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【書評】 水島治郎 『ポピュリズムとは何かー民主主義の敵か、改革の希望か』中公新書

問題の所在

 「ポピュリズム」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。トランプ大統領の誕生あるいは、イギリスにおけるEU離脱だろうか。はたまた、小泉純一郎元首相だろうか。ただ、それは往々にして、ネガティブな意味をもって、使われることが多い言葉である。新聞各紙を見ると「大衆迎合主義」と訳され、大衆を扇動する指導者の像を浮かび上がらせる。しかし、果たして本当に「ポピュリズム」は民主主義にとって良くないことなのか。そして、そもそも「ポピュリズム」とは何なのか。本書で、著者はそうした素朴な疑問に、最新の研究を用いて答える。

論旨の展開

 著者は「ポピュリズム」の定義について以下の二つを挙げている。第一に、「幅広く国民に直接訴える」政治スタイルである。2016年の大統領選挙において、トランプ大統領は、SNSを駆使し、自らの主張を拡散していった。支持者たちはメディアというエスタブリッシュメントで構成されたものを通してではなく、政治指導者から直接的に情報を得ることで、指導者との一体感を確認していった。おそらくこの定義が日本では多く用いられ、メディアを介さないスタイルを用いて国民を扇動する手法が強調されている。第二に、人民の立場から、既成の支配者たちへの反発つまり「エリートへの批判ないし反抗」を行う政治運動や現象である。ポピュリズム現象の多くは、エリート批判を中心とする「下」からの運動に支えられたものだと著者は認識している。そのため、本書で主に用いられるのはこちらの定義である。   

 著者は、「ポピュリズム」はデモクラシーの脅威となるのかという問いに対しては以下のように結論付けている。脅威である場合も逆に、デモクラシーを発展させる側面もあり、ポピュリズムには二面性がある。発展させる面は以下の通りである。 1政治から疎外された人々の意見を取り入れる 2新たな人々の参入でイデオロギーが生まれる 3重要なことをエリートではなく、人々が決定することで社会運動などが生まれる 反対に、デモクラシーの脅威となる場合は以下の通りである。1手続きを軽視し、多数派を重視しすぎてマイノリティを軽視  2政治的対立が激化 (敵と味方を明確に分けるため)  3全て「人民」によって解決しようとして、既存の機関を軽視し、安定的な政治を妨げる

 それでは、アメリカや西欧において近年見られるポピュリズムはどこで生まれ、いかに発展してきたのか。著者 は、ポピュリズムの起源や歴史について以下のように述べている。ポピュリズムの起源は19世紀アメリカの人民党(People’s Party)に遡ることができる。共和党と民主党の二大政党の間に誕生した人民党は確立しつつあった伝統的な政党(エリート)が決定する政治を批判した。次にポピュリズム政党が現れるのはラテンアメリカである。1930年代以降、ラテンアメリカでは、人々を白人支配層による寡頭制から解放し、経済的平等性を実現しようとする主張を展開し、アルゼンチンなどでポピュリズム政党が台頭した。次にポピュリズム政党が台頭するのは西ヨーロッパである。ベルギーやフランスでは右翼思想、ナショナリズムを背景にムスリム排除などの排外主義政策を掲げ支持を拡大している。一方で、デンマークやオランダにおいては異なる背景によってポピュリズム政党が登場している。リベラルな思想(左翼思想)を持った政党が排外主義を主張し支持を拡大している。すなわち、リベラルであるがゆえに、自由や平等の概念を受容しないムスリムに対して共存できないと烙印を押したのである。こうして、現在に至るまで西欧においてはポピュリズム政党の存在が確認できる。   

 では、どのような人々が「ポピュリズム」政党や指導者を支持するのか。端的に述べれば、政治的に疎外された人々である。アメリカでは「ラストベルト」の人々であるし、イギリスでは「置き去りにされた人々」と呼ばれる者である。

本書の評価

 ドイツの政治哲学者であるヤン=ヴェルナー・ミュラーは、「ポピュリズム」に反多元主義の傾向があると指摘している。「本当の」人民とそれ以外というように、政治対立を過度に単純化する。異なる意見を容認しないその姿勢はデモクラシーの脅威となるだろう。言うまでもなく、今日の政治的問題は、複雑化の度合いを増しており、白黒はっきりできるものではない。意見の調整を行いながら、妥協点を探すことも、ときには必要である。しかし、人民とそれ以外を対置することで、社会の分断はより一層深まる。もちろん、社会から「彼ら」を疎外してきたエリートにも責任はある。奇想天外な考えを持っているという理由で、彼らポピュリストたちを更に疎外しても、事態は改善しない。社会全体を包摂する、開かれた場で、もう一度民主主義の原点に立ち返り、理念を確認し合う必要があるのではないだろうか。ともあれ、本書は「ポピュリズム」を考えるための、最初の一冊に最適な論点が詰め込まれていて、非常に有益である。