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嫌な癖

いつからだったか。
彼女は酔っ払うと寂しくなり、家にまっすぐ帰れなくなった。真っ先に浮かんだ恋人は、今日は会えない。すると会えるであろう男の顔が浮かび、すかさず連絡をしている。彼女はこういう時は何も考えていないフリをしている。私は酔っ払っているんだ、と自分に言い聞かせているみたいで、見ていて痛々しい。案の定すぐに返信が来て、電車に飛び乗っている。途中で思い悩んでいる様子もないことはなかったが、本当に酔いが回って判断力は鈍っているようだ。

最寄駅に着くと、酒を買ってから家に向かう。男のマンションはオートロックで、部屋番号も覚えていない。電話をすると下まで迎えに降りて来た男は、怪訝そうな顔をして距離をとっている。
「久しぶりだね。」
「本当だね。あ、歯ブラシ買ってないや。」
「あるよ。」
「さすが!」
「お風呂入る?」
「…」
嫌な予感がしたが、彼女もそんなことは予想できていた。
「ありがとう。入る。」
シャワーはどこで浴びても気持ちがいい。生き返るようだ。久しぶりに酒を飲んで酔っ払って、お風呂に入っている状態が心地良かった。

お風呂から上がると、眠気が襲って来てすぐに横になった。そのまま眠ってしまいたかったが、男にとっては意味のわからない行動だ。泊まらせてもらった、急に来てしまった、という申し訳なさもあり、情事に至ってしまう。

翌朝うっすら目が覚める。汚い部屋が瞼の向こうに垣間見えて、あーあ、と思う。絶対に昨晩そのまま自分の家に帰った方が、朝起きた時の爽快感があるのに。この朝の爽快感は、夜の寂しさになかなか勝てない。急に何もかも気持ちが悪く見えて、そそくさと帰る支度をする。
「パン屋でも行こうよ。」
「うーん。でも今日やることあるし。」
「そっか。」
恋人の顔が浮かんでくるが、真っ先に考えないといけないのは、私に振り回されているこの目の前の男のことなのかもしれない。でもそれも思い上がりなのだ。みんな自分の意思で人に会っているのであれば、全ての責任は自分で負うべきだ。会いたければ会えばいいし、会いたくないなら会わなければいい。その単純なことが、この男にも、彼女にも難しい。

彼女はここ数年こんなことを繰り返している。何人か同時進行でそんなことになり、だけど誰にも知られずにこなしてきた。きっと自分だけではない、こんなのはその辺でよくある話なのだと思いながら。自分を甘やかして、酒のせいにして。

しかし彼女は今、本当に人を好きになった。それでも変えられない自分の悪い癖を、仕方がないと半分諦めながら、気持ちが悪いと思っている。本当に大事な人に知られてしまったら。その不安は押し寄せるのに、なかなか止められないでいる。いつからこんな風になってしまったんだろうか。自分に失望しながら、今日も生きている。いつか後悔するのだろうか。自分を好きだと言いながら、後に背を向けた今までの男達を思い出して、大事な人もその光景に当てはめている。最初に予防線を張る癖は、まだ直らないでいる。寂しい時に大事な人に寂しいと言えない人種は、どうやってやり過ごしたら良いのか。その答えを持ち合わせていない私は、彼女の生き方を否定することができない。

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