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例え嘘でも構わない時がある

好きな仕事に就いた。でもスグに嫌いになった。あんなに憧れてたのに、いざ就職したら汚い世界だった。ノルマ達成のためだったら、多少の嘘は構わない。一旦成約まで漕ぎ着けたら、後は違う人が担当するから、とにかく成約まで漕ぎ着ける事が出来れば後はどうでも良い。そういう世界だった。

先輩から教わる営業ノウハウも、もはや詐欺ノウハウだった。

夢トークする時は、会って直接言うか、電話で言うようにして、絶対に記録に残すな。録音をしてないかどうかだけ確認するように。向こうに証拠が残るとヤバい事になるから。

夢トークとは簡単に言えば、優良誤認を誘うよう嘘をつく事だ。

もし、お客さんが、「あなた、前こう言ったよね」などと指摘したとしても、「そんなこと言ってません」の一点張りで逃げ切ろ。クレームが入った場合に備えて、有利な記録だけ残しておけ。営業日報に有利な証拠となるようメモをつけておけ。

ヤバクなったら相手から脅迫行為や暴力行為を引き出すべく舐めた態度を取れ。必ず記録しろ。ただしコチラ側からは絶対に仕掛けるな。敬語も崩すな。

教わるのはこんな事ばかりだった。

上司の命令であるお客さんの攻略を担当する事になった。失敗に次ぐ失敗で落ちきったお客さんだった。「人は追い詰められている時ほど、美しい夢(未来)を見たがるものだから吹っかけてやれ」と上司は言った。

私は反対した。「精神的に追い詰められて正常な判断が出来ない人に吹っかけるは違うのでは?」と。

でも上司は「いやいや、美しい未来を見せてあげる事で、君は彼に希望を与えているんだよ。彼は君が与えた希望を支えにしばらくは楽しい思いが出来るんだから」とニヤついた顔で言われた。

悪徳業者のやり口だと思った。私は上司の命令を無視し現実を伝えた。するとお客さんは怒り出した。「ふざけんな。こういう時くらい夢や希望を見せてくれよ!」。

怒鳴りながら眼鏡ケースを投げつけてきた。眼鏡ケースは私の顎の辺りに当たった。痛みは感じなかった。でも、指の腹で触ると血がついた。

「お前も俺の痛みを知れ!」と言いながら、次はティッシュボックスを投げつけてきた。顔面に当たった。凹んだティッシュボックスから、よれたペーパーを抜く。「ホラ拭け!」と言われたので3度折って顎に当てた。

思っている以上にティッシュペーパーが赤く染みた。

もう厭になった。

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【題】夢売る仕事。
この物語はフィクションです。

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