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陽だまりのベンチ。

私はある商業施設に入る書店で働いている。

2棟が渡り廊下でつながる大型商業施設で、そんな2棟をつなぐ渡り廊下には、人々が休憩出来るようにとベンチが置かれている。長い間太陽が差し込み、日向ぼっこをする人々が集まってくる事から、商業施設で働くスタッフ間では、通称「陽だまりのベンチ」と呼ばれている。

そんな「陽だまりのベンチ」に、毎日やってくる老夫婦が居る。

竹製のお弁当箱にラップで包んだお握、お茶を入れた水筒を持参し、陽が落ちる迄ベンチで2人身を寄せ合い、時々会話をしたり、お互い本を読んだりしながら過ごしている。

私が働く書店からテナント用の両替機への通り道に当たる為、通りかかる度に、どこか微笑ましく、羨ましくもあった。

私も、あんな風に妻と年齢を重ねられたら幸せだろうな。ちょっと憧れてすらいた。

だがある日、ショックを受ける事になる。

スタッフ控え室がリフォーム工事中だった為、陽だまりのベンチで休憩時間を過ごした私。その日、たまたま私が座ったベンチが老夫婦のスグ近くだった為、2人の会話が聞こえてきたのだ。

普段は、急ぎ通り過ぎているだけだし、通路とベンチとの距離もあって会話内容迄は分からなかった。いやらしいと思いつつも、好奇心を抑えられず、耳を澄ませてみた。

すると、老夫婦が揉めていた。

「おとうさん、何で自販機でコーヒー買ったんですか? スーパーの特売品で買うようにって言いましたよね」
「うん、ごめん」
「光熱費を節約する為に毎日こうして来る羽目になったのは誰のせいですか?」
「かあさん、ごめん」
「私が一生懸命節約してるのにあなたはもう……」
「ごめん、気をつけるから」
「口では何とでも言えるんですよ。あなた何度目ですか?」
「かあさん、ごめん」
「全く、あなたは出来もしないのに好き勝手にやって、結局尻拭いは私がするんですからね」
「かあさん、ごめん」
「もう、いつもいつも、謝る以外に出来る事はないんですか?」
「ごめん、気をつけるから」

……。

世知辛い。

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【題】:陽だまりと費上がり。
この物語はフィクションです。

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