自分へ贈る言葉

幼少期の記憶とそれに起因する僕の怒りのバグが整理できたので

ここに書かせてもらう。

興味を持ってくれた人へ

テーマと違うけどゆるしてね。



みんなそれぞれ、一生懸命生きている。

一生懸命なだけに人や自分に優しくなれず、

むしろ他人や自分を傷つけてしまうときもある。

ぼくはそっちのほうだった。

それに気づけた瞬間をお祝いして

ここに自分への送る言葉をつづる。

共働き、離婚、ファミコンも十分に買ってもらえない。
父親はよくキレる。兄貴には嫉妬でイジメられる。
母親は仕事をしている。
甘えられる存在が常に居たわけではなかった。
ほんとうはお姉ちゃんが欲しかった。
5人兄弟の従兄弟がとても羨ましかった。


子供の時、僕の心が安らぐ場所は祖父母の家や自然だった。
5〜6歳から
やがて自分ひとりで生きていけるようにならないと。
と思うようになった。


幼稚園の帰り道
母に「一人で家まで帰れる」。
と言って帰ろうとした。
途中で母親が心配になり手を差し伸べられたことが
とても残念だった。
家に一人で帰ることをやり遂げたかったのだ。


自分一人でも生きていけるようになるには
強く賢くならないといけない。
考え続けることが必要だ。
日々、自分自身の欠点を見つけ反省すること。
だめなところを強化しなければならない!
と自然と考えるようになっていった。
これが無自覚に僕の思考パターンを強く決定づけていた。

たしかにそれは僕自身をある程度まで強く逞しくれた
しかし、自分の欠点を見つけ、指摘し続ける癖が
まさか自分に向けられたナイフだと39年間
気づきもしなかったし、
考えもしなかった。


できていないこと。
欠点を探し指摘する思考パターン。
そのナイフは自分だけでなく
自分以外の全ての人にも向けられていた。


そのことに今気付けた。
その気づきを促してくれた僕の大切な人
そして自分自身へありがとう。と言いたい。


これからは、そのナイフはしまい込む。
良くも悪くもそうやって生きてきた自分にもありがとう。
そんな自分でも関わってくれた人々にも。。


今日、これからは
自分のためにできたこと。
誰かのためにできたたことを日々数えて
自分へ感謝して認めよう。


朝に挨拶を気持ちよくできたとか
大切な人に「ありがとう」や「ごめんなさい」言えたとか。
自分のためにお風呂にゆっくり浸かったとか。
瞑想をしたとか。
楽しく人と会話ができたとか。。
日々の幸せのかけらを
見つけて、確かめ、磨いて、感謝する。
自分自身への愛を育てる。


生きるうえで必要なことは
空気、水、光、空、土、植物、動物、微生物、人間たち
みえないが、確かにそこにあるエネルギー
それらで地球は満たされていることを僕は知っている。

大切なのはそこに自分がいて
それを感じられる心。
僕は十分に愛されるにたる
完璧な人間であることを知り
理解すること。


今日一日、

その気づきを得た僕自身をとても素晴らしく

愛おしく思う。

みんなありがとう。


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