ヶ月ほどの付き合いになる。お互い社会人で仕事の時間帯も異なるため、平日は滅多に会わないし、そんなに連絡も取らない。2週間くらいラインのやりとりをしないのもザラである。たまに時間が合うとご飯を食べに行ったりはする。普通の友達である。そして親切な人だ。

親切の内訳についてだが、使わなくなった家具を貸してくれたりとか、うちの風呂場のシャワーノズルの留め具の位置を修正してくれたりとか、猫一家のためにマンションの空き部屋を1室借りてきてくれたりとか、まぁ色々である。お正月の不在時に鍵を預けて、小福のトイレの掃除を手伝ってもらったりもした。と、これは私も相手が実家へ帰るときなどに相手のうちの猫のトイレ掃除などを請け負っているので、お互いさまというやつか。

そんな友人はバイクが好きだそうで、中古で条件のいいバイクを見つけては、ちょくちょく買い替えを行っているようである。最近また新しいバイクを購入したのだが、メインで使っているのがもう1台あるし、この1台なら小さくて乗りやすいだろうから、使いたい時に使っていいよ、と言って、サブの方のバイクのスペアキーを私に貸してくれた。ついでにメットも買い揃えてくれた。バブルフェースの丸っこくて可愛らしいヘルメットだった。

新しいバイクを買うためのダシにしたんだな……とは思ったが、最近大学と職場の往復に苦労していたこともあり、私は大変ありがたくそのバイクを借り受けることに……はできなかった。なぜなら私は台湾での二輪の運転の免許を持っていないからだ(日本の50ccは持っていて、よく乗り回していた)。この話を後に日本人の友人らに話したところ「逆に迷惑やな」という感想が返ってきた。客観的にみれば確かにその通りだが、その友人の感想を聞いた時の私はといえば、自分でも驚いたことに、その一言にちょっとびっくりしていたのだった。鍵を借りた時に「ありがとー、じゃあ夏休みになったら免許取りに行くね」と返してしまった私は、すでに台湾人の親切という名のぬるま湯に、どっぷりと首まで浸かってしまっているのかもしれない。

さて、そんな台湾人の友人であるが、彼は最近、新北市の割と発展した地域に家を購入した。台湾でよく見る4階層くらいのアパートの部屋とその上にある頂樓と呼ばれる部分を購入したのだが、さてそこで一つ問題が発生することとなった。アパートの内部を全改装することにして、部屋を二つと、台湾にしては珍しくバストイレをそれぞれ独立した形にしたいと不動産屋に相談したところ、なんでユニットバスにしないのかと反対されたそうだ。顧客の希望に反対する不動産屋というのが日本人としてはまずびっくりなのだが、台湾だとまぁそういうこともあるらしい。そこで話が少し滞ってしまったようなのである。

そこで友人が引っ張り出したのが、「櫻花妹」こと日本人である私だった。バストイレを日本みたいに分けたいのだが不動産屋に反対されていて……という話を聞いた時点で「まさかな」とは思ったのだが、その予想を裏切ることなく、友人は私に言った。「だからちょっと彼女のふりして、バストイレをどうしても分けたいって不動産屋の人に言って欲しいんだよね」と。
そんなどこぞの恋愛シュミレーションゲームみたいな対処法があるかい! と頭の中は総ツッコミだったが、単純に面白そうだったので、私は二つ返事でこの役目を引き受けた。後日友人と一緒に不動産屋へ赴き、不動産屋のお兄さんに対して「今後同居するにあたり、日本人としてバストイレはどうしても別がいいんです!」と必死に訴えた。櫻花妹が一生懸命訴えたからかどうかは知らないが、無事、友人の希望は通り、来週辺りから工事が始まることになったらしい。

ちなみに私が必死にバストイレセパレートを訴えた不動産屋さんであるが、なんと友人が新しく購入した家の下層階に住んでいらっしゃるのだそうだ。友人に対して「我々は御近所さんになるのだから」という言葉を連発していた。新居の完成はおおよそ半年後になるとのことだったが、完成後には一人で引っ越すであろう友人に、不動産屋さんは一体どのような反応を示すのだろうか。彼らがいいご近所付き合いができればいいのだが。
とりあえず私は一櫻花妹として、やれることはやった。あとはもう何事もなく、無事友人宅の内装工事が完了することを願うのみである。工事が完了したら一度くらいは新居にお邪魔して、バストイレがきちんと分かれているか、確認させてもらおうと思う。

台湾在住者による台湾についての雑記と、各ウェブサイトに寄稿した台湾に関する記事を扱っています。雑記については台北のカフェが多くなる予定。 そのうち台北のカフェマップでも作りたいと思っています。