ウェルビーイングカードを使った道徳授業

 昨日、第5回ウェルビーイング教育研究会がモラロジー道徳教育財団道徳科学研究所で開催され、NTT上席特別研究員の渡邊淳司氏(情報理工学博士】が「道徳教育とウェルビーイング一”わたしたちウェルビーイングカード”を使った実践一」と題して講演された。
 渡邊氏は1月に開催された展示会「WELL-BEING TECHNOLOGY」の企画委員長を務め、著書には『情報を生み出す触覚の知性』(毎日出版文化賞受賞)『見えないスポーツ図鑑』『ウェルビーイングの設計論』『ウェルビーイングのつくりかた』『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために一わたしの幸せからわたしたちの幸せへ一』等がある。
 学習指導要領「特別の教科 道徳編」の解説によれば、学習指導要領の内容項目は、A:主として自分自身に関すること、B:主として人との関わりに関すること、C:主として集団や社会との関わりに関すること、D:主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること、に分類されているが、この4分類に照応する形で、「わたしたちのウェルビーイングカード」は、I(わたし)/WE(わたしたち)/SOCIETY(みんな)/UNIVERSE(あらゆるもの)のカテゴリーに分類されている。
 このウェルビーイングカードは、この4分類に基づいて次のように分類されている。

I・・・熱中、挑戦、達成、成長、自分で決める、希望、自分らしさ、心の平
   穏、日常
WE・・・友情、価値観の理解、愛、憧れ・尊敬、応援・推し、認め合う、信
   頼、感謝、祝福
SOCIETY・・・思いやり、協調、多様性、決まりを守る、社会貢献
UNIVERSE・・・生命・自然、縁

 このウェルビーイングカードを使った道徳の授業では、まずウェルビーイングの価値観を共有するために、全てのカードに目を通し自分のウェルビーイングに大切なことが書かれているカードを3枚選び、なぜそれを選んだのか、その理由やきっかけとなるエピソードを振り返る。考えを整理するために、紙に書き出してもよい。
 この自分が選んだカード3枚を手元に並べ、その理由やエピソードをチームメンバーと共有する。一人ずつ話し、聞く人は、話す人がどんな価値観を持っているのか、否定せずに耳を傾ける。話し終わったら、話してくれた人に拍手を送る。昨日のウェルビーイング教育研究会でも私を含めて参加者全員がこれを行った。
 このウェルビーイングカードを道徳の授業で使う利点は、発問に対して、生徒がいきなり発言するのではなく、カードを使うことで考えるきっかけが生まれたり、カードを組み合わせて考えることができるという利点があった。また、「この子はどんなカードを選んで何を話すのだろう?」というワクワク感が生まれ、生徒の集中度が高まる。
 またカードを複数選ぶということは、物事を一つの面だけから考えるのではなく、矛盾する心情も含めて複数の面から考えることを肯定しているともいえる。ウェルビーイングカードによってお互いの気持ちを共有し、相手を尊重しながら、「一人ひとりの多様な幸せと全体の幸せ」を考えるツールとして役立てることができる。
 世田谷区立尾山台中学校のウェルビーイングカードを使った道徳授業について、駒澤大学総合教育研究部の鴨井雅芳氏は、次のようにコメントしている。

<カードを使った「自分だったらどんな行動をするか?という発問では、それぞれの生徒が、カードがあるからこそ、思いを広げ、本音を見せているように感じました。たとえば、同じ「友情」という言葉でも、生徒それぞれに異なる思いがあるはずです。それが出せているように感じました。
 従来の道徳の授業で使う『手品師』は、「誠実」という価値についての理解を深めるための教材です。今日の道徳の授業での扱い方とは異なる扱い方で、今日の方が生徒の本音が出ていたように思います。
 本来、道徳の授業で大切なことは、どういう行動をしたかではなく、その行動の奥に何があったかを考えることである。カードを選んだ理由、その奥にある思いが大事である。カードを使用することで生徒それぞれの思いを話せていたが素晴らしいと思った。…主体的、対話的で深い学び、「アクティブラーニング」によって、生徒が自由に発想を広げられる。今日のような扱い方はとても面白いですし、それも道徳の時間の一つのあり方ではないかと思いました。>

 2030年に向けた必要な能力の再定義と学習フレームワーク(OECD Learning Compass)では、ラーニング・コンパスという比喩は、生徒が教師の決まりきった指導や指示をそのまま受け入れるのではなく、未知なる環境の中を自力で歩みを進め、意味のある、また責任意識を伴う方法で、進むべき方向を見出す必要性を強調する目的で採用され、「生徒エージェンシー」は、生徒による自治や生徒による選択を意味するものではなく、人は社会的な文脈の中でエージェンシーを学び、育み、発揮する。生徒が仲間や教師、家族、そしてコミュニティに囲まれ、それらの人たちがウェルビーイングに向けて生徒と相互作用して生徒を導いていく「共同エージェンシー」の重要性を強調している。
 6月末に金沢市の北陸大学で開催される日本道徳教育学会で大会テーマである「ウェルビーイングと道徳教育」をテーマに「ラウンドテーブル」において、ウェルビーイング教育研究会で積み重ねてきた共同研究の成果を東大大学院の鄭雄一・光吉俊二両教授と中山理麗澤大学大学院特別教授、渡邊氏と授業化に取り組んでいる髙橋塾の小学校教師有志と共に発表したい。
 


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